社会科教室
(小・中学校 社会)

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社会科教室50号記念座談会 これからの社会科を考える
2008.09.30
社会科教室(小・中学校 社会) <Vol.50>
社会科教室50号記念座談会 これからの社会科を考える
コーディネーター(歴史的分野) 筑波大学附属中学校 前副校長/山口 正、コメンテーター(小学校社会科) 兵庫教育大学大学院 教授/關 浩和、コメンテーター(地理的分野) 筑波大学大学院 教授/井田仁康、コメンテーター(公民的分野) 茨城大学 教授/木村勝彦

コーディネーター(山口氏、關氏)コーディネーター(井田氏、木村氏)

社会科教室発行50号企画として座談会を開催しました。いずれも経験豊富な4人の先生方に新しい学習指導要領をふまえた新たな時代の社会科について大いに語っていただきました。

1 子どもを取り巻く状況と社会科の役割

山口 最初に、一般的に先生方が今の子どもたちをどのようにとらえているのかということをお聞きしたいと思います。
 私は、「学力低下」など大人が言っていることに振り回されている気がするので、もうちょっと伸び伸びしていいかなと思っています。そういうなかで子どもたちは、社会に対する批判的な目をもっと自由に出してほしいと思っています。

井田 今の学生は、いろいろな情報がたくさんあるけれども、反対に選択肢が多すぎて、どれを取っていいかわからないという状況にあるように見えます。学習の方法にしても、 「何でもやっていいよ」と言われると、結局何をやっていいかわからないというのが現実だと思います。多様な価値観と言われていますが、言われながら自己中心的になってしまい、ほかのことを見られない、ほかのことを考えられないという、ある意味かわいそうなところはあります。
 自由という名の過保護の中の子どもたちをどう教育していくかというのはけっこう難しい問題で、そういう意味での社会科の役割は、非常に大きいのではないかと考えています。

木村 今、いろいろな情報が氾濫して、PISA調査のデータもいろいろ出てくるなど、以前は一部の教育関係者のみが持っていた情報が、すぐに地域や保護者全体に広がっていく状態になっていることから、子どもたちは方向性が見えにくくなっているかなと思います。社会科というのは、そういった社会を映し出す鏡のような役目をもっているのだろうと思っております。

關  情報化社会というものが、子どもたちを取り巻く状況のなかで一番大きいことだと思います。そして、子どもたちはその社会に対応できていない。それは、子どもが大人からの厳しい指導を受けていないからだと思います。大人が子どもに色々と気配りしすぎて、成長が止まっているような感じを受けます。ですので、子どもたちが自分で考え、自分の言葉で話せるよう、指導していくことが求められ、そして情報化社会に参画できるようにするために、これからの社会科の役割があると考えています。

2 新学習指導要領の感想とポイント

山口  では、今回の学習指導要領の改訂について伺います。

關  今回の特徴としては、「教育基本法」や「学校教育法」の改正があります。それを受けての改訂は非常に大きいと思います。中学校の地理はすごくいい改訂になっていると思います。小学校の方は、もう一歩踏み出してほしかったです。例えば、3・4年生の目標がまだ中学年として一括して示されている点など、物足りない印象はありますが、これまでの改訂に比べ、プラス面のほうが多いのではないでしょうか。

木村 「教育基本法」の改正が影響している部分があり、それから、PISA調査をかなり意識しているような感じがしました。
 「生きる力」ということを表面だけで受け取って、それがある意味で放任主義になってしまう。これは当然、学力問題その他とかかわってくる状態が起きてきたのではないかと思っています。それと、伝統と文化の尊重といったような部分が入ってくることで、実はそこが少し、その流れのなかで融合しにくいところかとも思っています。

