学び!とシネマ

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冬冬の夏休み
2016.05.20
学び!とシネマ <Vol.122>
冬冬の夏休み
二井 康雄(ふたい・やすお)

(C)A MARBLE ROAD PRODUCTION, 1984 Taiwan

 まだ小学生だった頃、夏休みは、毎年のように、京都御所の周辺で蝉を追い、上賀茂近くの賀茂川で泳いだものだ。陽射しは厳しく、水は冷たかったが、時間を忘れて、蝉を追い、川で遊んだ。そんな幼い日々は、ただただ懐かしく、楽しかった。もちろん、いたずらばかりの日々で、祖父祖母から叱られたことも。映画「冬冬の夏休み」(熱帯美術館配給)を見るたびに、古い思い出が頭をよぎる。
 「冬冬の夏休み」が、初めて日本で公開されたのは、もう26年ほど前のこと。このほど、デジタル・リマスター版で、リバイバル公開される。何度も、あちこちで見ている映画だが、このほどのバージョンは色彩が鮮明。いまの画像処理技術に驚くばかり。
 冒頭のシーン、小学校の卒業式で、「蛍の光」が流れ、「仰げば尊し」が唄われる。ラスト近く、「赤とんぼ」のメロディーが聞こえてくる。かつて日本が、台湾を統治していたことを物語る。台北に住むトントン(冬冬)は、小学校を卒業する。病弱の母が入院する。看護にあたる父の許を離れ、トントンと幼い妹のティンティンは、台湾中部の田舎に住む祖父母の家で、ひと夏を過ごすことになる。祖父母の家は、玄関に椰子の木があるほどの大きな家で、病院を兼ねている。

(C)A MARBLE ROAD PRODUCTION, 1984 Taiwan

 都会育ちのトントンは、田舎の少年たちが亀と遊んでいるのに多大の興味を持つ。田舎の少年たちは、トントンの持っているラジコン・カーが珍しい。少年たちは、川で泳いだりして、すぐに仲良しになる。一方、まだ幼いティンティンは、なかなか田舎暮らしになじめない。そのような少年少女たちの夏の日々が、美しい台湾の田舎の風景のなかで綴られていく。
 トントンの祖父は医者である。祖父は、いろいろとトントンに教える。王維の漢詩「独り異郷に在りて異客と為る」を暗唱させたり、SPレコードで、スッぺの「詩人と農夫」を聴かせたりする。
 こどもたちの世界があれば、おとなたちの現実がある。ティンティンが親しくなった、ある女性の妊娠騒動や、トントンたちが泥棒を目撃する事件もある。いつのまにか、トントンは、勝手なおとなの世界に足を踏み入れていく。やがて、夏休みが終わろうとする。すでに、トントンは、少年とおとなの端境期にいる。おとなの世界を窺い知る、まさにとば口にたっている。
 監督のホウ・シャオシェンは、共同で脚本を書いた女流作家、ジュー・ティエンウェンとともに、それぞれの過去を振り返っているように思われる。作り手たちは、過ぎ去った日々を、ただ懐かしく振り返るだけではない。ここには、世界共通の、こどもからおとなへの通過点が、鮮烈に描かれている。

(C)A MARBLE ROAD PRODUCTION, 1984 Taiwan

 トントンの夏休みの日々には、すぐに忘れてしまうほどのいろんな出来事が起こる。二度と戻らない幼い日々は、トントンだけのものではない。時代や場所、出来事の内容は違っていても、トントンの過ごした夏の日々と、だれでもが過ごした幼い日々が、次第に重なりあってくる。
 映画の作られたのは1984年である。その前年には、東京ディズニーランドが開園している。トントンが駅で出会う少年の話のなかに、東京のディズニーランドに行くといったセリフが出てくる。さらに、当時の台湾の時代背景が、随所に散りばめられている。ここ70年ほどの、日本と台湾との関係を、さらに詳しく知りたくなるはずである。
 映画「冬冬の夏休み」は、同じホウ・シャオシェンの撮った「恋恋風塵」と同時のリバイバル公開である。どちらも、映画としての素晴らしさだけでなく、日本と台湾との関わりや、人生そのものについて、多くの「学び」のヒントを与えてくれるはずである。台湾の歴史については、同じホウ・シャオシェン監督が、1989年に監督した「悲情城市」をご覧いただけたら、さらに詳しいことがご理解いただけるはずである。
 こどもからおとなの世界へ足を踏み入れる映画では、小栗康平監督の「泥の河」や、アメリカ映画の「スタンド・バイ・ミー」といった傑作がある。まだご覧になっていないのなら、あわせておすすめする。映画は、確実に、多くのことを学べるメディアだから。

2016年5月21日(土)、渋谷ユーロスペースico_linkにて2週間限定公開

『冬冬の夏休み』公式Webサイトico_link

監督:ホウ・シャオシェン
脚本:ジュー・ティエンウェン、ホウ・シャオシェン
原作:ジュー・ティエンウェン
出演:ワン・チークァン、リー・ジュジェン、グー・ジュン、メイ・ファン、ヤン・ドゥチャン
台湾映画/1984年/台湾語/萬賽路影業公司製作/イーストマンカラー/98分/原題:冬冬的假期
配給:熱帯美術館
(C)A MARBLE ROAD PRODUCTION, 1984 Taiwan