学び!と道徳2

学び!と道徳2

コロナから学んだこと
2022.04.22
学び!と道徳2 <Vol.18>
コロナから学んだこと
岡田 芳廣(おかだ・よしひろ)

(※2021年5月執筆)

 新型コロナの感染が落ち着いたように思いましたが、変異種がまた全国的に流行し始め、各地で非常事態宣言やまん延防止等重点措置が出されています。そのような中、皆様はいかがお過ごしでしょうか。今回の流行は10代の子どもにも感染が広がっているようですので、ご注意ください。
 私が勤務する早稲田大学は、昨年はいち早く全授業をオンラインで実施することになり、その対応に右往左往していました。今年は7割の授業は対面で実施することになり、感染の恐怖におびえながら授業を実施しています。
『肥後国海中の怪(アマビエの図)』
(京都大学附属図書館所蔵)
https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000122/explanation/amabie
 人間はペスト・天然痘・結核などの感染症に対して、昔は無力でどうすることもできず、ただ神に祈って病気退散を願っていました。しかし、科学の進歩とともに病原菌に打ち勝つ方法を開発して、感染症を克服してきました。いつ感染するか心配しながら新型コロナウイルスとともに生活する「Withコロナ」はこりごりです。早く新型コロナウイルスに対するワクチンや治療薬が開発され、平癒されることを多くの人々が願っていると思います。
 さて、そのような状況において中断されていた「学び!と道徳2」をこの度再開することになりました。今回も「早稲田大学道徳教育研究会MOS」の3人(道子、真理、響)に参加してもらい、ともに考えながら進めていきますのでご期待ください。

1 全体道徳

「昨年はオンライン授業で皆さんと対面で話したり、学んだりすることができませんでしたが、今年は授業とともにMOSなどの活動も対面で行うことができるようになりました。また、楽しく道徳を学んでいきましょう。」
道子、真理、響「よろしくお願いします。」
「皆さんは学年や学校全体で道徳の授業を受けたことがありますか。」
「3年生の時、校長先生が授業をしてくれました。」
「どんな内容でしたか。」
「高校受験を前に目標に向かって頑張ることの大切さ、『克己』がテーマでした。校長先生のお話を緊張して聞いていたので内容はあまり覚えていません。」
真理「眠っていたのでは……。」
「校長先生の前では眠れません!」
「昨年の9月、ある中学校で頼まれ全生徒に道徳の授業をすることになりました。しかし、コロナで全校生徒が集まって授業をすることは、危険だということで、学年ごとに授業を行いました。授業のテーマは『新型コロナウイルスから学んだこと』で、コロナ患者に対する思いやりや医療従事者への感謝をねらいにしました。

 授業は私から一方的に話をするだけではなく生徒たちに質問を投げかけ発言を促して、コミュニケーションを取るようにして、生徒たちが主体的に授業に参加するような雰囲気づくりに心がけました。また、生徒たちが発言しやすいように座席が扇型になるような工夫もしました。時には先生方の意見も聞いてみました。」
「全体の中で生徒は発言しましたか。恥ずかしがって発言しないのでは……。」
「初めは恥ずかしがっていましたが、授業が進むにつれて運動会のクラス対抗競技のように発言するようになりました。」
道子「私も先生の授業を受けてみたいな。」

