社会科NAVI
(小・中学校 社会)

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座談会 小学社会のめざすもの
2012.07.30
社会科NAVI(小・中学校 社会) <Vol.01>
座談会 小学社会のめざすもの
新生『小学社会』Ⅰ
名古屋大学教授 的場 正美/広島大学教授 池野 範男/國學院大學教授 安野 功

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 『小学社会』は、創刊以来、問題解決学習を基盤にしてきました。問題解決学習とは、何をたいせつにしようとする学習方法なのか、また、現場の先生方の実践・研究などをどう取り込んでいこうとしているのでしょうか。平成20年告示の学習指導要領の趣旨を生かし、さまざまな観点から新しい教科書を生み出していこうとしている平成27年版『小学社会』について、今回から代表監修を務められる3人の先生方に伺います。

1 「社会科」との出合い

司会 本日はよろしくお願いいたします。代表監修を務められる先生というと、雲の上の存在のように思えて、少し緊張しています。3人の先生のご紹介代わりに、ご自身の「社会科」との出会いについてうかがいたいのですが。
的場 大学時代は、私は宗教哲学と神学をやっていたので、社会科に出合ったのは教育方法学を研究しようと名古屋大学の大学院の学生になって授業記録を学んでからですね。授業記録に残されているのがほとんど社会科の授業だったんです。「子どもってこういうふうに見えているのか」と、子どもの見方が社会科から少しずつ見えてきました。以前『小学社会』の代表監修をしておられた日比裕先生のもとにいたものですから、自然に民間教育団体「社会科の初志をつらぬく会」のお世話をするようになりました。日本の先生方は手弁当でお互い切磋琢磨しておられますが、非常に貴重だと思います。研究という「城」の中に閉じこもっているだけじゃなくて、現場とかかわることで、自分自身も変えられるような研究をやっていこうと思っているし、学生たちにもそう勧めています。
司会 安野先生はもともと小学校の先生でいらしたんですね。
安野 初任校の校務分掌で社会科部に充てられました。中・高社会科の教員免許状をもっていましたから。それが始まり。その年に放送教育研究会の提案者としていきなり教育放送番組を利用した社会科の授業を行うことに(笑)。その当時は社会科向けのテレビ番組をそのまま使うというのが放送教育の「標準的な授業」だったようですが、僕は子どもの問題意識の中にないものが映像として入っているものを使うのは嫌だった。そこで、番組を分断し、子どもが関心をもち、問いが出てくるところだけを使うという授業をしました。そうすると「君のは社会科じゃない」と講評されたんです。「放送教育としては駄目だ」って言われるならまだしも(笑)。腹が立って「いや、むしろ放送番組を20分も使うような社会科は、社会科ではない」と初任なのに断言してしまって(笑)。たまたまその時の校長が社会科に理解がある先生で「君のほうが正しいよ」と言ってくれて、社会科って僕の肌に合うのかなと思ったのが社会科との最初の出合いですね。
司会 池野先生はずっと広島大学で研究されてきました。
池野 現場に立ったのは、大学院時代、付属中学で2年間だけですね。あとはずっと大学でいかに教育思想として社会科を作るかを研究しています。
司会 それはどういったことでしょうか?
池野 「社会認識教育学」が私たちの研究室の基本的な考え方です。たとえば社会科という言葉がなくなっても、「社会科的なもの」をしていることを学問的に主張したいし、しないといけないと考え続けてきました。現実に小学校低学年で社会科は生活科に変わったし、高等学校では地理歴史科、公民科になりました。でも大きく見れば、これらも社会科だと私たちは言いたいわけです。グローバル化の時代に世界中どこでも使える考え方を作りたいと、30~40年間、グループの中の一員としても、また自分自身でもやってきて、いろいろな本を作るなど、さまざまな形で活動してきました。

