学び!と美術

学び!と美術

授業での「言葉」、どうすればいいですか?  ~具体的な導入を例に~
2023.10.10
学び!と美術 <Vol.134>
授業での「言葉」、どうすればいいですか? ~具体的な導入を例に~
東京都品川区立立会小学校 指導教諭 田中明美

 授業が思った方向へ向かわなかったとき「導入でどう投げかければよかったんだろう」と悔やんだり、活動が停滞している児童に「どう声をかければいいんだろう」と悩んだり。そんな経験のある先生は多いのではないでしょうか。今回は、指導教諭として教員の指導力向上に力を注がれている品川区立立会小学校の田中明美先生に児童への声かけについてお話を伺いました。先生の実際の授業(導入)の様子も交えてお伝えします。先生は最近、言葉の大切さにあらためて気付いたそうです。

頭の中に、写真的に映像的に題材が浮かぶように

 導入では、どの題材でも大枠として以下の三つのことを意識しています。

題材の外せない核を明確に伝える
考える発端と道筋を与える
活動の見通しを伝える

 児童に題材を手渡すとき、わたしは言葉で誘(いざな)いたいと思っています。この授業で何をするのか・何を学ぶのかという題材の核、わたしは「勝負どころ」ってよく言うのですが、その「勝負どころ」を子どもたちが頭の中に映像として浮べて理解できるように話したい()。「わたしの頭に浮かんでいる『映像』を、どんな言葉に置き換えたらいいのかな」っていつも考えています。

「立ち上がれ! ねん土」(令和2年度版教科書『図画工作3・4下』p.14-15)の導入を例に(以下、同)

★題材の外せない核(勝負どころ)を伝える(T:田中先生の声かけ)

(導入の冒頭で)

T

きょうはテラコッタでつくりたいものを自由につくるってことじゃなくて、先生から「お題」を出したいの。きょうの題材は「立ち上がれ! ねん土」って言って、粘土を立ち上がらせたいの。

↑「勝負どころ」

(例示の後で)

T

今回は、最初から何かつくろうとか、それではだめなの。粘土がどんなふうに立てるのかって、みんながいろいろ考えてくれることが勝負どころなの。それと、図工だから、並べたり組み合わせたりしたときの粘土の形のすてきさ、面白さっていうのも要求されているの。分かるかな? どうかな?

↑「勝負どころ」を具体的に

T

どういう立たせ方ができるかっていうことと、つくった形がいろんな方向から見てすてきであること。そこを忘れないでね。何かを最初からつくろうっていうんじゃなくてね。

↑「勝負どころ」を念押し

 大人も子どもも経験したことからしか想像、つまり映像が思い浮かべられませんよね。だから、子どもたちの実体験と結び付くようなエピソードを補うことで()、子どもが「なんとなく、あんな感じだな」って思い描けるようにしています。
 わたしの頭の中と、子どもの頭の中の映像はもちろん違うのですが、大枠は同じであってほしいと思っています。

★初めて使う用具の説明で(T:田中先生の声かけ)

T

あと、どんな立たせ方があるかな、ということで、ちょっとまだみんながやったことがないこと、先生やってみるね。(たたら棒を出して)この同じ厚みの板を粘土の両側に置いて。それで、この丸い棒に体重をかけて…

(ゆっくりおおげさに演示)

T

こうやってゴロゴロゴロゴロってやると粘土が伸びてくる。おうちでピザとかパン、型押しクッキーつくるみたいね。

言葉を解きほぐして手渡す

 何を言っているのかよく分からない言葉に子どもは耳を傾けないし、話が長くても途中で聞く気がなくなってしまう。大人だってそうですよね。だから、「きょうの図工で、みんなと一緒にやりたいこと」を分かってもらうために、言葉を精査して短い時間で導入を行うことを意識しています。
 「工夫する」「美しさ」などの抽象的な言葉は、子どもが腑に落ちるように教師が解きほぐしてあげないといけないと思っています()。例えば「工夫」であれば、具体的にどんなことをするのかを数人に聞いてみて、子どもが考えるきっかけをちょっとだけ与えて、「そんなことを思った人もいるんだね。じゃあ、あなただったらどうする?それがきょう外せないところだから、大切にやってね」って伝えます。教師の問いかけや、例示が言葉を解きほぐすことにつながります。

