学び!と美術

学び!と美術

教室が居心地のよい場となり、子ども同士の関係が変わる 子どもと先生の関係も変わる ~アート・カードを使った朝活動での鑑賞~
2023.11.10
学び!と美術 <Vol.135>
教室が居心地のよい場となり、子ども同士の関係が変わる 子どもと先生の関係も変わる ~アート・カードを使った朝活動での鑑賞~
滋賀大学教職大学院 教授 青木善治

 美術作品などが印刷された「アート・カード」。近年さまざまな美術館で所蔵作品を基につくられ、図画工作科の教師用指導書にも同梱されています(※1)。新潟県で小学校教諭・校長を務め、新潟県立近代美術館での学芸員経験もある滋賀大学の青木善治先生は、朝活動でアート・カードを使った鑑賞活動(朝鑑賞)に取り組み、現在も滋賀県をはじめさまざまな地域で活動を紹介しています。
 今回は、青木先生にこうした鑑賞活動の魅力や効果についてお話を伺いました。

具体的に問いかけると、考えやすい

――アート・カードを使った朝鑑賞(※2)とはどのようなものでしょうか?

 多くの学校で1時間目の前に朝読書や朝学習と呼ばれる時間を設定していると思いますが、その時間を使ってアート・カードから選んだ作品をみんなで鑑賞するというものです。アート・カードをモニターなどで拡大表示して、子どもたちと対話しながら鑑賞(対話型鑑賞)するという活動ですね。

――美術作品を使った鑑賞というと、美術が専門でない先生方にはハードルが高いように感じるのですが……。

 美術作品について教えるのであればそうかもしれませんが、ここでは対話をしながら、子どもたちが自分の見方や感じ方で考えること自体を重視していますから、先生がその美術作品について専門的な知識がなくても大丈夫です。むしろない方がいいのかもしれません。
 それより大切なのは子どもたちへの問いかけの言葉ですね。作品を見て「どう思いますか?」というような問いは非常に答えにくい。そうではなく「何が見えますか?」「季節はいつだと思いますか?」「どんな音が聞こえますか?」「なんて言っていそうですか?」などというような具体的な問いかけがよいですね。低学年の子どもたちにとっては、「何が見えますか?」が答えやすいです。
 そして、例えば子どもが「朝だと思います」と言ったときに、理由を尋ねることが大切です。ただこのときも「どうして、なぜそう思ったのですか?」といった質問だと、途端に答えにくくなるのでよくないです。大人でも思わず「なんとなく……」と答えてしまいそうです。ですので、「作品のどこからそう思ったのですか?」と尋ねるんです。そうすると答えやすいですし、言葉にできなくても作品を指し示して伝えることもできます。
 朝の時間は10~15分程度なので全ての子どもの発言を聞くことはできません。ですので付箋を用意して考えたことを書いてもらって、教室の後ろに貼るようにしてもいいですね。

一人ひとり違うから、みんなが聞きたくなる

――活動の効果はどのようなものなのでしょうか?

 作品を見て自由に考えたことには、何か正解があるわけではなく、一人ひとりの見方や感じ方があるだけです。その子が実際に感じたことですから、それはだれにも否定できない。つまり、正解がないということは間違いもない、ということです。話を聞いていた側の子どもにとっては、同じ作品を見ていたのに自分と違うことを言う子が出てくるから「なんでだ?」となって、理由を聞いて「なるほど!」「そういう見方もできるのか」となるわけです。
 自分の言葉が間違いだと否定されずに、みんなに聞いてもらえると、発言した子は自己肯定感を味わえますよね。
 ある学校での活動を拝見したときのことです。一人の子が先生から指名されたのですが、自信がなかったのか、みんなに向けて発表できずに隣の子に伝えて、代わりに発表してもらっていました。でも先生は「どこからそう思ったのか教えて」と、発表できなかった子を前に呼んだんです。その子が作品のある部分を指しながら「ここからそう思いました」と伝えると、周りの子どもたちは「あーホンマやー」と声を上げていました。その子はそのまま自分の席に戻っていったんですけど、そのとき、とても嬉しそうに2回「パンパン」と手を叩いていたんです。最初は自信がなかったけど、友だちの反応で受け入れられたと感じたんでしょうね。ほんの短い時間の動きでしたが、その子の自己肯定感が高まった瞬間だったと思います。
 実は子どもたちにとって、現状の学校生活には「間違いがなく、正解も不正解もない状況」というのはあまり多くないと思っています。なにかしら「正解」を目指した活動をしています。ですので自分の見方や感じ方を肯定・受容される時間は、貴重なんです。
 また、学校では子どもたちに発言を求める場面は多いですが、実は発言するよりも「傾聴する」ことのほうがとても難しいと思うんです。この活動では、「他の子はどういう見方をするんだろう」と、どんどん気になって、自然と友だちの話を聞きたくなるんですよね。
 これを繰り返していると多様な見方や考え方があることが当たり前になってきますし、自分の中での視点も増え、より多角的に物事を見ることもできるようになってくると思います。「○○さんの考え面白いな」から「今、私はこう思ったけど、他の考え方もあるかもしれない……」のようになってくるんじゃないでしょうか。

子どもたちに対して謙虚になって、関係を築きやすくなる

――友だちが聞いてくれているという状況が、話をする上での安心感につながる。そういう空間が自然に成立するんですね。一方で先生方にとっても効果があるのでしょうか?

 先生方にもたくさんの気付きが生まれると思います。
 「普段発言しないので、考えていることがよくわかりにくかった子が、こんなことを考えていたのか」という子どもへの新たな気付き、AさんもBさんもみんな違う見方や考え方だという学級の中の多様性への気付き、そのうち「ひょっとするとこの子には違う側面があるかもしれない」という自分の見方の偏りに対する気付きも生まれてきます。つまり「子ども」「学級経営」「自分自身」に対してどんどん多面的に見ていくことができるようになります
 朝活動の時間は、授業ではないので評価することを意識しなくていい。ですので先生も、いつもと違う距離感や視点で子どもたちをありのままに見ることができる。そうすると子どもに対する捉え方も変容しやすいですよね。
 先生方にとって、子どもたちと接する多くが教科教育の時間です。その中で知らず知らずに自分の物差し(価値観)で子どもたちを測るようになってしまいがちです。でもその物差しの目盛りは先生自身の経験や考えによってゴムのように伸び縮みしていると思います。他人の欠点は大きく見えて、自分の欠点は小さくみえるような。いわば主観的に子どもを見てしまうんですね。それは仕方ないことでもあります。でも、この活動で子どもと関わる中で、その子の存在自体に価値があることを再認識しやすくなります。目盛りがなくなっていくんだと思います。その結果、子どもに対して、自分の捉え方のみが全てではないという謙虚さが生まれ、子どもとの関係を築きやすくなるんだと思います。

アート・カードの手軽さがいい

――ところで、アート・カードを使うのはなぜでしょうか?

 最近は教科書会社の図画工作科の教師用指導書のセットにアート・カードが同梱されています。アート・カードは、40枚程度で一組です。1回の活動で一つの作品を取り上げるとして、月に1回の実施であれば、一組のアート・カードで3年以上活動できます。週1回でも1年近くできますよね。わざわざ作品を探さなくていいのは、先生方にとっては非常に取り組みやすいと思います。
 また、教師用指導書同梱のアート・カードに付いている解説書には、作品を見る視点も示されています。ですので、問いかけに迷ったらその言葉を活用すればいい。つまり、教師用指導書のアート・カードを使えばどんな先生方にとっても取り組みやすいと思い、提案しています。実際に、新しく採用されたばかりの先生の学級でも、とても楽しそうに行われていました。
 もちろん、美術作品のポスターなどでもよいですし、子どもたちの作品でもいい。ある先生は週に1回行っていたんですが、最近は町の中で見付けた気になるものも写真に撮って子どもたちに見せているそうです。

――なるほど、確かに朝は何かとバタバタしますから、アート・カードであれば手軽ですね。

自分のよさや個性が教師から大切にされていると実感し、友人のよさや個性も大切にするようになる

――今後の展望についてお聞かせください。

 滋賀県でお声がけいただいたある学校では、紹介してから3年間、この活動に取り組んでいただいています。その先生方にアンケートを行った際に次のような言葉をいただきました。