2 『小学社会』の歩み

司会 第二次世界大戦後、昭和22年から社会科教育が始まりました。その後、国定から検定教科書となってからずっと『小学社会』は発行され続けています。
的場 『小学社会』の初代の代表監修者だった重松鷹泰先生はほとんど何も言わずに「温かい教科書を作ってください」とかしか言わない(一同笑)。重松先生は戦後文部省が作った初めての社会科教科書の著者なのです。いわば「社会科」という教科の生みの親という立場ですね。
 重松鷹泰先生の社会科に込める願いの中で今も『小学社会』に生きていると思うのは、「問題解決学習」という方法論だけじゃありません。「問題解決学習」を通してだまされない人間を作りたいということです。それはずっと言っておられた。子どもたちがやすやすと戦争のほうに行ってしまった戦前の教育のことを反省されたのでしょう。だから「自分で考えて、ちゃんと判断できる」子どもを作りたかったのですよね。
 その次に日比裕先生が代表監修者を引き継がれたときの特徴は、4人のキャラクターを作ったことですね。子どもの個性も定式化しようとしたのですね。大きな変わり目でもありました。
 清水毅四郎先生が代表監修されていた前回までは、問題解決学習に「見方・考え方」が入ってきたのが特徴。それに加えて評価の観点が入ってきました。
司会 約60年間の間に、『小学社会』も時代に合わせて変わってきたということですね。
 ところで『小学社会』は教師が提示した問題を解決するのではなく「子どもが追究する問題解決学習」をつらぬいてきました。たしかに今も、発問は教師からではなく、子どもからのものとして記述しています。このように変化の一方ずっと守ってきたものもありますね。
的場 『小学社会』がいま最も大事にしているものは、ひとつは知識基盤社会における問題解決学習を具体化しようとしたところです。これは時代に要請された変化ですね。もう一つは、先生方が共に学んでいくこと。言い換えると先生が完璧に知ってから指導するのではなくて、先生もその教材を勉強しながら成長していく。
 そういうことはあっても、昔からずっと守ってきているのは、やはり一人一人の子どもをたいせつにするということですね。単なる子ども中心主義ではなくて、人間形成と問題解決学習とは結びついているんです。さっきも言ったように『小学社会』には4人のキャラクターが登場します。みな個性のある子どもたちという性格付けをして本を作っています。それと「思考の連続展開」という2本柱がずっと引き継がれてきたと思いますね。
池野 社会科は固定化された社会科学を教えるものでも、子どもたちにベッタリしたものでもないですね。子どもたちがより良い社会をみんなで作れるようになる、そんな社会科にならないといけないんじゃないでしょうか。社会科であろうとする限り、「問題解決学習」は絶対抜け落ちることがないと思います。それを抜け落ちた社会科をやろうとするって人たちは許されないというか、それは間違ってる、おかしい(笑)。

3 問題解決学習とは?