★「工夫」を具体的な言葉や視点に置き換える声かけ(T:田中先生の声かけ C:児童の発言)

T

(たたら棒で延ばした粘土の板を見せて)これ、いま寝ているよね?
立ち上げるにはどうしたらいい?

C1

太くする。

C2

土台をつくる。

C3

丸くする。

T

丸くする?どう丸くする?

(児童とやり取りしながら、筒状にして立たせる)

T

他にはどんな立たせ方があるんだろう?

C4

足を机みたいに四本立てて上にタワーみたいにしていく。

T

じゃあ、試しにやってみるね。

(児童とやり取りしながら、机のような形で立たせる)

T

さっきと立て方が違うよね。両方の立たせ方を組み合わせたっていいんだよね。一つのやり方でずっといかなきゃいけないってことじゃないよね。

 困っている子どもがいたときも、考えるきっかけになるような問いかけをして、最後は自分で決められるようにしています。つくりたいことがあるようであれば、その時点の状況を確認して、どんなことを考えているかを整理してあげるし、何も思い付いていないようであれば「きょうはどんな色でいこうか」と言って絵の具を見せるなどして、それで何か答えがあったらそれを受けて「じゃあ、どうしたいのかな」って自分で決められるように誘います。
 それは表現に向かうときだけではなくて、鑑賞のときも同じです。単に「友だちの作品を見て、よさや美しさを感じ取ろう」ではなくて、例えば立体作品なら「自分にしか見付けられない『いい角度』を見付けよう」「バランスがいいなと思ったところを見付けよう」など、よさや美しさにつながるような具体的な言葉に置き換えて、鑑賞の視点を伝えてあげます。

「子どもが決めること」「教師が決めること」

 わたしは授業に向かうとき、「子どもが決めるということを大切にする」「人として対等に向き合う」という思いをもっていて、そこは絶対にぶれません。その思いを、いろんな活動に広げているんです。
 子どもが表したいことやそのための方法を自分で決めるといっても、全部子ども任せにするということではなくて、ある程度の道筋と考えるための発端を与えることが必要だと思うんです()。

★考える発端と道筋を与える(T:田中先生の声かけ)

(導入冒頭で)

T

粘土って、生きているものじゃないから、「はい、立って」って言っても、自分では立ち上がらないでしょ。だから、みんなが立たせなきゃならないわけじゃない?どんなふうに立たせられるのかな。最初にちょっと先生とみんなでやってみてから、つくっていこうと思ってるのね。

(演示しながら)

T

(四角い粘土の塊を平らに置いて)このままだと寝ている感じがしない?でも、こうすると…
(粘土の塊を縦長になるように立たせて)
向きを変えただけなんだけど、立っている感じがしない?

(「勝負どころ」の念押しとともに)

T

最初からタワーつくろうってなったら、みんな縦に高くなっちゃうじゃん。そうじゃなくて、横に広がったっていいじゃない?立たせるっていうことなら、横に広げていくパターンだってあるわけでしょ。どうかな?

