学び!とシネマ

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人生の着替えかた
2022.03.23
学び!とシネマ <Vol.192>
人生の着替えかた
二井 康雄(ふたい・やすお)

 短いようで長い人生には、さまざまなことが起こる。まだ若い人でさえ、何度かは大きな転機を経験する。映画「人生の着替えかた」(アークエンタテインメント配給)は、ざっと30分少しの短編映画が3本。それぞれ、いままでの人生の殻を抜けだして、新しい人生に向かおうという、文字通り「人生の着替えかた」がテーマのオムニバスである。共通しているのは、舞台出身の俳優、秋沢健太朗が主演を務めることだ。

「MISSING」 ©アトリエレオパード 1本目は「MISSING」。脚本は蛭田直美。
 天ケ瀬透(秋沢健太朗)は、幼い頃、兄の翔(中村優一)と遊んでいて、兄に殺されそうになった記憶がある。
 翔はいま指名手配中で、警察から追われている。妊娠中だった妻の死の原因を作った男に暴行を加えた容疑である。透のアパートには、翔の指名手配書が貼られ、透にアパートから退去するよう、書き加えてある。
 手配書のせいで、透の就職もうまくいかない。キッチンカーで働いているひまり(小篠恵奈)と知り合い、付き合い始めても、長く続かず、透は落ち込むばかりの日々を送っている。
 ある日、翔に暴行された男が街に戻ってくる。身を隠していた翔が透の前に現れる。透は、「邪魔すんなよこれ以上、俺の人生!」と、今までの怒りを翔にぶつける。翔は、ある決心を秘めているらしく、透は、翔の行き先を追いかけていく。

「ミスりんご」 ©アトリエレオパード 2本目は「ミスりんご」。脚本は岡部哲也。
 舞台は秋田の横手。健二(秋沢健太朗)と雄介(反橋宗一郎)は仲良しコンビである。ふたりは、一儲けしようと、軽い気持ちでオレオレ詐欺の手伝いをする。
 うまく金を引き出して、元締めのヤクザに金を渡そうとしたとき、とんだハプニングが起きる。結果、健二と雄介は、騙し取った金を持って逃げ惑うことになる。なんとか逃れようとしたふたりは、たまたま開催中のミスりんごコンテストに参加して、身を隠そうと企てる。
 なんと女装してコンテストに出たふたりは、3名が選ばれるミスりんごに、ふたりとも選ばれてしまう。当然、ヤクザがふたりを探し、追い詰めてくる。はたして…。

「お茶をつぐ」 ©アトリエレオパード 3本目は「お茶をつぐ」。脚本は蛭田直美。
 雷太(秋沢健太朗)は、ムツミ園という日本茶の店の長男である。聴覚障害のある雷太は、父の耕三(篠田三郎)の死後も、家業を継ぐことなく過ごしている。
 姉の瑞穂(美沙央)は、店を雷太に継いでもらいたいのに、なんの反応もない雷太にいらいらするばかり。
 ある日、父の知り合いだと言って、貞二(木村達成)と名乗る若者が店にやってくる。貞二はいきなり、「この店は俺が継ぐ」と言いだす。
 生前の耕三は、お茶の「合組」(ごうぐみ)という技術を持っていて、茶葉を絶妙にブレンドし、〈ムツミ〉と名付け、顧客に提供していた。貞二は、なんと耕三の遺書を持っていて、「店の全権を貞二に譲る」と遺書を示す。ただし、最後の一行に、「雷太が遺言書の存在を知って24時間以内に〈ムツミ〉の合組に成功したら、店は雷太に譲る」とある。
 翌日、耕三の遺書に託した思いに気付かぬまま、雷太は常連の顧客の前で、合組したお茶を判定してもらうことになる。もちろん、貞二もまた、合組に挑むことになる。

 3作とも、まったく映画のジャンル、テーマは異なっている。「MISSING」は、兄弟の桎梏を描いたシリアスなドラマだが、「ミスりんご」は、軽いタッチのコメディ。「お茶をつぐ」は、聴覚障害者が茶葉の奥義に挑む、ちょっとスリリングなストーリーだ。
 いずれも、主役の秋沢健太朗の魅力、演技力をうまく引き出していると思う。もともと、数多くの舞台経験があり、どんな役柄でも器用にこなす力量がある。3作のなかでは、聴覚障害者に扮した「お茶をつぐ」が難しい役どころと思うが、手話の演技に、まったく違和感を感じさせない。コミカルに演じた「ミスりんご」のコンテスト・シーンでは、女装を披露する。どこか、ビリー・ワイルダー監督の「お熱いのがお好き」を思い出して、笑いが止まらない。
 かつて、篠原哲雄監督の「癒しのこころみ」という映画の公開前に、監督ともども、秋沢健太朗に短いインタビューをさせてもらったが、謙虚で物静かな好青年だった。ミュージカル「忍たま乱太郎」にも出演しただけあって、とてもいい声の持ち主だ。
 「MISSING」の監督は後藤庸介、「ミスりんご」の監督は岡部哲也、「お茶をつぐ」の監督は篠原哲雄。撮影は、3作とも、篠原哲雄監督の多くの映画や、最近では谷口正晃監督の「ミュジコフィリア」、金子修介監督の「信虎」を撮った上野彰吾。どのシーンも、いきいきと美しく撮ることで定評のあるカメラだ。

 3作を続けて見て思う。人生は、いちどしかない。困難があれば、いくらでも人生を着替えることだ。そして、瞬間瞬間を、誠実に、着実に生きることだろう。

2022年3月25日(金)より、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー

『人生の着替えかた』公式SNS

「MISSING」
出演:秋沢健太朗、中村優一、小篠恵奈/森山栄治
監督:後藤庸介
脚本:蛭田直美
音楽:GEN
撮影:上野彰吾

「ミスりんご」
出演:秋沢健太朗、反橋宗一郎、加村真美、小坂涼太郎、朝香賢徹/大谷亮介
監督・脚本:岡部哲也
音楽:GEN
撮影:上野彰吾
◎日本芸術センター第12回映像グランプリ 演技賞受賞作品

「お茶をつぐ」
出演:秋沢健太朗、木村達成、美紗央/篠田三
監督:篠原哲雄
脚本:蛭田直美
音楽:GEN
撮影:上野彰吾
◎Monza film festival(イタリア・モンツァ国際映画祭)招待作品
◎ダマ―国際映画祭特別招待作品

2022年/日本/カラー/101分
プロデューサー:馮啓孝
企画・製作:アトリエレオパード
配給:アークエンタテインメント