井田 全体的な印象としては、まず、基礎・基本をどう学習指導要領に反映させているかということで、地理については内容的には非常に充実した内容になってきたと思います。つまり、日本を扱って、かつ世界を扱う。今回は日本と世界とを両立させるようなかたちで出てきたということです。それから、系統地理、地誌というのがありますが、系統地理的な見方も地誌の内容もすべて組み込まれています。反対に、それだけ内容が入っているので、ちょっと増えた時間数でそれが消化できるかというのは、やはり問題になってきますが、基礎・基本に関しては工夫されていると思います。
 また、コミュニケーションはすべての教科に共通するということで、社会科でも、コミュニケーションが自己表現や発表力も含めて重視されていると思います。
 そして社会参画です。それが、特に社会科の分野では強調されてきたかなという感じがします。

山口 今度の学習指導要領はいい方向に向いているという話ですが、各分野で具体的なところはどうでしょうか?

井田 まず、都道府県名や国名に関しては、単純に楽しみながら覚えるというところが一つあります。今までは中学校でやることになっていたのですが、単純に覚えさせるのは少し難しいです。一回は覚えるのですが、それが今度は繰り返しては使いませんから、例えば4月か5月で覚えても、終わるころには忘れてしまいます。それが小学校に下ろされることによって、子どもたちが楽しく覚えられれば比較的定着しやすい。私たちの子ども時代もそうでした。 PISA関係で言えば、今回の地理で見ると、思考力をどういうふうに育成していくかが大きな課題かと思います。日本の地域区分についても、最初からあるという前提ではなくて、自分たちの観点でいくつかの地域に区分しなさいというのが入ってきます。ですから、自分たちでどう考えていけば、この現象を見やすくできるのかというところが出てきていて、そういう意味では、PISAを意識しているのではないかという感じはします。

關  小学校の今回の改訂のポイントは、四つぐらいあると思います。一つは、地理的な内容です。方位、地図記号、地球儀の活用といった地理的な内容が、基盤となる知識や技能を習得するということで、かなり加わっています。小学校で47の都道府県と大陸と海洋、国名、国旗なども関連して出てくるわけですが、そういった基盤となる知識・技能として、地理的な内容が入ってきています。それが一つの大きな改訂の趣旨だと思います。
 二つ目は、伝統文化です。特に建造物、古くから残る建造物を入れるということで、世界文化遺産や国宝、重要文化財などを対象にした学習が入ってきています。
 三つ目は、情報社会です。先ほど社会参画というお話がありましたが、小学校の先生で社会参画といったら、ボランティアや地域への貢献などに向きがちですが、子どもたちに身近な社会参画として、例えば携帯電話があります。普段の生活の中で社会参加していく際のモラルについての指導や法・ルールのこと、そして金融・経済といった新しい提案もされています。また、防災についても、その考え方、それをどういうふうに防いでいるのかなど、社会の変化に対応した内容になると思います。
 四つ目は、学習活動の新しい方向性が示されていると思います。今まではいかに知識量を入れるかという学習をし、その入れたものをどれだけ正確に再生するかという評価を数値でしていたのです。ですから、今回の改訂では、やはりPISA型読解力を意識して、子どもたちがもっているものを、いかに知識として取り出して、どういうふうに活用していくかというところがポイントになっています。知識の習得と活用が一緒になって探究にいくわけですけれども、調べて、考えて、発表する、そしてまた吟味するというような活動です。

山口 習得、活用、探究という話が出てきましたが、実際に現場でよく聞くのは、「それにはもう時間がないよ」という声です。

關  小学校の場合は、極端に言うと、10時間なら10時間で単元、ユニットを組むわけですが、今までは調べる時間を半分近く確保していたようなところがあって、発表会などで2時間使うと、実質に子どもたちと先生が一つのことの課題に関して話し合うという場面がすごく減少しているような状況があると思います。ですから、今までと同じようにしていたのでは、発表してそれを吟味する時間が確保できません。

