学び!と歴史

学び!と歴史

新渡戸稲造から学んだ世界
2016.06.27
学び!と歴史 <Vol.98>
新渡戸稲造から学んだ世界
「主權者」が主權者になるということ 2
大濱 徹也(おおはま・てつや)

新渡戸稲造の遺産 ― societyへの眼

新渡戸稲造<国立国会図書館ホームページより転載>

 前田がcivicsを強調したのは、第一高等学校において、選ばれた者たるものが身につけるべき義務として、ソサエティーsocietyが必要なことを新渡戸稲造校長から学んだことによります。新渡戸から若き日に学んだ世界こそは、前田のみならず、当時の一高生の生涯を決定づけます。前田はその立志の原点を次のように問い語っています。

新渡戸先生が、当時一高校長としてのみならず、それこそ、当代随一の社会教育家として、機会ある毎に強調せられたのは、縦の関係の外に、横の関係の重視すべきこと、即ち、水平的に、各人が相寄り相携へて、善き社会を作らねばならぬ。日本人の教養にこれまで欠けて居り、こん後涵養の急務なるを感ずるのは、社会性(ソーシアリチイ)であり社会奉仕であるといふ点であった。(「道草の跡」)

 想うに日本の戦後改革は、教育改革をはじめ宮中改革等において、大きな役割を果たした人脈をみると、第一高等学校で新渡戸校長に出会い、新渡戸の導きで内村鑑三から聖書を学び、心の眼を開かれた人々が多くを担っています。
 これらの人びとは、日露戦争の勝利がもたらした強いナショナリズムの風潮を受けながらも、ある開かれたナショナリズムを身につけていました。そのナショナリズムこそは、敗戦に打ちひしがれた国民に向け、文部大臣前田多門が1945年9月2日の降伏文書調印を受けとめた「青年学徒に告ぐ」の全国放送に読みとれます。この問いかけには、日本がなぜこんな敗戦を迎えるような国家になってしまったのか、そこには人間というものを見る目の弱さがあったことへの自責と反省がこめられています。

敗戦日本に向き合い

 前田は、新生日本を担う青年に、「日本の往く道はただ一つ。武力を持たぬかはりに、文化で行く、教養で行く、ほんとうの道義日本として、世界の進運に寄与する」道をいかに歩むかと問いかけ、「若し今後、外に、武力を背景に吾等に無理押しをしようとする国があった場合、わが平和的な態度に、それらのものが、おのづから愧ぢざるを得ないといふやうになり度いもの」として、「哲学を欠いてゐる」日本人の弱さを指摘し、「皮相の米英追随主義に早変りするといふ如き軽薄なることでは、到底、立派な国民にはなれない」と日本人の姿を問い質し、「どうか、心の奥で、物を考へるやうにあり度い」と、己の頭で哲学する日本人でありたいと、語りかけています。

 いくら戦ひに負けても、捨てゝならないのは、自尊心であります。自ら信じて正しとするところに就いては、所謂威武も屈する能はざる底の毅然たる態度が、常になくてはなりません。従来、わが国に、個性の尊重といふ観念が足らず、この毅然たる態度が民衆になかったことが、軍国主義跋扈の大原因であったのであります。自己の人格を尊重するものは、同時に、他の人格を尊重せざるを得ないのであります。(略)
これからの国民は、一層、国際的常識を養はねばならぬ。国際の信義を重んぜねばならぬ。得意の日に於て、わが力を恃んで他を凌ぐのが悪いと同様に、負けたからといって、卑屈な無気力な態度を執るべきではない。吾々は、断じて、亡国の民となってはならぬ。
 科学は重んぜられねばならぬ。しかし、それは、目先きの功利的打算からではなく、悠遠の真理探究に根ざす純正な科学的思考力や、科学的常識の涵養を基盤とするものでなければならぬ。換言すれば、高い人間教養の一部分として、科学の分野を認めたい。また、自然科学も大切であるが、同時に、世界現在の悩みとして、人文科学の進歩が、自然科学の歩みに遅れて、跛行状態を呈してゐる点に於いても、学徒の向学心を喚起し度い。更に進んで言へば、君子は器ならずといふことがあるが、明治以来の教育の弊風は、その反対に、人間を、ただ物の役に立つ器にのみ教育して、却って、明治の初年迄は存して居た精神教育の根源を没却したのであり、この弊害を是正せねばならない。
 近来、日本精神の呼び声は高った。しかし、それが、余りに政治的に取扱はれ過ぎて、内容が、案外空虚であり、真に、心から溢れ出づる精神の躍動でなかったことが、今日の破綻を招く原因でなかったかに就いても、深い反省が行はれねばならぬ。宗教の自由確保と共に、敢へて一宗一派に偏せよとは言はぬが、眼に見えざるものを畏れ、謙虚な気持ちを以て、衷心より、已むに已まれず、大いなるものに憧れ、高きを仰ぐといったやうな宗教的情操は、大いに養はれねばならぬ。今回、戦争末期に現れた種々の道義頽廃の事実、戦争終結の際にまで持ち越された、忌むべき利己主義、我利々々主義の噂の高い昨今、学徒諸君の心に、何か深いもの、高いものを持って貰ふことに、熱心な要望が向けられる。(「青年学徒に告ぐ」)

 この呼びかけは、敗戦にうちひしがれていた同時代人の心を激しく打ち打ち、「新しい黎明期の曙光に接した感激」をあたえました。まさに前田は、教育の本質が自分でものを考える力そのものを養うことにあるとの思いで、戦後の文教行政を担おうとし、civicsを根づかせようとしたのです。この「青年学徒に告ぐ」は、敗戦の秋に発せられたメッセージであるのみならず、現在への問いかけとしても通じるものです。
 現在まさに問われているのは、「伝統」を言挙げして日本精神とか文化への信奉を喧伝する声に唱和することではなく、「心の奥で、物を考へる」こと、哲学することであり、「眼に見えざるもの」「大いなるもの」を畏敬する心を身につけることではないでしょうか。昨今強調される「宗教的情操」の涵養は、宗教の歴史や教理を解説することではなく、この畏敬する心、見えざるものへの眼に気づかせ、人間である己の小ささに思いをいたすかではないでしょうか。