中学校 美術
中学校 美術
~美術作品鑑賞と演劇のコラボレーション~
※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。
1.単元名
多様なコミュニケーション能力の育成のためのアーティストによるワークショップ
~美術作品鑑賞と演劇のコラボレーション~
2.問題の提起と研究の目的
生徒たちがこれから生きていく世界は,国際化や少子高齢化等が加速度的に進み,異文化コミュニケーションや世代間コミュニケーションが強く求められる時代となる。そのような世界では,上手く描くであるとか,美しさを模倣するといった技術的なことはさして求められない。もっと根源的なこと,「想像力により,人間関係を構築していく力」「人と人をつなぐための能力」が最も必要とされる。換言すれば多様なコミュニケ―ション能力の育成が求められる。
多様なコミュニケーション能力を育成するためには,「物事を決まった一方向から見るのではなく,別の視点で見ていくこと」が必要である。そのことにより固定概念から脱却し,物事の意味や価値を新たに見いだすことが可能になる。「固定概念からの脱却と新たな価値や意味の発見」は,今までとは違う「オルタナティブ」な考え方でものを創りだそうとする姿勢をはぐくみ,多様なコミュニケーションを生むことに繋がると考える。
しかし,生徒たちが1日のほとんどを過ごす学校や学級は,教師と生徒だけという閉ざされた特殊な世界である。そして,教師はどうしても一応に物事をとらえ,同じような考えや行動に縛られがちで,固定観念に囚われがちである。また,学校は生徒にとって日常そのものであり,日々同じような生活が繰り返される。このような環境の中では,多様なコミュニケーション能力を育成することは容易ではない。そこで,学校における「非日常性」あるいは「変化」を生徒に提供し,多様なコミュニケーション能力の効果的育成のため,学校教育の中にアーティスト(ここでは現代美術作家をさす)によるワークショップの導入を試みることとした。
アーティストは,新しいものを創り出す事を生業としている。そのような人物と出会いともに活動することは,生徒たちにとって,当たり前となっている日常生活や閉塞的な思考を見つめ直す絶好の機会となる。いつもとは違った視点で物事を考え,新鮮なまなざしを持って世界を見ると,今までとは違う「オルタナティブ」な生き方を見つけられるようになる可能性が広がる。このような活動を通して,生徒たちは自ら,多様な視点で物事を見ることの意味を知るとともに,世界感を広げ,多様なコミュニケーション能力の重要性を深く認識できると期待する。
3.これまでの研究実績
筆者は,過去2カ年にわたり文化庁の予算により「オルタナティブな視点の獲得」と「多様なコミュケーション能力の育成」を目的としたアーティストによるワークショップを以下の通り実施してきた。
(1)平成24年度(2012年)
京都造形大学教授・椿昇氏とシロくま先生を講師にワークショップ「新写生会」を実施
(2)平成25年度(2013年)
アーティスト・山本高之氏を講師にワークショップ「Boxing」を実施
(3)平成25年度(2013年)
アーティスト・山本高之氏を講師にワークショップ「ふつうの門」を実施
これらの実践を通して,まず美術の時間における生徒たちの変容が見られた。以前は,美術的価値は美しく描いたり上手くつくったりすることだと考えがちであったが,自分自身の想像力で新しい何かを創造することの価値に気づく生徒たちが現れてきたのである。このことは,今後美術の授業を越えて様々な場面で新たな価値を見いだすことに繋がる。また,画一的で閉塞的になりがちな学校や授業から,多様な価値を認められる学校や授業へと変化する兆しが見え始めている。このような変化を確実に生徒の力とするためにも,今後,継続的・効果的な事業として,さらなる実践を重ねることが求められる。