山口 金融とか経済の話は、小学校でも入ってくるということですか。具体的にどういうことが考えられるわけですか。

關  生産者は輸送などにかかるお金を考えていて、その上で価格の設定があるという内容が、今回の改訂では小学校に入ってきています。非常にいいことだと思います。

山口 そういうことを受けて、中学校の公民的分野で何か連動して入っているところはあるのですか。

木村 構成自体が、これまで三つでしたが、四つに変わって、なおかつ最初に現代社会を考える場面で、とらえる観点を考えて、最後の「持続可能な社会」という部分で、社会に対する自分の提案を考えようという単元が入ってきています。最初の部分は、現在、問題になっている事象をまず考えようというところから入るというふうに、指導要領上は変わってきています。それ以外に、司法改革の面で、裁判員制度がもうすぐ始まりますし、消費者庁の問題もありますので、そのあたりが消費者の支援というかたちで入ってくるというような、現代の社会の問題を入れているという部分はけっこう目につきます。

山口 歴史では,小学校で縄文時代が入りましたが,それについてはどうでしょうか?

關  極端に言うと、教育基本法の改正にある「伝統文化」です。私たちが小学生の頃は、縄文時代に一つの竪穴式住居で生活を営んでいるところが最初に出てきました。そこには何があるかといったら、家があって、家族があって、生活があります。それが、今までの改訂は飛ばして、いわゆる米づくり、農耕からスタートします。ここに、子どもたちにとって違和感があるのです。日本の伝統文化を形成した基である縄文を取り扱うことによって、家や家族、自分、個人、生活、そういったところからスタートするのはとても重要なことだと、私自身は位置づけています。

山口 地理的分野で、特に内容的に新しいものを入れたというのはありますか。

井田 先ほど關先生がご指摘されましたけれども、防災です。防災というのがかなり強調されています。

山口 中学校の最後の論文ですが、どういうふうな感じになっているのでしょうか。要するに、社会科で卒論的なものを書きなさいということなのでしょうか。

木村 そうですね。それがいったいどういうものになるのかというと、これはテーマとして持続可能な社会形成という観点から、何か形のあるものを中学生なりに探究させてまとめさせて、つくらせようとしているのかなというイメージを私はもちました。

井田 バラバラにならないように、持続可能な社会という枠をつけているんですね。そこからどういうふうな派生の仕方というか、生徒たちにどんな指導をしていくかという問題になるかなという気がしますね。

山口 歴史のほうでは大きく二つだと思います。中学校の歴史が日本国内を語りすぎたということがあって、今の国際化の時代に、世界のことを必ず知らなければいけないということではないのですけれども、世界的なことをはっきりと入れました。これが一番大きいかなと思います。
 そして伝統と文化の話です。特に、宗教の問題は、きちっと入れなさいと。特にイスラム教は時代に関係なく入れなさいというような感じです。

3 社会科の本質と変遷

山口 自分たちが習ってきた社会科を含めて、昔はこんなことをやったよとか、今はこういうふうに違うよねということはいかがですか。私の場合は、例えば「ゾーリンゲン」は有名な刃物のまちと、すっと出てきます。なぜ地理を覚えているのかと思ったら、国連のデータなどを、教科書に赤線を引かせて、そこに細かいデータを全部書かせた先生がいたのです。そういう意味では、今は悪いと言われるけれども、昔は徹底的に覚えさせる授業をしたなと思いました。

井田 教わった先生の記憶はないのですが、常に地図帳を広げさせてくれたので、私は地図帳をずっと見ていました。先生の話はあまり聞かず、地図帳だけ見ていた気がします。こんどはどこに行こうかなとか、このへんに鉄道を敷いたらどこまで行けるかと。私は、愛読書が『時刻表』だったものですから、勝手に鉄道敷いたら、このへんで何時間ぐらい行けば、そうするとどういうダイヤができるかなというのを、ずっと授業中考えていました。

木村 覚えているのは、小学校4年の頃、友達と二人で近辺の市役所に話を聞いて回ったことや、中学校の歴史の先生が、やたらに北京原人だとか様々な人類の祖先の名前を教えてくれたのを覚えています。

