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学校教育の情報化、実際のところ、これからどうなる!?
2015.12.28
読み物プラス <Vol.22>
学校教育の情報化、実際のところ、これからどうなる!?
デジタル教科書を中心に 編
【特集】ICT教育 NEXT 05
日本文教出版株式会社 ICT事業部

 先日、九州のある地方都市のICT公開授業へ出かけた。移動中に利用した地元の鉄道には学校帰りの高校生が大変多く乗っていたが、ほぼ全員が携帯端末を片手に、音楽やゲーム、ネット検索などをしていた。非常に小さな街でも、都心部とまったく変わらない光景がそこにある。むしろ情報収集や娯楽も、ネット社会の充実で日本各地どこでも同じことなのだろうと実感した。

教育の情報化

 さて、学校における教育の情報化の現状はどうなのか。私たちの生活に駆け足で浸透してくるITの波が、学校現場でも同じように進んでいるのだろうか。
 政府においては、世界最先端IT国家創造宣言、第二期教育振興基本計画、教育再生実行会議などいずれも閣議決定され、その内容には、教育の情報化の推進に関する記述が随所に盛り込まれている。目立つのは、一人一台情報端末配備、電子黒板や無線LANの整備、デジタル教科書・教材の活用、情報活用能力の向上などといったキーワードだ。
 平成22年度に文部科学省では「教育の情報化ビジョン」が策定され、(1)子供たちの情報活用能力の育成、(2)教科指導における情報通信技術の活用、(3)校務の情報化の3つの軸による方向性が示された。具体的な普及状況は、文部科学省が毎年「学校における教育の情報化の実態等に関する調査」を実施し公表している。
 これら方向性においても、整備状況の実態においても、全国的に普及していることは確かではあるが、児童生徒向けとされる教育用コンピュータや、教校務用コンピュータ、普通教室の校内LAN、あるいは電子黒板などその整備率については、それぞれで差があり、全国の自治体別でみると、整備状況に地域格差が生じていることは否めない。

デジタル教科書の議論

 3つの軸の中でも、「(2)教科指導における情報通信技術の活用」に含まれる、とりわけ「デジタル教科書」という学校教材についてスポットを当ててみたい。
 昨今、教科書のデジタル化で課題と言われているのは、電子書籍のように、情報端末の画面に教科書の紙面がそのまま表示されている方がよいのかが議論の一つにあると思っている。電子化されれば、印刷物では実現できないことが期待されるわけで、たとえば学習効果や機能性、通信を利用した効果、学習記録・履歴による分析や活用など、さまざまな意見が出ている。その時々の技術の進捗にともなって、こうした電子書籍のレベルを超えるような期待が高まることは、何らおかしなことではないだろう。すでに一般社会では、PCの進化にともない、インターネット利用もPC中心だったのが、携帯電話や、スマートフォン、タブレットなどの個人の情報端末にシフトされ、次々に登場する最新機器や技術が、ごく自然に生活に溶け込んでいるのが現実だ。
 そもそも、学校教材のデジタル化は、だいぶ前から始まっていた。それは、マルチメディア教材と呼ばれCD-ROM媒体で提供していた時代からで、すでに15年、いや20年くらい前にさかのぼる。当時の学校現場における技術環境に配慮して開発された教材が次々に発売され、活用されてきた。視聴覚教室だった特別教室が、コンピュータ室という名に変わりつつあった頃だ。

指導者用デジタル教科書という教材

 文部科学省では、前述の「教育の情報化ビジョン」を契機に、21世紀にふさわしい学び・学校というテーマで、本格的な協議や、先行検証が進められている。そこには、ICT環境の普及にしたがって、学校教材の一つとして「指導者用デジタル教科書」の登場したことを書きとどめたい。この教材は、教科書発行会社が教科書に準拠した補完教材として、教科書改訂期に合わせて発売してきた。すでに学校現場への導入も進み、39.4%の導入率が出ている。(H27.3.1現在、全国平均値)
 「指導者用デジタル教科書」の普及の背景には、平成21年度補正予算におけるスクールニューディール政策の中の、学校ICT環境整備や、テレビの地上波デジタル放送化への移行がきっかけで、電子黒板や大型モニターなどの提示用機器が大きく普及・整備されたことが大きい。提示機器の普及に応じて「指導者用デジタル教科書」という教材のニーズが高まったのだ。従来の教材とは違い、教科書そのものが収録されていて提示機器に大きく教科書紙面が映し出され、それを拡大できるという新鮮さがあった。さらに、ペンツールによる書き込み機能とともに、内容に応じた動画・音声などの補足資料となるコンテンツが多く盛り込まれるなど、収録数も多くなり、搭載された機能も含めてそのボリューム感が今後の議論になるであろうことも記しておきたい。

