学び!と共生社会

学び!と共生社会

社会科と「共生社会」
2022.07.25
学び!と共生社会 <Vol.30>
社会科と「共生社会」
大内 進(おおうち・すすむ)

「障害の社会モデル」の理解

 2006年に国連総会において「障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)」が採択され、日本は、8年後の2014年に批准しています。この条約には、障害の社会モデルの考えが示されています。障害の社会モデルとは、障害やマイノリティの不利益や困難は、個人に責任があるのではなく、障害がない人を前提に作られた社会に原因があるという考え方です。
 この考え方に基づく対応が法的にも求められていることから、日本はその法整備を待って批准したということになります。そして、この考え方に基づいた「障害者差別解消法」が2016年4月から施行されています。
 また、この考え方を推進する政府主導の取組も進められています。例えば、パラリンピックを契機として、2017年には、 “ユニバーサルデザイン2020行動計画”(ユニバーサルデザイン2020関係閣僚会議)(*1)が示されました。そこには、心のバリアフリーを推進するための重要な柱が次のように示されています。

障害のある人への社会的障壁を取り除くのは社会の責務であるという「障害の社会モデル」を理解すること。
障害のある人(及びその家族)への差別(不当な差別的取扱い及び合理的配慮の不提供)を行わないよう徹底すること。
自分とは異なる条件を持つ多様な他者とコミュニケーションを取る力を養い、すべての人が抱える困難や痛みを想像し共感する力を培うこと。

「共生社会」の実現と社会科

 このように国として、障害の社会モデルを踏まえた共生社会の実現を目指した取組が展開されているのですが、学校教育においても様々な形で取組が進められていることについてはこれまでも紹介してきたとおりです。
 教科について見ると、こうした内容に最も密接に関係しているのは、社会科ではないかと思われます。
 学習指導要領では、社会科の目標を次のように掲げています。

「第1 目標
 社会生活についての理解を図り,我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を育て,国際社会に生きる平和で民主的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う。」
(小学校学習指導要領第2章各教科第2節社会)

 そこで、平成29年(2017)に改訂された学習指導要領には、共生社会の実現に向けてどのような記載があるか確かめてみました。
 小学校学習指導要領(平成29年告示)解説を見ると、「共生社会」という記述は認められませんでした。「障害」という記述は6か所に登場しています。そのうち内容に関わるのは1か所のみで、以下のように示されています。「障害の社会モデル」に直結するものではありませんでした。

「社会保障の取組を取り上げる場合には,例えば,高齢者や障害者の生活支援や介護,医療の充実,子育て支援などに関わる具体的な事業を選択して取り上げ,市役所,県庁が地域の実態や住民の意見を取り入れながら政策を決定し,国と協力して計画的に実行していることなどを具体的に調べるようにすることが考えられる。」
(小学校学習指導要領解説社会第3章2内容の取扱い(1)のウ)

 中学校学習指導要領では、「障害」が24か所登場していましたが、内容に関連するものは0で、「共生社会」や「障害の社会モデル」にまで言及した記述は認められませんでした。
 このように学習指導要領に具体的な記述は認められないものの、社会科教科書では様々な形で取り上げられています。
 例えば、久保(2020)の調査によると(*2)、2008年版の中学校社会科の公民的分野と歴史的分野の文部科学省検定済教科書21冊を調べた結果、「障害解消のアプローチ」が合計85か所で扱われていたということです。
 2008年の時点でこれだけ扱われているということは、現行の教科書ではより多く、丁寧に扱われているものと推察できます。したがって、学校現場における社会科の授業では、「共生社会」や障害の「社会モデル」に関連する事項の扱いが進んできていると考えてよいのではないかと思われます。

「障害の社会モデル」とICF

 長期的展望に立つと、共生社会への実現に向けた内容が社会科の学習指導要領にも反映され、広く学校教育の中で扱われていくようになるものと思われます。しかしながら現状では、通常の学校の先生方にも「障害の社会モデル」ということが十分に膾炙されていないのではないかと思われます。以下にその骨子を紹介しておきたいと思います。
 内閣府では、「障害」は個人の心身機能の障害と社会的障壁の相互作用によって創り出されているものであり、社会的障壁を取り除くのは社会の責務であるという「障害の社会モデル」をすべての人が理解し、それを自らの意識に反映していくことが重要としていますが、かつては、障害を個人の問題としてとらえる考え方が主流でした。医学モデルとも言われています。つまり、障害は、病気・外傷などの個人の健康状態から直接的に生じるものであり、障害への対処は、治癒あるいは個人のよりよい適応と行動変容を目標になされるというものです。「心身機能」や「健康状態」を過大視し、それによって「活動」も「参加」も決まってしまうかのように考え、また環境の影響も一部しか考えない見方であると言えます。
 それに対して、社会モデルは障害を個人の特性ではなく、主として社会によって作られた問題ととらえ、社会が作り出している「障害」を解消するのは社会の責務ととらえるものですが、こちらも気を付けないと社会的な「参加」と「環境因子」が強調されすぎるということが生じてしまいます。こうしたことから、社会モデルを取り入れていくためには、ICF(国際生活機能分類)の考え方を熟知しておくことが大切ではないかと思います(*3)
 ICFは、2001年5月、世界保健機関(WHO)総会において、人間の生活機能と障害を分類する方法として採択されたものです。それまでの国際障害分類(ICIDH)は、障害の側面からマイナス面を分類するという医学モデルの考え方が中心であったのに対し、ICFは、障害の有無にかかわらず一人の人間として生きるという観点に立って生活機能というプラス面から見るように視点を転換しました。さらに環境因子や個人因子の観点が加わり、「人間全体」を見ようとするところに特徴があります。また、ICFは「共通言語」の機能を有していて、例えば「障害の程度」等を教育、福祉、医療の枠を超えて共有できるようになるため、領域間に立ちはだかる障壁を超える役割も果たせるようになることが期待できます。
 社会科で障害の「社会モデル」をより深く扱っていくためには、ICFに関する知見も深めていただきたいと思います。

*1:ユニバーサルデザイン2020行動計画
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tokyo2020_suishin_honbu/ud2020kkkaigi/pdf/2020_keikaku.pdf
*2:久保美奈「社会科教科書は「障害」をどのように解消しているのか」. 障害学会第17回大会報告, 2020.
http://www.arsvi.com/2020/20200919kh.htm
*3:「国際生活機能分類-国際障害分類改訂版-」(日本語版)
https://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0805-1.html