社会科教室
(小・中学校 社会)

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国宝がつなぐ博物館と学校
2009.01.30
社会科教室(小・中学校 社会) <Vol.51>
国宝がつなぐ博物館と学校
米沢市上杉博物館 Backyardより
主任学芸員 花田美穂 

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1. 大人気「国宝上杉本洛中洛外図屏風」

 平成13年秋に開館した当館では,歴史や芸術をとおして,子どもたちが「生きる意味」や「生きることのすばらしさ」を発見し実現していくための手助けをし,未来を担う子どもたちを育み,またそれによって館も成長していくことを目標としている。
 博物館の持つ教育的な要素の中で,最も特徴的なことは”実物資料がある”ということである。それらを複合的,学術的につないでいくことによって,学校だけでは味わうことのできない驚きや感動を与えていくことが可能となる。本物との出会いは子どもたちの心に深く刻まれるはずである。
 中でも国宝上杉本洛中洛外図屏風(以下上杉本)は,上杉謙信が織田信長から贈られた屏風であり,狩野永徳の数少ない真筆としても名高い。豊富な情報を蓄えており,学習の中で利用可能な切り口が沢山あるため,社会,美術,総合学習などでの活用を深めることができる教材としてとても貴重な存在でもある。 当館では,平成14年度からこの屏風を教材として,地域学校の先生方と連携しながら様々な学習プログラムづくりを行ってきた。
 小学校6年の社会科の歴史学習の発展として位置づけた総合的な学習の時間においては,さまざまな時代の衣食住と文化・風習を時代背景や人々の願い・考え・知恵などと相互に関係づける活動を通して,「時代と文化」を考えることをねらいとした学習を計画した。特に,室町時代に関しては,京の町を一望した洛中洛外の四季とそこに生活する生き生きとした人々の様子を実物の屏風とバーチャルシアターによって体験し,当時の人々の暮らしを実感することで,現在に生きる自分たちの暮らしに引き寄せて考えることができるようになった。
 また,総合的な学習の時間の活動として,日本の伝統文化を洛中洛外図から発見したり,中学校美術科においては,「日本画のよさを味わおう」という単元において上杉本を教材化し,2年生で実物と出会い,3年生では模写をするという活用がもう6年間も継続して行われており,多くの中学生が博物館を訪れている。
 上杉本洛中洛外図屏風が米沢にあるという歴史背景とそれが430年あまりもの間,上杉家で大切に継承されてきた事実などをそれぞれの授業に必ず包含し,地域を再認識できるところまで広がりを持たせることが可能となった。
 小・中学校とおして上杉本に触れることにより,それぞれの成長過程のなかで,上杉本の価値が定まり,地域の文化財に対しての関心が高まりそれを継承していくのは自分たちであることに気づかせたいという博物館の思いが形となった授業として今後も継続していきたいと考えている。

2. 広がる活用の幅

 上杉本は地域学校以外にも連携する機会を与えてくれている。
 その1つに立正大学との共同研究「中近世風俗画の高精細デジタル画像化と絵画史料学的研究」がある。この研究は,中近世風俗画のなかで重要な作品について高精細デジタル画像化を推進し,絵画史料学を新たな研究条件のもとで発展させようとするものであり,新開発のソフトにより,高精細デジタル画像をより迅速に展開閲覧することができる。また同時に,筆の動きや,絵肌,顔料の重なりなど肉眼では確認できない情報まで見ることができ,上杉本をより深く楽しむことが可能となった。
 このデジタル画像の活用の1つとして,大人向けの鑑賞ワークショップ「国宝 上杉本洛中洛外図屏風をたのしむ」において,実物を見ながら,高精細デジタル画像でより細部に入り込んでいくという贅沢なプログラムが完成。多くの参加者から驚きの声が上がっている。これにより,参加者それぞれの中に上杉本の価値付けが実感としてなされ,自分たちの地域に貴重な宝物が継承されている誇りが強く芽生えている。
 このように博物館単独では成しえなかった研究が大学との連携により形になり,利用者に還元されていくことは,社会教育施設としての博物館の役割を果たす意味で,非常に重要なことである。
 もう1つには,「文化財未来継承プロジェクト」への参加がある。本プロジェクトは,2007年3月から2010年2月末までの3年間にわたって財団法人 京都国際文化交流財団を中心に実施されているもので,その間,国内外に保存されている文化財の中から,重要度や希少性などをもとに厳選した15作品以上の文化財を高精細複製として再現するものである。複製やデジタルデータの管理については,デリケートな問題も含まれているものの,当館ではこのプロジェクトに参加して得られた上杉本の高精細複製を用いた出前授業を,なかなか来館できない地域の学校に向けて昨年の11月から開始した。これによって,より多くの子どもたちが,上杉本と出会い,描かれた当時の歴史,美術,民俗に興味を持つことができるようになるだろう。そして本物と出会うために,博物館を訪れるだろう。

3.たいせつなもの

 博物館は,決して特別な存在ではない。過去から現在までに先人が遺してくれた生活を記憶し,形あるものは保存する。しかし,それらは,今に生きる私たちとつながるものでなければ何等意味を持たない。そのつながりを文字にし,また展示や体験プログラムに変換して提供していくのが博物館の役割であり,流れている時間の意味をきちんとした形で翻訳していくのが使命である。過去からの贈り物である上杉本もまた,私たちに果てしない興味を提供し,学校や地域と博物館をつないでくれる。私たちの日々も過去になり歴史になる。たいせつな贈り物をこれからも未来に届けられるよう,子どもたちと一緒にその意味をしっかりと見据えていきたい。