その一方で,いくつかの課題や問題点も感じることとなった。最大の問題は,アーティストの情報やワークショップの内容に関する個々の資料が,一カ所に体系的に構築されていないため有効活用できないということである。ワークショップの目的を達成するために,それらは最も重要な要素であるが,そのデータの不完全さや希薄さから,現場の教師はその開催を断念せざるを得ないという実情がある。また,ワークショップが単なる実技指導に終わりがちで本来的意義の達成に至らないことも多々ある。派遣事業という制度はできたが,その中身の充実は開催者に一任されているため,現場は手探りの状態であり,理想的で効果的なワークショップとはほど遠い現状がある。そこで,学校におけるアーティストによるワークショップを公開実践し,その中で明らかになる効果や課題についての研究協議を通して,学校におけるアーティストによるワークショップの質的向上とさらなる普及につなげることとした。
4.平成26年度の取り組み
平成26年度は,美術鑑賞に「演劇」のコラボレーションを実践した。その内容は,20点あまりのアートカードの中から作品1点を選び,「描かれた場面のその後,その前」や「画面の外に広がる光景」などを各チームで想像して劇を創作し上演するというものであった。チーム構成は,出席順で男女混合の6~7名程度とし,下記の通り,3日間の日程を組みプロの劇団員を講師に迎えて行った。
また,期間中に公開ワークショップと研究協議会を設け,他機関への普及や連携を拡大していくこともその目的とした。
(1)日程
ワークショップ:平成26年12月1日(月)~3日(水)(全9時間)
振り返り:平成26年12月4日(木)(1時間)
(2)ワークショップアーティスト
・大原渉平氏(劇団しようよ/NPO法人フリンジシアタープロジェククト)
・紙本明子氏(劇団衛星/ユニット美人/NPO法人フリンジシアタープロジェククト)
・三田村啓示氏(空の驛/NPO法人フリンジシアタープロジェククト)
(3)公開ワークショップ及び研究協議会
平成26年12月2日(火)5限,6限
(4)研究協議会指導助言者
・蓮行(劇団衛星代表)
・五島朋子(鳥取大学准教授)
5.評価基準
関心・態度
・自分の発想や意見・考えを積極的に発言するとともに友人の考えにも耳を傾ける。
・それぞれが主体性を持ってチームの意見をまとめ,より良い劇にしていこうとする。
発想・構想の能力
・鑑賞者に伝えたい内容を,正確かつ効果的に表現するために,台詞や動作などを発想力豊かに考えて構想を練り,創造的な劇の構成を考える。
創造的技能
・自分及びチームのメンバーの役柄や劇の各場面を総合的にとらえ,台詞の言い回しや表情・動作等の効果的表現方法を獲得する。
鑑 賞
・自分のグループ及び各グループの演劇作品について,自分の考えや意見・感想を口頭又は文章で表現できるとともに,自他の考えの良さや視点の違いの面白さに気付く。
・演劇の元になった作品をより詳しく研究するなど主体的・積極的に鑑賞を深め,芳醇な美術作品の世
界を楽しむ。
6.単元の指導計画
時 |
学習活動・内容 |
指導上の留意点 |
---|---|---|
12/1 |
・事前準備:ムンクの《叫び》を元に,ワークシート(資料1)にそって物語つくりの練習をする。 |
・物語が絵から逸脱しないよう伝える。 ・ワークシート(資料2,資料3)を用意するが,それにこだわり過ぎず,スムースな話し合いのための補助的利用とする。 |
・コミュニケーションゲームを行う。(第1回目) ・一枚の絵をつくっていくワークを行う。 |
・多くの人とのコミュニケーションを図るため,言葉や身体・表情などを工夫して使うよう指導する。 ・劇作りの基礎を体験するトレーニングとする。演技の場に一人,また一人と入っていき,全員が演技に係わることで完成する内容とする。 |
|
12/2 |
・発声練習と体をあたためるコミュニケーションゲームをする。(第2回目) |
・導入とする。 ・それぞれが相互に意見やアイデアを交換しつつ脚本を制作させる。唐突な場面展開や,台詞の不自然さなど細部にも注意させる。 |
12/3 |
・発声練習と体をあたためるコミュニケーションゲームをする。(第3回目) |