司会 『小学社会』が大切にしてきた「問題解決学習」というのは、具体的にはどんなものかを、あらためて伺いたいのですが。
的場 問題解決学習の構造として、「問題」と「解決する手段」と「関心」とがありますが、個人的で子どもたち自身に身近な「関心」の部分が問題解決を支えているんですね。たとえその問題に多くの人たちが関心をもっていなくても、話し合いをすることにより、「関心」が見えてきて、問題がここにあるんだなと感じることが大事だと思うんです。肝心なのは、追究する根元のほうを大事にしておくこと。「問題」というのは、世間の大問題だと思いがちですが、そうではないんです。そこを間違うと「問題解決学習」にはならないですね。
池野 そうですね。子どもたちの生活場面にできるだけ寄り添うのが問題解決学習の特徴だと思いますね。生活に引きつけた状況を先生が設定して、その中で出てきた子どもたちの「私の問題」をクラス共通の問題に作り上げていく。『小学社会』の場合は、重松先生以来、子どもたちの生活場面に寄り添って、子どもたちが持ち出してくる疑問や関心や、価値観や家庭生活の中でのいろんなものを持ち込んできて議論したり、話し合ったりする場面を大事にしてきた歴史がありますからね。
安野 問題解決学習の原点には、「子どもたちのもっている『世の中を作り変えていく力』」があります。問題の設定時点から、子どもは未熟ながらも一人の立派な生活者だと定義する。そして子ども自身の願いを人間的な願いとして考え、そうした目で世の中を見ていく。最初の問題は常に生活とつながりながら、さらに世の中とか自分の生活を含めた周りの人へと広がって、最後は学んだことを総合的に大きく見る。そんな学習ができたらいいなというのが、私の問題解決学習に対する願いです。
司会 その問題解決学習ですが、具体的にはどのように『小学社会』という教科書に反映されているのでしょうか。
的場 大きく5点あります。まず一つには、実際の授業における子どもの追究を想定しているところ。教わる子どもを4人登場させていますが、それぞれの追究の道筋がある。
 二つ目は、子どもたちが「見方・考え方」を再構成する場として、話し合う場が設定されていること。自己評価のためには非常に良いと思っています。
 三つ目は、周りの事象や事実を正確にとらえ、理解する力を育てるために、「学び方・調べ方コーナー」が設定されていること。教科書の中の絵とか写真、地図などの資料の読み取りヒントを示しています。
 四つ目は、学習する子どもたちが住んでいる地域が単元ごとに設定されているところですね。遠く離れた場所や異なる地域の詳細についての問題をどうやって自分たちから生みだしていくかその「多様性」が出てくるためのしかけです。
 五つ目は「大きくジャンプ」を設定して少し困難な問題にチャレンジすることと、基礎・基本の学習の定着が毎回見直されて思考力が出てくるところですね。
司会 『小学社会』でつらぬいてきた「問題解決学習」と学習指導要領に示される「問題解決的な学習」との相違点というのはどこなのでしょう。
的場 決定的に違うのが「学習の類型化」ということです。「問題解決的な学習」では、非常に類型化されているのです。しかし、子どもも、地域も、先生も違うのに、同じパターンはないだろうと思います。「問題解決学習」では多元性、多様性と言ったら良いんでしょうか、教科書でさまざまな典型的事例を示そうとしていると思いますね。
池野 平成に入ってから社会科で経験主義と系統主義と言われていた対立的なことが、お互いに接近し始めて、学問的なものだけとか、子どものものだけというようなところで社会科を作るのは難しくなってきました。「問題解決的な学習」という経験主義と系統主義の二つを抱え込む考え方を持たざるを得なくなった。社会科だけでなく各教科がそういう状況になりましたね。
安野 どちらも子どもの問題意識をたいせつにしている。そして、それを原動力として、自分の頭で考えることを基本としている。その点では両者は共通しています。一番の違いは、総合社会科をどこまで守っているかということ。社会科という教科は、本来、総合的なんですが、その社会科の総合性がしっかりと守られている教科書が意外に少ないんです。はっきり言って問題解決学習を堅持している『小学社会』だけかもしれない。実践の現場でも、学んだことを実社会とか実生活とかに活用することがないと、どうも社会科として、迫力がないと言いますか(笑)。
池野 一人一人の子どもたちを大事にして、「わたしの個性的な問題」を共有化して考えるような問題を設定すること。そしてそれを、「場所や異なる地域の調査」のように社会科の中で活動する部分を入れ込んで、なんらかの形でその問題が解決する。問題を解決するだけじゃなくて、その「見方・考え方」のレベルが一つ上がるように導かれて次のステップへ上がるように発展的に作り直されていくのが新しい問題解決学習でしょう。
司会 ありがとうございました。次回にはさらに詳しく、平成27年版『小学社会』の特徴について伺っていきます。

的場 正美(まとば まさみ)
名古屋大学教授。専門は教育方法学。大学では、哲学・組織神学を卒論に。十代の頃からドイツ好き。長じてドイツの政治教育、公民教育も研究。1990年から『小学社会』編集委員。

池野 範男(いけの のりお)
広島大学教授。専門は教育学(社会科教育)。高校の社会科の教員を目指して大学に入学したが、研究者の道に。ドイツのフランクフルト学派の影響を受ける。1998年から『小学社会』編集委員。

安野 功(やすの いさお)
國學院大學教授。小学校教員、指導主事を経て、2000年に文部省入省、教科調査官として学習指導要領の改訂などに携わる。2009年退官。教科調査官時代も現場で「授業実践」などを通して現場での授業づくりの指導を進めてきた。