学び!とシネマ

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遺灰は語る
2023.06.21
学び!とシネマ <Vol.207>
遺灰は語る
二井 康雄(ふたい・やすお)

© Umberto Montiroli

 「遺灰は語る」。なんとも、不思議なタイトルではある。遺灰は、語ったりはしない。原題は、「LEONORA ADDIO」。意味は、「さらば、レオノーラ」。ヴェルディのオペラ「イル・トロヴァトーレ」の第4幕の冒頭で、マンリーコが、塔の中から、愛するレオノーラを思って、「さらば、レオノーラ、さらば」と歌うシーンがある。では、この原題が、本編とどのように繋がっているのかを、期待しながら、見た。
 誰の遺灰かというと、イタリアの作家で、ノーベル文学賞を受けたルイジ・ピランデッロである。
 ピランデッロは、シシリア島生まれの大作家である。1921年に書いた戯曲「作者を探す六人の登場人物」が有名で、これは、後の前衛劇に大きな影響を与えたと言われている。
 ピランデッロは、1934年に、ノーベル文学賞を受けている。2年後の1936年、ピランデッロはローマの自宅で亡くなる。遺書を残していて、ちゃんと映画「遺灰は語る」のなかに、遺書の一節が引用されている。
 映画は、このピランデッロのノーベル賞の受賞式の様子から始まる。
© Umberto Montiroli ある男が死の直前の床にいる。「私は死んだのか」とナレーションが入る。子どもたちが、死の床にやってくる。子どもたちは、すぐに、もう大人になっている。やがて、この男が、作家のピランデッロだと分かる。
 ムッソリーニは、ピランデッロの死を、自分の名声に利用しようとするが、ピランデッロの遺書が、ムッソリーニの魂胆を阻止する。ピランデッロの遺言を読んで、激怒したムッソリーニは叫ぶ。「愚か者め」と。
 敗戦後、イタリア社会は変貌する。ピランデッロの遺灰は、なんとかローマに保存されていて、遺言通り、遺灰は、故郷のシチリアに帰ることになる。シチリアからの特使(ファブリツィオ・フェッラカーネ)が、ローマにやってくる。
 ただ、小さな壺に入った遺灰を、ただシチリアに運ぶだけなのに、これが、なかなかうまく行かない。遺灰になったピランデッロは、愚かな人間たちの所業を、嘲笑っているかのよう。無事、遺灰はシチリア島に着くのだろうか。
 約1時間の、モノクローム映像で、シリアスな雰囲気のコメディが終わる。さらに、ピランデッロが死の直前に書いた短編小説「釘」の映像が、エピローグとして添えられる。
© Umberto Montiroli バスティアネッド(マッテオ・ピッティルーティ)は、レストランで働く少年だ。バスティアネッドは、ふたりの少女が喧嘩しているところに出くわす。そして、幼いほうの少女を、拾った長い釘で刺し殺してしまう。おとなたちに問いただされても、ただ「定めだから」と答えるのみ。なぜ、こんなことになったのか、おとなたちは、あれこれ、推測するだけ。
 さらに、本編とエピローグには、過去のイタリア映画のアーカイブ映像が出てくる。ロベルト・ロッセリーニ監督の「戦火のかなた」、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「情事」、ヴァレリオ・ズルリーニ監督の「激しい季節」、パオロとヴィットリオのタヴィアーニ兄弟監督の「カオス・シチリア物語」その他だ。
 タヴィアーニ兄弟は、「父/パードレ・パドローネ」や「サン★ロレンツォの夜」、「グッドモーニング・バビロン!」、「塀の中のジュリアス・シーザー」などの傑作を多く撮った兄弟だ。
 2018年4月、兄のヴィットリオが亡くなる。映画「遺灰は語る」は、弟のパオロが、ひとりで脚本を書き、監督した。
 原題の邦訳「さらばレオノーラ」は、オペラのなかの曲だが、邦題の「遺灰は語る」は、愚かだけれど、愛すべき人間たちに捧げた、パオロ・タヴィアーニの、生前に残した遺言かもしれない。パオロ・タヴィアーニは、1931年11月の生まれ。今年、92歳になる。
 映画「遺灰は語る」は、亡くなった兄、ヴィットリオに捧げられる。
 戦前戦後のイタリア。作家ピランデッロ。タヴィアーニ兄弟の多くの傑作映画たち。そして、人生とは何か。たった一本の映画とはいえ、学ぶこと、多し。

2023年6月23日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町新宿武蔵野館ほか全国順次公開

『遺灰は語る』公式Webサイト

監督・脚本:パオロ・タヴィアーニ
出演:ファブリツィオ・フェッラカーネ、マッテオ・ピッティルーティ、ロベルト・エルリツカ(声)
原題:Leonora Addio/2022/イタリア映画/90分/モノクロ&カラー/PG12
字幕:磯尚太郎、字幕監修:関口英子
配給:ムヴィオラ
後援:イタリア大使館
特別協力:イタリア文化会館