学び!とシネマ

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フェルナンド・ボテロ 豊満な人生
2022.04.27
学び!とシネマ <Vol.193>
フェルナンド・ボテロ 豊満な人生
二井 康雄(ふたい・やすお)

© 2018 by Botero the Legacy Inc. All Rights Reserved

 1932年、コロンビア生まれのフェルナンド・ボテロの描く、ふっくらとした絵や彫刻は、眺めているだけで、ほんわか、ほのぼのとしてくる。いま90歳、現役の画家、彫刻家だ。
 このボテロの人生を辿ったドキュメンタリー映画が「フェルナンド・ボテロ 豊満な人生」(アルバトロス・フィルム配給)だ。
 まだ40歳だった父が亡くなる。裕福ではなかったボテロは、闘牛士に憧れて、闘牛学校に通いながら、大好きな絵を描き続ける。ボテロは、16歳そこそこで、地元メデジンの新聞「エル・コロンビアーノ」にイラストを描く。
 首都のボゴタで、個展まで開くようになったボテロは、20歳の頃に描いた絵が7000ドルで売れ、修行のため、スペインのマドリード、イタリアのフィレンツェに出かける。スペインでは、ベラスケスやゴヤ、フィレンツェでは、ピエロ・デラ・フランチェスカらの作品から多くを学ぶ。
 当初は、さまざまなスタイルで描いていた絵が、ある日を境に一変する。1956年頃、メキシコに移住したボテロは、やや大きめのふっくらとしたマンドリンのスケッチを描いていた。そして、サウンドホールを意識的に小さく描いてみたところ、ボテロは、マンドリンが爆発したような感覚に捉われたという。
 ふっくらとした人物画は、それまでに多くの画家が描いていたが、ボテロの絵は、さらにふっくらと、ふくよかである。
© 2018 by Botero the Legacy Inc. All Rights Reserved 後に、多くのデッサンや下絵を、ボテロの長男と長女が見つける。ボテロのたどった足跡が分かるだけでなく、卓越した色彩で、ふっくらと豊満な作品を予感させる。
 1961年には、ダ・ヴィンチに敬意をこめて、多くの「12歳のモナ・リザ」を描き、ニューヨークの近代美術館に展示されるようになる。どれも、ふっくらとした少女のようなモナ・リザで、微笑ましい限りの絵だ。
 もちろん、敬意を込めたパロディのような絵は、「モナ・リザ」だけではない。ピエロ・デラ・フランチェスカや、ベラスケスの「女官たち」などにヒントを得た絵も多く描いている。
 絵だけではない。パリでは、ルネサンスに学びつつ、彫刻に熱中する。
 ボテロの人生は順風満帆ではない。まだ幼い三男のぺドリートを交通事故で亡くし、自らも手を負傷する。一時はぺドリートの絵ばかり描き続け、傑作の「馬に乗ったぺドリート」を完成させる。
 ボテロが世界的に有名になったのは、パリをはじめ、世界じゅうで、彫刻の展示を開催してからである。彫刻もまた、人物、動物など、たいていは、ふっくら、豊満である。
 そんなボテロを批判する人もいる。「不快だ、まるで食品会社のキャラクターのようだ」と。ボテロはまったく気にしない。ボテロは言う。「作品にユーモアは不可欠、小さく紛れ込ませるだけで、鑑賞しやすくなる」と。
 一連のマリー・アントワネットの肖像画がいい例だろう。「芸術は楽しくなくっちゃ、楽しみを生まなくっちゃ」とボテロ。
 ハッピーな絵を描くだけではない。当時のコロンビアには、麻薬密売や爆弾テロが多発、麻薬王のパブロ・エスコバルが家の屋根で射殺された事件に材を得た絵を描く。
© 2018 by Botero the Legacy Inc. All Rights Reserved9 メデジンにあるボテロのハトの彫刻が爆破される。ボテロは、爆破されたハトをそのままにして、隣に新たにハトの彫刻を置く。戦争で生まれたハトと平和で生まれたハトというわけである。
 長女のリーナが父の言葉を紹介する。「芸術は物事を変えることは出来ない。でも人々の記憶に証を残せる」と。二つのハトが、その証だろう。
 アメリカ兵がイラクの捕虜を虐待していた。2004年のアブグレイブ刑務所での捕虜の虐待事件を知ったボテロは、虐待されたイラク兵たちの絵を描き続ける。むごいシーンをあくまでも美しく、ちょうどピカソが「ゲルニカ」を描いたように。2007年、約60枚の虐待シリーズは、カリフォルニア大学バークレー校に寄贈される。
 ボテロは、35年にわたって収集していたピカソやシャガール、ミロ、バルティスらの絵を、ボゴタのボテロ美術館に寄贈する。さらに、高価なモネの絵も買い足しての寄贈である。
 北京、上海でも大掛かりなボテロの展示があり、フランスのエクス・アン・プロヴァンスでは、「ボテロとピカソの対話」という展示が開催される。「涙が出そうだ」とボテロ。
 このような素晴らしいドキュメンタリー映画を撮ったのは、カナダのドン・ミラーである。バンクーバーを拠点に映画やテレビのドキュメンタリーを製作している。
 これが公開される4月29日(金)からは、Bunkamuraザ・ミュージアムにて「ボテロ展 ふくよかな魔法」という展示が開催される。まっさきに見にいこうと思う。

2022年4月29日(金・祝)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー!

『フェルナンド・ボテロ 豊満な人生』公式Webサイト

監督:ドン・ミラー
2018年/カナダ映画/英語・スペイン語/ビスタ/デジタル5.1/82分/原題:BOTERO
後援:コロンビア共和国大使館、インスティトゥト・セルバンテス東京
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム