学び!と道徳2

学び!と道徳2

ファシリテーション
2022.08.05
学び!と道徳2 <Vol.19>
ファシリテーション
岡田 芳廣(おかだ・よしひろ)

(※2022年6月執筆)

 過去に大流行したスペイン風邪などは3年経つと公衆衛生の徹底や集団免疫ができ収まったようですが、新型コロナの感染もようやくピークを越えてきたようです。マスクの着用や海外への渡航制限なども緩和され通常の生活が戻りつつあります。
 そのような中、ロシアが突如としてウクライナに侵攻し、住宅・学校・病院などをことごとく破壊し、多くの罪のない一般市民を虐殺するという国際法にも抵触する前時代的な蛮行を行っています。このような行為に対して世界中から非難の声が沸き上がり、ウクライナへの支援が起きていますが、ロシア国内では多くの国民がプーチン大統領を支持し、さらに世界にはロシアの侵攻を認める国もあります。
エミール・デュルケム 
写真提供 ユニフォトプレス
 フランスの社会学者で教育学の分野においても多大な功績を残したエミール・デュルケムは著書『道徳教育論』の中で「過去や現在を問わず、われわれの教育理想は、その細目にいたるまで、じつは社会のなせる業なのである。われわれが則るべき人間像を画いて見せるのは社会であって、社会組織のあらゆる特性は、この人間像のうちにいきいきと反映されているのである。」と述べています。
 ロシアの侵攻は国際社会のなせる業であります。我々は、世界平和を具現化するには、人間はどうあるべきか社会を通して考えていかなければならないと思います。
 参考までにデュルケムは著書の中で、道徳的な生活の根底をなす基本的なものとして3つの道徳性を上げています。

①規律の精神…………道徳的行為には規則性が認められる。規則には従わなければならない権威があり、人間は自己抑制の義務が必要である。
②社会集団への愛着…道徳的行為は個人を超越した集団目標である。すなわち社会的存在としての活動である。
③自律の精神…………道徳規則には命令性とともに自発性がある。自由意思によって受け容れられることが必要である。

 ロシアの侵攻が早く終了して、ウクライナが平和な生活を取り戻すことを、切に願っています!!

 さて、今回は前回の中で出てきた教師のファシリテーションの在り方について、実践事例をもとに進めていきたいと思います。

1 ファシリテーション

「今回は宿題となっていた道徳の授業におけるファシリテーションについて考えていきましょう。」
道子「ロンドン大学の教育研究所に留学した先輩が、これからの先生は教えることよりも生徒の学びを支える良いファシリテーターにならなければいけないと話していました。」
「皆さんはどう思いますか。」
真理「学習指導要領が求める『主体的・対話的な深い学び』を進めていくには、ファシリテーションは必要なスキルだと思います。」
「ファシリテーターは会議や議論がうまく進むように、議事の進行を管理する人のことだから、生徒が『対話的な学び』を行うためにはファシリテーションは必要な授業技術だが、道徳の授業にいつも必要とするかな……?」
「響君が言うように、ファシリテーションは会議を効果的に行うための働きかけのような支援をする技術のことですが、現在では幅広い分野で応用されています。教育の分野では、学習において生徒が持つ考えや能力をうまく引き出したり、こんなことをやってみたらどうですかと投げかけたりして学習の進行を促進する技術として使われています。」
道子「進行を促進する技術以外にどのようなものがありますか?」
「以前学んだ話し合いのルールや進め方(Vol.16を参照)を設定することもそうではないかな。」
「そうですね。ほかにありますか。」
「コミュニケーションスキル!」
真理「コミュニケーションは、先生にとって当然必要なスキルでしょ。」
「……。」
「確かに生徒に問題を投げかけ対話したり、生徒の活動や発言を称賛したりする声かけは大切ですね。」
道子「コミュニケーションスキル以外にはどのようなものがありますか?」
アーヴィン・D・ヤーロム 
写真提供 ユニフォトプレス
「生徒が学習しやすい活動形態、班活動のメンバーや人数、活動時間などの設定をすること。そして、生徒の学習活動を支援し促進していくために、構造化された学びのプログラムの作成などがあります。スタンフォード大学の精神医学者であるアーヴィン・D・ヤーロムはファシリテーターの役割として、次の4点を挙げています。
1.配慮(支援、受容、関心、賞賛)
2.意味づけ(説明、解釈、枠組みの提示)
3.情緒的刺激(自己開示を迫る、挑発)
4.実行機能(目標設定、時間管理)
この4点で、1と2は徹底するが、3と4は無理強いをしないと述べています。」

2 事例研究

「それでは実際に授業でどのようにファシリテーションすればよいか考えてみましょう。皆さんは『夜のくだもの屋』という教材を知っていますか?」
「合唱コンクールの練習で遅くなり、暗い夜道を一人、合唱曲を歌いながら下校する女子中学生に対して、店を開けて道を明るく照らしているくだもの屋さんのおばさんの心温まる話ですね。」
真理「思いやりへの感謝を主題にした教材です。」
「一般的に道徳科の授業は、まず教材を読み、教材の内容について考え、話し合い、主題とする価値に気づき、納得し、自己を振り返り、自覚を深めますが、この流れの中でどのようにファシリテートするか考えてみましょう。」
道子「教材を読むときは先生が範読して、生徒は黙読しますが、何かすることがあるのかな……。小学校では場面絵を黒板に貼ったりしますが。」
「それは教材への関心を高める配慮ですね。範読する前に中学生の少女とくだもの屋のおばさんの絵を貼り、二人に注目して読むように指示すると二人の関係について理解が深まりますね。」
真理「なるほど、主題について考えるヒントになる!」
「発問についてグループで話し合うときのルールを決めておくこと以外にどのような支援があるかな?」
真理「班の人数を4人にすると活動に参加しない生徒がいなくなると実習で学びました!」
「生活班からメンバーの構成を考えて新たに道徳の学習班をつくることもあります。」
道子「主題とする道徳的価値に気づかせ、納得させるにはどうすればよいですか?」
「中心発問としてくだもの屋のあかりの本当の理由を知ったときの少女の気持ちを考えたり、話し合ったりすることでねらいに迫りますが、生徒の理解力や発達の段階などにより難しいことがあります。そのために、補助発問として夜道を一人歩く時の気持ちやくだもの屋のあかりを見た時の少女の気持ち、そして見舞い物を買いに行ったとき少女が思わず息をのんだ理由などを用意します。また、ワークシートに友だちの意見の欄を作り、話し合いで良いと思った友だちの意見を書かせることにより、自分とは違う考えがあることや自分の考えの問題点に気づかせたり、道徳的価値とそれにもとづく道徳的行為に納得させたりすることもできます。」
道子「自覚を促すために、展開の終盤で自分自身の考えや行為を内省させることがありますが、授業が白けてしまいます。どうすればよいでしょうか?」
F・コルトハーヘン 
写真提供 ユニフォトプレス
「反抗期の中学生に『あなたはどうですか』と自己開示を迫る取組はヤーロムが述べる情緒的刺激であり、無理強いする必要はないでしょう。それよりも、『人の思いやりに気づくには何が大切か』と中心発問とは別視点から考えさせるような工夫をするとよいでしょう。最近、ユトレヒト大学のF・コルトハーヘンが述べるリフレクション理論の『Do』『Think』『Feel』『Want』の視点で授業を振り返らせ、自分に求めること(Want)を『今日学んだこと生活の中でどう生かしたいと思いますか』と考えさせる方法も使われています。」

 今回の「ファシリテーション」はいかがでしたでしょうか。多くの先生方は意識せずに行っていることもあると思いますので、一度あらためて授業を振り返ってみてはいかがでしょうか。なお、最後に取り上げたコルトハーヘンの「リフレクション(振り返り)理論」は、教育(評価、教員の授業力の向上など)、看護、保育、スポーツ、企業の人材育成など様々な場面で、より深い、より主体的な学びを引き出す方法として近年活用されています。

【参考文献】

  • 「道徳教育論」著:エミール・デュルケム/訳:麻生 誠、山村 健/講談社学術文庫/2010年5月13日
  • 「図解 組織開発入門 組織づくりの基礎をイチから学びたい人のための「理論と実践」100のツボ」著:坪谷邦生/ディスカヴァー・トゥエンティワン/2022年2月18日
  • 「リフレクション入門」編:一般社団法人 学び続ける教育者のための協会(REFLECT)/著:坂田哲人、中田正弘、村井尚子、矢野博之、山辺恵理子/学文社/2019年1月30日