 大枠は教師が決めるけど、中身は子どもたちが決める。枠の幅をどこまで広げられるのかが大切なんですよね、きっと。教師がガチガチにやることを決めてしまうと、子どもの活動が狭まってしまう。わたしが決めることが少なくても、子どもが授業のねらいを理解して、展開がどんどん広がってくれればいいなって思います。一人ひとりの表現がみんな違っていて、わたしの予想を超えてくれることがとてもうれしいです。
 あとは、子どもたちが表現しようとしたときに必要な方法を伝えることや、「こんなことしたい」という気持ちに応えられるように材料を準備しておくことも大切です。

※「立ち上がれ! ねん土」の導入例全文はこちらから

物語を紡ぐ振り返り

 題材の終わりではなく、その時限の最後あるいは次の授業の初めに、活動を回想する時間をとるようにしています。「みんな、思ったゴールにたどり着いた?」って聞いて、その活動の「勝負どころ」を繰り返し伝えます。
 わたしは振り返りカードの代わりに、作品についての物語を書く時間をとるようにしています。長時間にわたる活動の場合、各授業の最後に、例えば絵であれば、「作品の裏に『きょうのタイトル』をつけてみて」って言います。「仮タイトルでもいいし、単語だけでも、一文でもいいよ」って。その次の週も、同じように作品の裏に仮タイトルや言葉を書くように促します。そこでは文章の完成度は求めません。書く言葉はどんどん変わってもいいし、ずっと同じでもいい。

4年生 題材「春の時間の流れるまち」を例に

活動概要:「春」「時間」をテーマに、想像を広げたり、校庭に出て植物などを見たり触ったりしながら感じたことを基に、春の植物も絵の材料に加えながら、思い思いにイメージを絵に表す活動。

◎児童A

作品の裏面に書かれた言葉
「川にいる花びらは、ほんとうは魚。草の上にある花はみんなをしあわせにする。」(1回目授業後)
「植物が見える動物がいる町」(2回目授業後)

作品名
「すてきな緑 ひろがる町」(3回目授業後)

◎児童B

作品の裏面に書かれた言葉
「空の中のゆうやけ」(1回目授業後)
「ゆうやけ365日」(2回目授業後)

作品名
「命の春」(3回目授業後)

 そうすることで子どもの考えが整理されると思うんです。そして、わたしにとっては支援や評価の助けにもなる。子どもの手が止まっているとき、停滞しているのか、考えているのか分からないときもあります。そんなとき「ちょっと裏見せて」って、作品の裏に書かれた言葉を見ればその子の思考をたどることができるし、困っているようであれば「こうしたくて考えているのね」って声をかけてあげることもできます。

思いは伝わる

 わたしはよく子どもたちに、「こうやって30人に向けてしゃべっているけど、先生は一人ひとりと話しているつもりだから、みんなもちゃんと聞いてくれる?」って言っています。そうすることで、一つひとつの言葉が子どもたちにしっかりと届くと思うんです。でも、そう思っていても、授業が思うようにいかないときもあります。
 どうやったら子どもに伝わるか。それは、教師が本気でその授業が面白いと思っているかどうか。図画工作だけじゃなくて、国語や算数でもそういうことがあると思います。
 図画工作であれば、まずは教師が自分でつくってみることが大切なんじゃないかな。それで「この題材、面白い!」って先生が感動することが大切。「さあ、絵をかきましょう」ではなくて、「わたしは、こんな面白い活動をあなたたちと一緒にやりたい」って、自分の感動とかやりたいこととかを、自分を介した言葉で伝えたい、そういう思いが年を追うごとに濃くなってきています。
 わたしと子どもたちが出会えたことって奇跡じゃないですか。ちょっと学区が違えば出会えなかったかもしれない。出会えてよかったと、お互いに感じたい。だから、わたしは納得するまで授業のための準備や言葉選びにこだわりたい。そう思っています。

田中明美(たなか・あけみ)
静岡県富士宮市出身。東京造形大学美術学科Ⅱ類(彫刻科)卒業。埼玉県と東京都の産休代替教職員(小学校、中学校、養護学校、ろう学校)を経て、東京都の図画工作科教員・指導教諭となる。現在、品川区立立会小学校に勤務して17年目。東京都図画工作研究会(都図研)の副会長や第57回都図研城南大会(関東甲信越静地区造形教育連合東京大会)研究局長、品川区の研究部長などを務め、現在は都図研の教科提案部の担当となる。家にはオオバタン(オウム)がおり、オートバイ好き。