学び!とシネマ

学び!とシネマ

アフター・ヤン
2022.10.19
学び!とシネマ <Vol.199>
アフター・ヤン
二井 康雄(ふたい・やすお)

©2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

 「アフター・ヤン」(キノフィルムズ配給)の舞台は、近未来のどこか。「テクノ」と呼ばれる人間そっくりのロボットが、一般家庭にまで普及しているという設定だ。
 肌の色が違う中年の男女と、中国系らしい若者と少女が、動きのあったダンスを踊っている。とても家族とは思えない4人である。
 ジェイク(コリン・ファレル)は、茶葉を販売する小さな店を開いている。妻のカイラ(ジョディ・ターナー=スミス)と、まだ幼い娘のミカ(マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ)との三人暮らしである。ジェイク夫妻は、中国系のミカが、まだ赤ん坊の頃に養女として迎えている。
 もう一人の家族は、「テクノ」という、人間そっくりの形をしたロボットのヤン(ジャスティン・H・ミン)だ。ヤンは、ミカを「メイメイ(妹妹)」と呼んで、ほんとうの妹のように可愛がっている。ミカもまた、ヤンを「グゥグゥ(哥哥)」と呼んで、兄のように慕っている。
 かつてジェイクは、引き取ったばかりの養女ミカのために、中古ではあるが、ちゃんと保証書のついた「テクノ」のヤンを購入した。ヤンは、中国系の人物に似せて作られていて、ミカに中国関連の知識を授けてもらおうというわけである。
 4人の、静かな、幸せな日々が続く。そんなある日、突然、ヤンが動かなくなった。
©2021 Future Autumn LLC. All rights reserved. ジェイクは、悲しむミカのためにも、ヤンを修理するべく、メーカーに持ち込む。
 修理は困難だが、ヤンには、一日に数秒間だが、動画を撮影できるパーツが埋め込まれていたことが分かる。つまり、ヤンが過去に経験したことが、動画で確認できるという訳だ。
 ジェイクは、ヤンの残した膨大な動画を、再生し始める。
 クローンやアンドロイド、人間のようなロボットが登場する映画は、数多く作られているが、この「アフター・ヤン」は、派手なアクションは皆無。全編、静謐そのもの。
 人工知能とやらで、どこまでロボットが人間に近づくことが出来るのかは分からないが、少なくとも、動画からうかがえるヤンの視線は、優しさにあふれている。
 ジェイクとカイラの夫婦は、人種が異なる。ミカは養女である。さらに、ヤンは人間ではない。この4人が、家族である。ふと思う。「家族ってなにか」と。
 昔、小津安二郎監督の「東京物語」という映画を見たが、このなかに、こんなシーンがある。老人役の笠智衆が、原節子扮する息子の嫁に、ふと告げる。「実の子どもよりも、他人のあんたが良くしてくれる」と。そして、息子の嫁が、何度も本音を漏らす。
 家族のありようの、ある本質をついたセリフのやりとりかと思っているが、ヤンが、どのような眼差しで、ジェイク一家と接していたかを見ていると、もはや、ロボットではなく、人間並みの感情を持った、ごく普通の青年に思えてくる。もちろん、入力されていない事柄については、「分からない」とはっきり言うのだが。
©2021 Future Autumn LLC. All rights reserved. さらに、ジェイクがヤンを購入する前の記憶もまた、動画に収められていることが分かる。また別の経験を持ったヤンのドラマが立ち上がってくる。
 もはや、ロボットと人間の境は、曖昧模糊。ひょっとすると、ロボットのほうが、より人間らしい感情を持っているのではないかと思ってしまう。
 家族とは? ロボットとは? 人工知能とは? 多くの疑問を抱えたまま、映画は進行していく。
 原作がある。未読だが、アレクサンダー・ワインスタインの書いた「Saying Goodbye to Yan」だ。これを基に脚本を書き、監督したのは、小津安二郎監督を敬愛する、韓国系アメリカ人のコゴナダ。変な名前だが、小津安二郎と多くのコンビを組んだ脚本家、野田高悟(のだこうご)にちなんだ名前だそうだ。
 以前、「コロンバス」というコゴナダ監督の映画を見たが、これまた、静謐そのものの映画で、本作とあわせてご覧になると、どのような映画作家かが、よりよく理解できるかと思う。
 使われる音楽が、またいい。坂本龍一のスコアに、劇中、ミカが唄うのは、日本の映画「リリイ・シュシュのすべて」で使われていた名曲「グライド」だ。さらに、バッハの名曲「G線上のアリア」が引用される。
 近未来を描いた映画のなかでも、この「アフター・ヤン」は、家族とは、喪失とは、人工知能とは、などなど、いわば人間存在への問いかけを、静謐なタッチで描いて、深い余韻を残す傑作と思う。

2022年10月21日(金)より、TOHOシネマズシャンテほか全国公開

『アフター・ヤン』公式Webサイト

監督・脚本・編集:コゴナダ
原作:アレクサンダー・ワインスタイン「Saying Goodbye to Yang」(短編小説集「Children of the New World」所収)
撮影監督:ベンジャミン・ローブ
美術デザイン:アレクサンドラ・シャラー
衣装デザイン:アージュン・バーシン
音楽:Aska Matsumiya
オリジナル・テーマ:坂本龍一
フィーチャリング・ソング:「グライド」Performed by Mitski, Written by 小林武史
出演:コリン・ファレル、ジョディ・ターナー=スミス、ジャスティン・H・ミン、マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ、ヘイリー・ルー・リチャードソン
2021年/アメリカ/英語/カラー/ビスタサイズ/5.1ch/96分/原題:After Yang/字幕翻訳:稲田嵯裕里
配給:キノフィルムズ
提供:木下グループ