  • 多様性があってよいという考え方が自然と子どもたちの中に芽生えて、いろいろな見方や考え方があって面白いと話す姿が見られた。
  • 正解がなく児童が思ったことを安心して言える時間のおかげで、とてもよい雰囲気で朝のスタートが切れたのでよかった。
  • 友だち同士で話し合い考えを聞くことでお互いを知り、温かな雰囲気になった。
  • 普段発表しにくい子も手を挙げていた。他の授業でも発表する姿が見られるようになった。
  • 考えたことを付箋に書くようにしたところ、意見を言わない子もいろいろと考えていることが分かった。

 いずれも、子どもたちの様子が変わった、先生方の子どもたちを見る目が変わった、というような感想だと思います。この先生方のように、実感していただくのがとても大切だと思います。

図画工作の学びの意味や価値を伝えたい

 そのためにも、図画工作科の学習の意味や価値のようなものをもっと多くの人や先生方に伝えて、まずは興味をもっていただきたいですね。
 図画工作科の学習指導要領の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」2(5)は「各活動において、互いのよさや個性などを認め尊重し合うようにすること。」という項目なのですが、学習指導要領解説では以下のように書かれています。

一人一人の児童がよさや個性などを生かして活動できるようにし、友人の作品や活動、言動に関心をもつことができるような設定をすることが大切である。児童は、個人で表現していたとしても、自分と友人との関係の中で行っていることとして自覚している。個性も、周りの友人達との関係性の中で気付くものである。友人の作品や活動に目が向くようにしたり、友人との交流の場面を設定したりするなどして、児童が自分や友人のよさや個性などに気付くようにすることが大切である。
 そして、それを尊重し合うようにするためには、教師が日頃から一人一人の児童のよさや個性などを認め尊重することが重要である。児童は、自分のよさや個性が教師から大切にされていると実感し、友人のよさや個性も大切にするようになる。よさや個性には違いがあり、どれもが大切にされるべきものなのだということに気付くようにすることが重要である。(※3)(太字編集部)

 これは教師にとって、学校教育全般に取り組む中でとても重要な、いわば根底になければならないことですが、このようなことが教科の学習指導要領に書いてあるのはすごいことだと思うんです。なので、全国の初任者研修をはじめ節目の研修で、「造形遊び」を含め図画工作科の研修や、アート・カードを使った鑑賞に関する研修をしっかりしてほしいですね。「造形遊び」もすごいです。そうすることで学級経営、学校経営は大きく変わると思います。
 滋賀県(彦根市)と新潟県(南魚沼市)の教育長さんに手紙を書いて、校長会でこの活動を紹介させていただいたこともあります。南魚沼市ではオンラインでさせていただきました。校長先生に魅力を知っていただくことが大切だと考えたからです。こうした働きかけをどんどんしていきたいですね。2024年2月ごろに向けて「朝鑑賞」の魅力に関する出版を進めています。その際は、ぜひ、お手に取ってご覧いただけましたら幸いです。

青木善治(あおき・よしはる)
滋賀大学教職大学院教授・博士(学校教育学)。
小学校教諭、上越教育大学附属小学校、主幹教諭、教頭、新潟県教育庁文化行政課(新潟県立近代美術館)、小学校校長の勤務を経て2021年より現職。
平成19年度文部科学大臣優秀教員表彰、第40・45回教育美術賞佐武賞佳作(2005・2010年)、第60回読売教育賞「美術教育部門」最優秀賞(2011年)、第5回辰野千壽教育賞優秀賞(2012年)、第68回読売教育賞「カリキュラム・学校づくり部門」優秀賞(2019年)などを受賞。
新潟県立近代美術館勤務期間中に、対話を用いた鑑賞やさまざまなアクティビティを取り入れた鑑賞プログラムを行う。校長として赴任した小学校では、アート・カードを使った今回の鑑賞活動など、造形活動を中心に学校経営に取り組む。

※1:現在お使いいただいている弊社「図画工作」教師用指導書にも同梱されており、令和6年度版「図画工作」教師用指導書にも同梱予定です。
※2:朝鑑賞については、「学び!と美術 <Vol.66>『朝鑑賞』で学校改革」もご参照ください。
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art066/
※3:学習指導要領(平成29年告示)解説「図画工作編」p117