 総務省の「フューチャースクール実証事業」(平成22年度~24年度)や、文部科学省の「学びのイノベーション事業」(平成23年度~25年度)といった、全国の小中学校の実証校を設定して行われた実証研究は、ICT機器を整備し、通信インフラ面と、教材開発・指導開発という両面が関連付けられた大きな取り組みであった。
 特に「学びのイノベーション事業」では、「学習者用デジタル教科書」の開発と実証研究が行われた。ただ、これが授業の中でどのように使われるべきなのか、学校も教師も初めて、開発する側も初めて、想定される学習シーンも従来にはない、などといった状況での議論・協議の真っ只中で、事業期間である第一ステージを終えたといってもよい。実証校のさまざまな環境、教師や児童生徒の実情があった上での検証として、取り組んでみて初めて生まれた課題も多かったはずだ。さらにこの事業により、指導者の視点ではなく、学習者である児童生徒との直接的な関係がクローズアップされる意味でも、新しいスタイルのデジタル教科書が注目され始める。
 事業開始が平成23年度と、すでに5年も前のこと。技術環境は、今よりも当然古い。技術の進歩により、今となっては容易なことでも、当時は実現するのが難しいことも多かった。デジタル教科書を含めた情報化実証研究そのものに対する教育現場への認知度、理解度も広まってきたと思われる。
 そもそも、学校や、教師、児童生徒らには、(ここではあえて言うが)印刷物の教科書があるのにも関わらず、どんな「学習者用デジタル教科書」があると良いのかを、開発者の一員としてよく議論したものである。その結論も出ないまま、作りながらの検証であった。利用者が学習者であったとしても、指導する教師がどのように提示して、子供たちに活用させていくのか、試行錯誤の事業期間であった。利用者も作る方も初めてづくしの中、まだまだ検証が足りない部分もあった。まして、対象の学習者は小学生から中学生の9年間と幅広く、子供の成長著しい期間に利用できるデジタルならではの教材とはどうあるべきか、その議論が満たされているとは言い難い。

検討会議の動き

 今年、ついに文部科学省では「デジタル教科書の位置付けに関する検討会議」が始まった。この会議の運営が初等中等教育局教科書課という教科書管轄の本丸なだけに、周囲の注目度も高い。5月に第1回会議がスタートし、つい先日は第6回目の会議が実施された。この6回までは関係団体らのヒアリングを実施し、検討会議の委員らは、1月以降論点整理へと進め、夏ごろには中間まとめをするという。
 教科書は、学校教育法において文部科学大臣の検定を経た教科用図書として法令化されている。現在、デジタル教科書と言われるものは教科用図書ではない。この会議では、あるゆる面において、従来の教科書と同等とするのかどうかの意見をまとめる会議とのことだ。おそらく結論は、提言なり答申なり、ある結論めいた方向へ進むことだろうし、関連する法案改正への手続きなど準備が進められることだろう。
 デジタル教科書が教科用図書に位置付けられると、現在の教科書のように、全国津々浦々の児童生徒が分け隔てなく使用できることが大前提となる。ということは、誰でも使えることが想定された内容や機能、入手方法、さらに、印刷物の教科書と同様の検定基準をどうとらえるのかなど、課題山積である。はたして、どう収束していくか。この動きを見守りたい。
 教育の情報化の推進には、通信・機器・教材や指導方法などが一体となった動きであって、デジタル教科書だけが一つの動きではないということも当然のことだ。
 新しい年を迎え、これからの学校教育の情報化は、どんな進化をしていくのだろう。

(山口 亮)