学び!とシネマ

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ドライビング・バニー
2022.09.29
学び!とシネマ <Vol.198>
ドライビング・バニー
二井 康雄(ふたい・やすお)

©2020 Bunny Productions Ltd

 子どもたちとともに暮らしたい母親。当たり前である。「ドライビング・バニー」(アルバトロス・フィルム配給)は、この当たり前のことが叶わず、なんとかいっしょに暮らせるよう奮闘する母親、バニー・キング(エシー・デイヴィス)の姿が、丹念に描かれていく。
 舞台はニュージーランドのオークランド。15歳の男の子ルーベンと、まだ幼い娘シャノンの母親バニーは、過去の、ある事件が原因で、いまはシングルマザーだ。そして、ふたりの子どもとともに暮らせない状況にある。
 バニーは、生活保護や住宅手当を受け取っているようだが、少額すぎて、家を借りることが出来ない。とりあえずは、妹のグレース(トニー・ポッター)の家に居候している。子どもたちと暮らすには、役所の決まりで、住む家がなくてはならない。
 とにもかくにもお金がいる。バニーは、朝早くから、大したお金にならないけれど、駐車場の車の窓ふきをして、稼いでいる。
©2020 Bunny Productions Ltd 気前よくお金をくれる人もいるが、バニーに頼んで窓ふきをしているわけではなく、一銭もくれない人も多い。
 バニーはグレースに頼み込んで、ガレージを貸してくれないか交渉する。ストーブやベッドを用意すると、なんとか親子3人で住めそうだ。グレースの再婚相手のビーバン(エロール・シャンド)は、家賃を増やす条件で承知する。
 子どもたちを迎える準備が進む。ところが、バニーは、ビーバンの義理の娘になるトーニャ(トーマシン・マッケンジー)に、ビーバンがセクハラをしているらしい現場を目撃する。
 夜遅くまでパートで働くグレースは、ビーバンの言いなりで、トーニャは母親と距離を置いていて、義父とのことは語ろうとしない。
 バニーとビーガンが衝突する。当然、バニーは追い出されてしまう。
 トーニャは、母親との確執を抱え、いまの生活から抜け出そうと考えている。バニーとトーニャは、ビーガンの車を盗みだす。
 バニーの望みは、シャノンの6歳の誕生日を祝い、子どもふたりを取り返すことである。トーニャを車に乗せ、バニーの本格的な奮闘が始まる。
 貧困層の現実は、日本とそう変わらないと思う。ニュージーランドもまた、家賃の比較的安い公共住宅は満員で、民間の賃貸は、家賃が高い。
©2020 Bunny Productions Ltd 役所は、ある事件の当事者であるバニーから、子どもを奪ってしまう。子どもたちは、里子に出され、面会にも役所の許可がいる。バニーは、役所のルールを破ってしまったことから、大きな事件に発展していく。
 悲惨極まりない状況だが、バニーは、貧しくても、逞しく、子どもたちを迎え入れる方法を、次から次へと考え、実行する。
 もはや痛快でさえある。深刻な話なのに、どこか、ほのぼの。
 40歳ほどの設定のバニーを演じたエシー・デイヴィスが、圧倒的にいい。いっさい化粧をせず、ここぞというときだけのアイライン。逞しく生き抜こうとするその姿勢に、思わず応援し、拍手を贈りたくなる。
 義理の父親の車で、バニーと行動をともにするトーニャ役のトーマシン・マッケンジーは、寡黙だけれど、自由を手に入れようと、一歩を踏み出す役どころを力演する。
 監督はゲイソン・サヴァットで、ニュージーランド在住の中国人女性。これが長編第一作という。現実の厳しさに対抗して、なんとか思いを遂げようとするバニーに寄り添った演出が、小細工なしで、好感度じゅうぶん。
 国の違いこそあれ、貧困の現実は、世界のあちこちに存在する。日本に「最終的には、生活保護といった、そういった仕組みもある」と嘯いた総理大臣がいたが、ひどい発言だ。生活保護などが存在しないようにするのが、あなたの仕事だ、と言いたい。
 映画とはいえ、ニュージーランドの貧困状況の一例である。貧者の声を聞く。これが、政治のすべての原点だろう。

2022年9月30日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町新宿シネマカリテほか全国公開

『ドライビング・バニー』公式Webサイト

監督:ゲイソン・サヴァット
脚本:ソフィー・ヘンダーソン
原案:グレゴリー・デビッド・キング、ゲイソン・サヴァット、ソフィー・ヘンダーソン
製作:エマ・スレイド
撮影監督:ジニー・ローン
作曲:カール・スティーブン
追加原案:グレゴリー・デビッド・キング
美術:ロージー・ガスリー
衣装デザイナー:クリスティ・キャメロン
メイキャップデザイナー:ステファン・ナイト
出演:エシー・デイヴィス(バニー・キング)、トーマシン・マッケンジー(トーニャ)、エロール・シャン(ビーバン)、トニ・ポッター( グレース)、ザナ・タン(アイリン)
2021年/ニュージーランド/英語/100分/シネスコ/5.1ch
原題:The Justice of Bunny King/日本語字幕:江波智子
後援:ニュージーランド大使館
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム