学び!とシネマ

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さとにきたらええやん
2016.06.08
学び!とシネマ <Vol.123>
さとにきたらええやん
二井 康雄(ふたい・やすお)

(C)ガーラフィルム/ノンデライコ

 生まれてから18年間、大阪の西成に住んでいた。有名な遊郭のあった飛田から、道路一本隔ててすぐだった。このほど公開されるドキュメンタリー映画「さとにきたらええやん」を見て、懐かしさでいっぱい。よく出かけた萩ノ茶屋の商店街や、今池の三角公園が、映画に出てくる。かなり昔から、あたり一帯を釜ヶ崎というが、正式な住所表示ではない。たぶん、阪堺線の今池と南海本線の萩ノ茶屋に挟まれた一帯、住居表示では、萩ノ茶屋の1丁目、2丁目界隈を指すと思う。
 小さいころからの遊び場である。あまり身なりのよくない人が多い。仕事がなかったのか、昼間から、日雇いの人たちが、あちこちにいる。いかがわしさのある、ゴミゴミしたところだが、ここにいる人たちは、なぜか、人なつっこく、ざっくばらんだ。
 ここに、「さと」と呼ぶ施設がある。正式には「こどもの里」という。もとは、1977年、地域のこどもたちに遊び場を提供したいということで設置された「子どもの広場」である。1980年、「こどもの里」として再スタートする。いまは、NPO法人だ。こどもは、おおむね20歳くらいまで。国籍や障がいの有無は、関係なし。ダメ、ノーといったことは、なにもない。誰でも利用できる。こどもたちの遊び場で、お母さん、お父さんの休息の場で、学習の場でもある。生活相談、教育相談に応じる。緊急時、いつでも宿泊できる。土・日・祝日もあいている。利用料はなし。

(C)ガーラフィルム/ノンデライコ

 仕事で遅くなる両親は、ここにこどもを預ける。放課後のこどもたちの遊び場になる。映画は、「こどもの里」の一コマ一コマを、丹念に追いかける。
 館長は、ここを創設した荘保共子(しょうほ・ともこ)さん。こどもたちから「デメキン」と慕われている。時には厳しいことを言うが、どんなことがあっても、こどもたちの味方である。こどもたちが、いきいき、元気である。ホームレスらしき人たちに、声をかけ、おにぎりやみそ汁を届ける。おとな顔負けで、バザーでは品物を販売する。
 やんちゃで、発達障がいのある5歳の男の子は、自転車が大好き。夢中で、あちこち、走り回る。ノイローゼ気味のお母さんともども、「さと」の職員がサポートし続けている。
 軽度の知的障がいを抱える中学生の男の子は、活発だ。ときどき、騒ぎすぎる。学校では友達とのつきあいが、うまくいかない。兄弟同士、ケンカすることもある。
 高校生の女の子は、優等生。お母さんは、遠く離れたところに住んでいる。小学生のころから、「さと」で暮らしていて、いよいよ卒業、無事、就職が決まる。
 いつもにぎやかで、笑いの絶えない「さと」だが、連日、大なり小なり、もめごと、事件が起こる。「デメキン」が倒れる。クモ膜下出血で入院する。今までにない、大事件だ。さあ…。
 しっかり、腰を据えて、被写体に密着した、優れたドキュメンタリーだ。監督は、まだ30歳ちょっと、大阪生まれの重江良樹。撮るきっかけは、2008年、「こどもの里」にボランティアで訪れたことから。製作途中、「100万回生きたねこ」や、「フリーダ・カーロの遺品 石内都、織るように」といった優れたドキュメンタリー映画を撮った小谷忠典監督に、助言を受ける。とても、初の監督作品とは思えないほどの練れた編集ぶりである。

(C)ガーラフィルム/ノンデライコ

 こういった学童保育事業の推進、展開には、いろんな制約があると思うが、「デメキン」こと荘保さんの情熱が、多くの制約を打ち破っているようだ。「ここに来るこどもたちは、けっこう言葉は荒いし、にぎやかだし、だけども、すっごい、きれいな目をしてたんです」と荘保さん。
 政府は、幼児やこどもたちの受け入れ体制のないまま、女性に社会進出をすすめている。建物の基礎を作らないで、高層ビルを建てようとしているようなもの。大阪の、決して恵まれた場所ではないけれど、ここに、まるで奇跡のような場所、「こどもの里」がある。荘保さんが、「さと」を巣立とうとする高校生の女の子に言う。「困ったときは、いつでも来て」と。
 「さとにきらええやん」というタイトルの意味することは、深くて、重く、大きい。行政、教育に、なんらかの関わりを持つ人たちに、ぜひ、見てほしい。
 大阪の西成生まれのラッパー、SHINGO★西成の唄うラップが3曲ほど、映画に使われている。本人も映画に登場し、唄う。これが、いい。映画のために作ったわけではないが、ラップの歌詞が、映画の内容とみごとにマッチする。「心とフトコロが寒いときほど胸をはれ」という曲で、「…逃げない、あきらめない、負けない、自分に負けない、うまくいかないこともあるけど、ええこともあるよ、きっと見つかるよ…」と唄う。まるで、人生の応援歌。聴いていると、元気になり、もっともっと頑張ろうと思う。おなじ大阪・西成で生まれた身として、SHINGO★西成の唄うラップを応援したい。もちろん、映画も。

2016年6月中旬より、ポレポレ東中野ico_link第七藝術劇場ico_linkほか全国順次公開

『さとにきたらええやん』公式Webサイトico_link

監督・撮影:重江良樹
音楽:SHINGO★西成
編集:辻井潔
音響構成:渡辺丈彦
プロデューサー・構成:大澤一生
制作協力:神吉良輔(ふとっちょの木)、五十嵐美穂、上田昌宏、吉川諒
機材協力:ビジュアルアーツ専門学校大阪
特別協力:小谷忠典
助成:文化庁文化芸術振興費補助金
企画:ガーラフィルム
宣伝・配給協力:ウッキー・プロダクション
製作・配給:ノンデライコ
2015/日本/100分/カラー/16:9/5.1ch/DCP