学び!と美術

学び!と美術

鑑賞はハイブリッド~「視写」のススメ
2015.04.10
学び!と美術 <Vol.32>
鑑賞はハイブリッド~「視写」のススメ
奥村 高明(おくむら・たかあき)

美術出版サービスセンターの鑑賞学習ボックス。アートカードを用いたゲーム他、様々な鑑賞方法が掲載されている。(※8)

 学び!と美術<Vol.30>で「これからの鑑賞はハイブリッドだ」と書きました。これは「育てたい力は何か」「学習のねらいは何か」などを明確にした上で、いろいろな方法や作品を組み合わせて鑑賞を行おうとするものです。今回はそのための方法の一つ「視写」を紹介します。

 ある美術館では、鑑賞の方法として「模写」を取り入れていました(※1)。美術館内で、子どもたちに鉛筆と紙を持たせて30分程度、好きな絵を写す方法です。学芸員は「まず子どもが集中します。また、思わぬ絵に興味を持っていることが分かります。同じ絵からも違う絵ができるので、子どもがどこを鑑賞しているのかつかめます」と話していました。

 私は、この話を聞いて「厳密にいえば『模写』というより『視写』だな」と思いました。なぜなら「模写」は、美術作品などを「忠実に再現すること」であり、かなり高度な内容です。美大などでも行われる研究方法の一つで、例えば源氏物語絵巻を「模写」することで、材料の性質、道具の使い方、技法、主題などが解明されています(※2)。一方、「視写」は、主に学校教育、特に小学校国語科で用いられます。詩の全文や物語の部分を「そのまま書き写す」ことを通して、文章構成や表現技法の理解、集中力の向上などを図る学習方法です。この美術館の「模写」は形式的には「視写」に近いといえるでしょう。

 次に「写すというのは小中学校の図画工作・美術で嫌われるけど、鑑賞には有効だ(※3)」と改めて思いました。なぜなら、国語の学習で「視写」を取り入れると、子どもたちは読んだだけでは気づかないことを次々と「発見」するからです。例えば、童謡で有名な「ぞうさん」(まど・みちお)を「視写」すると、子どもたちは「先生、ぞうさん、ぞうさんって二度繰り返してるよ!子どもが象さんに呼びかけているんじゃないかな」「象さんは『かあさんも長いのよ!』って、少し怒ってるみたい」などと発言します(※4)。「視写」を行うことで、子どもの発表が言葉を根拠にした具体的なものに変化するのです(※5)。
 また、「模写」は 脳の活性化という観点からも効果的です。例えば字を書いている人の様子を見つめると、自分は書いていないのに、字を書いている脳の部分が働きます。鏡のように映っているという意味で「ミラーニューロン経路」と呼びます。このミラーニューロンは、「模写」をしているときにも働くことが分かっています。またダンスや言葉でコミュニケーションしているときにも同じように働き、これが共感するという感情に結び付くようです(※6)。美術館の子どもたちは「模写」によって、まるで自分が描いたかのように共感的に絵と語り合っているのでしょう。

 鑑賞は、自分の感覚、経験、知識、文化などから、子どもたち自身が意味や価値をつくりだす学習です。その方法は様々で、本稿で紹介した「視写」以外にもいろいろな鑑賞活動があります。例えば
 ・現代、同調、自然、構成などキーワードカードを使って作品鑑賞する
 ・彫刻のつくりだす空間をとらえるために作品の周りからスケッチする
 ・作品から音を見つけて、オーケストラのように「演奏」する etc(※7)
などです。
 鑑賞のねらいや発達を踏まえ、学習テーマを工夫し、いろいろな方法や作品を組み合わせてハイブリッドな鑑賞活動を開発してみてはどうでしょうか。

 

※1:海外の美術館では描くという活動は比較的ポピュラーな方法である。テート美術館編 奥村高明・長田謙一監訳「美術館活用術~先生のための環境教育の手引き」美術出版2012
※2:徳川美術館・五島美術館監修「よみがえる源氏物語絵巻~平成復元絵巻のすべて~」NHK名古屋放送局・NHK中部ブレーンズ 2006。東京芸大の卒業修了展でも毎年「模写」を見ることができる。
※3:「個人」の「創造性」を重視するあまり、「写し」を極端に否定する場合がある。
※4:童謡「ぞうさん」は、「お鼻が長いのね」と悪口を言われた象の子が「一番好きなお母さんも長いのよ」と誇りをもって答えるという内容である。阪田寛夫「童謡でてこい」河出文庫1990 pp.256-257
※5:実際の授業では、「視写」に「音読」や「話し合い」などを組み合わせながら、主人公の気持ちや作品の意図の理解などを深めていく。「ぞうさん」では、小学校2年生でも上記の解釈にたどり着く。
※6:女子美術大学の前田基成先生との対談より。
※7:前掲書1
※8:http://bijutsu.biz/bss_bsc/scope/eureka.html