2 利己と利他

「授業はまず、コロナの感染防止のために『自粛』ということが叫ばれましたが、自粛とはどのようなことであるか聞いてみました。」
「自粛は、自ら進んで行いや態度を慎むことです。」
「それでは新型コロナウイルスの対応で、私たちはなぜ行動を自粛するのでしょうか。」
「コロナにかかりたくない、死にたくない、コロナにかかると入院して自由がなくなる、部活動に参加できなくなる、学校に行けなくなるなどです。」
真理「自分がかかって祖父母にうつしたくない、家族に心配をかけたくない、コロナを広めたくない、人に迷惑をかけたくない、自分のために学校が休みにしたくないなどです。」
「響君と真理さんの自粛の理由には違いがありますが、わかりますか。」
道子「響君の自粛は、自分のために自粛することで、真理さんの自粛は他の人のために自粛することだと思います。」
岡山県「ダメ!コロナ差別」啓発キャンペーン「そうですね。自分の利益のために行動することを『利己』といい、他者や社会の利益のために行動することを『利他』といいます。今回の新型コロナウイルスの流行とともに利他的な考えや行動が注目され始めています。その事例として、わが身への感染を恐れず新型コロナウイルスの治療に携わる医療従事者がいます。しかし一方ではコロナ患者と同様に医療従事者に対する差別や偏見の問題があります。患者を救うために働いている人々を差別するのでしょうか。」
真理「医療従事者はコロナに感染しているかもしれない。もし感染していたらうつされるのでそばに来るなという利己的な考えの現れだと思います。」
「そういえばコロナ患者が入院している看護婦さんの子どもが保育園で預かりを拒まれたというニュースがあった。」
「皆さんは『自粛警察』という言葉を聞いたことがありますか。」
真理「遅くまで開いている飲食店を取り締まる自警団のような活動のことです。」
「なぜそのようなことをするのでしょうか。」
真理「コロナ感染を広げないためにという利他的な考えからだと思います。」
「そうかな? コロナが流行したら自分も感染するから取り締まるという利己的な考えではないかな。」
「利己と利他は対義語のように見えます。しかし、『自粛警察』のようにコロナの無い社会を作るという一見すると利他的な行動には、自分だけはコロナに罹りたくないという利己的な考えが潜んでいます。」
道子「人間には利己と利他の両面を持つということですね。」
「そうですね、人間には自分のことばかり考え行動するような利己的な面と他者のために行動するような利他的な面があります。道徳教育を通して利他的な心を育てたいですね。」

3 共感と感謝

「それでは医療従事者は差別や偏見を受けながらも、なぜ自分が感染してしまうような危険を冒してまで利他的な行動をするのでしょうか。」
「医療従事者としての使命感や責任感からだと思います。」
真理「苦しんでいる患者を放ってはおけない、助けたいという思いからだと思います。」
道子「人間愛ではないかな……。」
横山令奈様 提供「授業では最後にコロナ患者の治療に奔走する医療従事者の行動について考えさせました。そのために医療従事者が働く病院の屋上でヴァイオリンを演奏する横山令奈さんの動画を見せました。横山さんはヴァイオリンの勉強のためにイタリアのクレモアに留学し、現在は演奏家として活動するとともに、クレモアを代表するヴァイオリニストとして市の観光プロモーションにも参加しています。コロナが大流行してクレモアの町全体が静まりかえっている時、観光協会からヴァイオリンの演奏で皆を励まして欲しいと頼まれ、市の許可を得た上で、大聖堂の鐘楼で演奏しました。その演奏を偶然通りかかった病院関係者が聴き、病院でも演奏して欲しいと頼まれ急遽実施したそうです。」
「その演奏をYouTubeで見ました。コロナ患者を収容するテントを眼下に見ながら演奏する横山さんを見つめる医療従事者たちの姿と演奏したモリコーネの『ガブリエルのオーボエ』がとても感動的でした。」
「演奏の様子を実際に授業で見せると、中学生たちも食い入るように真剣に聞いていて、中には涙ぐむ生徒もいました。音楽が持つ力を改めて再認識しました。響君、立派な音楽の先生になってください。
 視聴後、中心発問『横山さんはどんな思いで演奏を引き受け、ヴァイオリンを弾いていたのだろうか』に対して、ワークシートに自分の考えを記入させてから意見の共有をしました。皆さんは、生徒たちがどんな意見を発表したと思いますか。」
「医療従事者に対するお礼、感謝です。」
真理「医療従事者への応援もあると思います。」
道子「医療従事者の行動に対する共感と自分も互いに助け合い苦難を乗り越えていきたいという考えだと思います。」
「その他に医療従事者の行為に対する感動、差別や偏見をなくしたいという思い、早くコロナが収束して欲しいなど多様な意見がワークシートに書かれていました。学年全体で行う道徳の授業では参加者が一体となって考え、発表者の意見を真剣に聞いているように感じました。皆さんも一度挑戦してみてください。」
道子「先生のように上手にファシリテートできるか心配です。」
「先生が話すのではなく、生徒の考えを引き出すようにしていけばいいと思います。」
「難しい!」
「そのことは次回の勉強にしましょう。」

 コロナ禍で対面の授業をすることが難しい中、学年の生徒・先生が一堂に集まって授業をする機会を与えていただいた学校・校長先生に感謝します。生徒みんなが同じテーマを考え、互いの意見を共有しながら道徳性を深めていく授業の素晴らしさを痛感しました。
 コロナの流行のために、経済の停滞、医療の崩壊、福祉の破綻など様々な社会問題が起こっています。デュルケムが提唱するように社会学の視点から道徳教育を考えることも忘れてはならないと実感しています。