学び!とESD

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ESDと気候変動教育(その15) ナショナル・カリキュラムと若者の力 ―英国・気候変動教育キャンペーン‘Teach the Future’
2023.11.15
学び!とESD <Vol.47>
ESDと気候変動教育(その15) ナショナル・カリキュラムと若者の力 ―英国・気候変動教育キャンペーン‘Teach the Future’
萱原 真希(永田研究室大学院生)

若者の力

 読者の皆さんは「若者の力(The Power of Youth)」という言葉を聞いて、誰を連想しますか。近年で言えば、2019年にタイム誌「パーソン・オブ・ザ・イヤー(今年の話題の人)」に選出されたグレタ・トゥーンベリさん、または史上最年少で2014年のノーベル平和賞を受賞した女性教育活動家のマララ・ユスフザイさんが強いインパクトを残したかもしれません。さらには今から30年も前の1992年、リオデジャネイロで開催された環境サミットに子どもの環境団体の代表として参加し、「伝説のスピーチ」をおこなったセヴァン・カリス=スズキさんは、「若者の力」の先駆け的存在であったと言えるでしょう。
 彼(女)らのような強い意志と社会に対する危機感をもって立ち上がった若者たちの組織の一つに、以前、「学び!とESD<Vol.24>」で紹介した‘Teach the Future’(未来を教える)があります。持続可能な未来のために私たちが直面している気候変動・気候危機問題を解決すべく立ち上がった、10代の若者が主導する英国のボランティア組織です。
 彼らの主たる目的は、持続可能性と気候変動についてのカリキュラムの抜本的な改革を自分たち若者が主導でおこなうことでした。2022年9月に完成したレポート、Curriculum for a Changing Climate:a track changes review of the national curriculum for England(気候変動のためのカリキュラム:英国カリキュラムの軌道修正レビュー)は、英国のナショナル・カリキュラムの見直しを求めて、初等教育から主要な中等教育の「すべての教科」に対し、持続可能性を求めた気候変動と生態系の危機に対応する教育的要素を導入することを提言しています。

10の原則

 このレポートでは、その柱となる考え方が「10の原則」として示されています。それらの諸原則は「リンキング・シンキング(思考をリンクさせる)」、「建設的な未来へ向けて」、「変容的学習」の3つのテーマに分類されています。

リンキング・シンキング(思考をリンクさせる)
原則1:社会的な不正義と生態学的危機の相互関連性、そしてそれらが気候変動とどのように関連しているかについての認識を深める機会が必要である。環境正義の問題は社会正義の問題でもあり、可能な限りこれを強調するような改正がなされるべきである。
原則2:システム思考は、子どもたちがバイオームの生物的要素と非生物的要素の相互関係を理解するために不可欠であり、人間世界そのものを含めて、時間と空間における複雑で非線形な相互作用も考慮する必要がある。
原則3:持続可能性は価値観を伴う道徳的な問題であるため、政治的かつ多元的となる。改正においては、持続可能性には必ずしも統一的な定義やその適用があるわけではないことを認め、様々な重要事項を明らかにして批判的に評価する機会を提供すべきである。
原則4:持続可能性とは学際的かつ横断的な問題であり、子どもたちは教科ごとに異なる解釈でこの言葉に接することになる。他の学問領域、特に文系・理系間の関連性を見極め、持続可能性の問題をより深く理解するために、多角的な視点がどのように役立つかを子どもたちが学べるよう教師は努めなければならない。

建設的な未来に向けて
原則5:エコ不安に対する認識は非常に重要である。それを理解し、学習やウェルビーイングに悪影響を及ぼす可能性があることを認識し、(アートなどを通じて)不安を明確にしてその声を聞くための機会や手段を提供するべきである。
原則6:私たちのカリキュラムは、自然と人間の独創性の両方に畏怖と驚嘆の念を抱かせるものでなければならない。子どもたちは、科学者、技術者、社会科学者を巻き込んで、人間が自然とともに、また自然を通して複雑な問題を解決し、適応していく方法について学ぶ機会を持つべきである。それにより、不安に直面したときのレジリエンスを養うことができる。
原則7:学習の目的は、子どもたちが行動するための能力と気質を養うことである。これは教科によって異なるが、他者との協働による学習を含むべきである。また多くの場合、社会における地域的・世界的な問題に対して、子どもたちが主導で行動を起こしたり、より広いシステムレベルの変革に取り組んだりすることが必要となる。そのためには、彼らが単純な問題解決と、気候変動のような複雑な問題への取り組みとの違いを理解しなければならない。

変容的学習
原則8:体系的、創造的、批判的思考を育むとともに、不確実な未来や解決できない可能性のある問題を理解し、それに対処する心構えを可能な限り重視すべきである(原則5を念頭におく必要がある)。
原則9:持続可能性の「中で」、「ために」、あるいはそれを「通して」学ぶことは、変容をもたらす可能性はあるが、多くの場合はささやかで漸進的なものである。そのような観点から、できる限りさまざまな種類や目的の野外学習の機会を設けるべきである。そうすることで、レジリエンスを養い、行動力の基礎を築くことができる。
原則10:学校外の地域社会や子どもたち自身の疑問から生まれる予期せぬ学びを推奨し、受け入れる機会を設けるべきである。地域社会との関わりや子どもたち主導の討論の場が奨励される必要がある。

 「教育制度は、気候危機を全ての教科の中心に据える必要がある」というのが、Teach the Futureの理念です。そうすることで未来に向けて子どもたちが気候変動の影響へ高い意識を持ち、冷静に対処する準備をすることができるとしています。環境教育を徹底的に強化したり、SDGsのように目標を立てようとしたりする動きとは異なり、「気候危機をあらゆる教科の中心に置く」、つまり包括的にホリスティックにすることに意味があると主張しているのです。

3・5パーセントルール

 ハーバード大学ケネディ行政大学院教授のエリカ・チェノウェスが『市民的抵抗』という著書で主張する、「3・5%ルール」というものがあります。「ある国の人口の3・5%が非暴力で立ち上がれば、社会は変わる」というものです。グレタさん、マララさんのようにアイコン的存在となるパワーはもちろん重要ですが、このTeach the Futureの組織的パワーも負けてはいません。彼らの国家に対する影響力は決して小さくなく、全教科における国家レベルのカリキュラム(つまり英国国民が共通で学習する内容・目標・教授法・評価法)の改革へ向けた請願活動は、今まさに前進中です。改革が実現し、新しいカリキュラムを通じた教育を受ける子どもたちが、近い将来「3・5%(それ以上の割合)」として社会を変える巨大なパワーとなることを期待せずにはいられません。

 次号では、まさに今、この「若者の力」がどのように政治に影響を与えようとしているのかを詳しくお届けしたいと思います。

【参考文献】