關  私は、授業中はほとんど聞いていなかったような子どもだったと思うのですが、親からはいつも、 「わからなかったら教科書を読みなさい」という教育を受けてきました。この頃の教科書を見ると、確かに、読むと内容がわかりますね。だけど、現在の教科書は、読んでも内容が書かれていないのです。ただ、日文の教科書は、わかることが多いと思います。ほかの教科書会社は、「調べてみましょう」ということで、基になるデータはいくらか示しているけれども、教科書を見ただけでは子どもたちはわからないのです。
 もう一つは、学校にお金を持って行って、貯金をしていました。子ども預金みたいなものです。子どもの時から今の子どもよりお金が身近にあったような気がします。学校に購買部というのがあって、販売の係になると、そこで物を売ったり、お金をもらったりするようなことをやっていました。今思うと、ああいうことのほうが社会科の授業より社会に役立つことをしていたような気がします。今のように、社会参画とか、そういう意識がまったくないなかで、社会的な基礎としてこういうことがあるということを学んでいました?

山口 先生方の話を聞いていると,当時はあまりせっかちに効率を求めていませんね。教えるべき内容はこれで,これとこれで将来こうだ,これのためにやるんだと,そんなことはあまり言っていない。社会科の先生としては重要な資質かもしれませんね。逆に言うと,いろいろ体験しているほうが社会科の教員としてはよいということです。

井田 授業でも実際に行ったところのことを話すと,子どもは全然乗り方が違います。自分が撮った写真だといろいろ説明ができますから,臨場感が違います。教科書にきれいな写真がたくさんあるけれども,自分が体験しないと,実は説明があまりできないということがあります。山口先生がおっしゃったように,社会科の先生は地理を教える場合には,いろいろなところへ行っているととても武器になります。そういう意味では,社会科の先生というのは体験が大事かなと思います。

山口 そうすると,必要なことの分類ができて,それにプラスして,自分の体験をつけて,あるいは思想,興味をもっているところをつけてやれば,生徒は授業に乗ってくるということですね。

關  今の子どもに何が足りないかといったら,聞くことができないのです。コミュニケーションといったら「話す」でしょう。話すことをどうするか。それは,発表の仕方であり,みんなの前でプレゼンテーションをして,どういうふうに発表をしましょうかと,一所懸命そのことばかり考えてきました。だけど,実際はどうかといったら,聞く力が欠けているような気がします。

山口 そういう力を鍛えるにはどうしたらいいでしょうか。

關  それぞれが好きなことを調べて発表するからなかなか議論できず聞く力が育ちません。ですので,テーマを一つにしてやることだと思います。いわゆる探究学習には中心概念,つまり何を学ぶべきかというのが核にあって,みんなでやっていたのです。だから,今回の改訂というのは,探究的な学習を志していた流れが,もう一回見直される時期だと思います。

4 これからの社会科に向けて

山口 こういう教科書にしてこういう子どもを育てたいという思いを,最後にお願いします。

關  今,習得,活用,探究というPISA型の読解力に対応するのは,発表して,吟味して,そして批判し合う探究活動,それを含んで探究学習だと思います。そこのところを一番反映しているのが,日文の教科書だと思うのです。子どもの関心を引くための教科書づくりではなくて,知識基盤社会としての教科書にしたいと思います。

井田 地理で言うと,ただの知識だけでなくて,それをきちんと論理的に結びつけるかたちで使えるようになった教科書にしていきたいと考えています。

木村 探究型の学習を考えたときに,実際に授業現場でできる問題解決的学習方法として位置づけたらどうかと思っています。

山口 どうもありがとうございました。ぜひ,使える教科書であるのと同時に,子どもたちが興味をもっていろいろなことを読んでくれる教科書にしていきたいなということと,若い先生方にはやはり勉強してほしいなということはあります。
 われわれは,教員として,また,教科書をつくる側としても,未来は子どもたちのためにあるというのが私の結論です。

※座談会の内容につきましては,日本文教出版編集部により編集をしております。