学び!とシネマ

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ぼくたちの哲学教室
2023.05.24
学び!とシネマ <Vol.206>
ぼくたちの哲学教室
二井 康雄(ふたい・やすお)

© Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin d’oeil films, Zadig Productions,MMXXI

 舞台は、北アイルランドのベルファスト。ここに、ホーリークロスという男子小学校がある。
 校長先生のケヴィンは、スキンヘッドで、エルヴィス・プレスリーの大ファンだ。登校の時間、ケヴィン先生は、生徒たちを迎える。一人一人の生徒に、ハグをし、ハイタッチをする。
 この学校の特色は、哲学の授業があること。哲学といっても、アリストテレスやプラトンのことを教えるわけではない。
© Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin d’oeil films, Zadig Productions,MMXXI 新学期が始まる。最初の哲学の授業は、「他人に怒りをぶつけてもよいか」がテーマだ。ケヴィン先生は、生徒の一人一人に問いかける。そして、生徒が、自分の言葉で、自分の考えを話せるように導いていく。
 またある時は、記号の山印「∧」を黒板に書き、生徒たちに、何に見えるかを問いかける。さらに、山印を2つにして、何に見えるかを問いかける。このふたつの山印は、自転車の絵に変化していく。見方は、人によって異なることを、生徒たちに教える。
 ケヴィン先生の教えは、授業だけではない。授業に集中できない生徒や、喧嘩ばかりする生徒にも、徹底的に対話を重ね、生徒自身の言葉を待ち続ける。
 いまなお、ベルファストには、長年の紛争の傷跡が生々しい。憎しみを暴力で解決しようとしても、必ず、憎しみは連鎖する。ケヴィン先生は、この憎しみの連鎖を止めようと、必死である。
 生徒たちと、常に考え、質問を繰り返すケヴィン先生。「やられたら、やりかえす。それでいいの?」と。
© Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin d’oeil films, Zadig Productions,MMXXI 先生は、ケヴィン校長先生だけではない。特別支援学級の責任者のジャン・マリー=リールは、学校の母親的な存在で、いろんな問題を抱えた生徒たちを、親身になって導いている。
 見ていて思う。これが本当の教育ではないかと。日本でも、つい最近だが、2020年、小学校の学習指導要領に「主体的・対話的で深い学び(「アクティブ・ラーニング」)の視点からの学習過程の改善」が掲げられるようになった。が、はたして日本には、ケヴィン先生やジャン・マリー=リール先生のような人材が、いるのかしらと、疑問に思ってしまう。いじめの存在を隠し続けたりする現状をみるにつけ、暗澹たる思いにとらわれる。
 このような、素晴らしいドキュメンタリー映画を撮ったのは、ナーサ・ニ・キアナンとデクラン・マッグラの二人。ナーサ・ニ・キアナンは、多くのドキュメンタリー作品を作った女性監督だ。また、デクラン・マッグラは、元は編集者で、やはり多くのドキュメンタリー映画を作っている。
 ナーサ・ニ・キアナンは、ケヴィン先生の言葉を引用して、言う。…今、人類が直面しているすべての課題のなか、もし私たちが生き残る可能性があるならば、ケヴィンのマントラ(真言)「シンク、シンク、レスポンド!」(考えて、考えて、答える!)は、私にとってかなり良い最初のレッスンのように思えるのです。
 多くの現場の先生方には、必見の映画。

2023年5月27日(土)より、ユーロスペースほか全国順次公開

『ぼくたちの哲学教室』公式Webサイト

監督:ナーサ・ニ・キアナン、デクラン・マッグラ
出演:ケヴィン・マカリーヴィーとホーリークロス男子小学校の子どもたち
2021/アイルランド・イギリス・ベルギー・フランス/英語/102分/カラー/16:9/5.1ch/ドキュメンタリー
原題:Young Plato
日本語字幕:吉田ひなこ
字幕監修:西山渓
後援:駐日アイルランド大使館/ブリティッシュ・カウンシル
カトリック中央協議会 広報推薦
配給:doodler