・この時間のうちに立って稽古することを目標とする。 |
12/3 |
・チームごとに劇を発表する。 ・講師先生のまとめを聞く。 |
・各チームの持ち時間は5分以上10分以内とする。 ・各チームの良かった点と少しの改良点を聞くことにより,自分たちの劇を客観的にとらえさせる。 |
12/4 |
・ワークショップの振り返りをする。 |
・ワークシート(資料4)にそって振り返ることで,自分たちや友人の作品を分析的かつ冷静に批評させる。 |
7.まとめ
生徒たちは,導入で行ったコミュニケーションゲームに,最初は戸惑いをみせたり,恥ずかしくて上手く参加できずにいた。しかし,やがて身体と気持ちがほぐれていき,大きな声を出したり,楽しみながら動けるようになっていった。
また,一枚の絵から物語をつくあげることは,生徒にとって難度が高かったようだが,チームで意見を出し合い,協同して作品を作り上げることに喜びも感じていた。講師先生方の適切なアドバイスを受けることで,「いい劇をつくりたい」という意欲が高まっていった。少ない人数ではあったが,自分たちの劇の元になった美術作品への興味関心が高まり,作品について調べたりするなどの自発的な行為も見られた。また,人前で思いっきり演技ができたことに,普段の授業では味わうことが少なかった喜びと満足感を覚える生徒が多かった。
公開授業を行ったのは,全体として,男子は元気が良く女子は非常におとなしいという学級であった。当初は,女子は控えめで男子が積極的にリードしていたが,やがて女子が変わっていった。劇作りのための話し合いや演技練習を繰り返す中で,「観客に見てほしい」とか「よりよい劇にしたい」という向上心が生まれていったようだ。その証として,講師先生に自分たち演技の客観的評価を求める姿が多くみられた。「ワークショップの振り返りを見ると,苦手なことに挑戦する事の意義を感じている生徒が多数いた。また,アーティスト(今回はプロの俳優)に,自分ではいいとも悪いとも思わないような変な所を褒められた不思議な経験も,多様な価値観を知ることに繋がり,刺激となっていたようだ。
鑑賞という点では,劇の元になった美術作品への興味・関心がまだ薄いということ,また,劇の元が美術作品でなければならないという必然が無いことも反省としてあげられる。今後は,生徒により多く作品の情報を与えるとか,歴史画など作品のテーマを決めて演劇を作り上げるなど方法を考えてみたい。そうすることによって,本授業がより確かに美術鑑賞教育の中に位置づけられる可能性が高まると考える。
この演劇ワークショップの振り返りを見ると,生徒たちは他者への積極的働きかけの一手法としての演劇の効果,またこの活動を通して得られた喜びや満足感,充実感に心地よい疲れと達成感を覚えていたことがわかる。特筆すべきは,演技者と鑑賞者の双方が,このワークショップに楽しさを感じた点である。単純ではあるが,楽しいというのは良質の経験である。楽しさは自発性を生み,さらなる自己表現へと続いていく。そしてそれは「他者へ伝える力」や「協力する力」へと繋がることが期待される。多くの生徒の感想にも,想像力を持って創造することが,人と人をつなぐ大きな力となることを体感したという内容の記述があった。
現代社会や地域の抱える課題を先鋭的かつ独自の視点でとらえるアーティストによるワークショップは,固定概念からの脱却と新たな価値や意味の発見を意図して行うもので,生徒にオルタナティブな視点を育成するために非常に効果的である。研究協議会には,大学職員,博物館学芸員,アートNPO職員,劇団関係者,中学校の教員等の参加があり,幅広い情報交換や人的交流ができた。特に県内外のアーティストに関する多くの情報を保有する県立博物館から情報提供や助言をいただき,協力体制の強化が図れたことは,継続的・体系的な事業の展開にとって非常に有意義であった。加えて,ワークショップの開催の目的や意義について参加者同士共有が図れたと共に,人と情報のネットワークが整い,今後の幅広い活動や課題解決のための協力関係の構築という社会的効果も生まれたといえる。
【資料編】※クリックすると拡大します