学び!とシネマ

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グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状
2016.11.24
学び!とシネマ <Vol.128>
グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状
二井 康雄(ふたい・やすお)

(C) Navigator Film 2014

 ハプスブルク家は、世界の歴史に必ず登場する名家である。13世紀から20世紀初頭まで、ざっと650年間、ヨーロッパに君臨した。著名な人物では、ルドルフ一世、マリア・テレジア、マリー・アントワネット、フランツ・ヨーゼフ一世等々。かつての全盛期には、ほぼヨーロッパの全域を支配した。
 しかも、遺産として、多くの絵画や彫刻などの美術品を残している。いずれも、名品ばかり。これを受け継ぎ、1891年から保存、展示しているのがウィーン美術史美術館である。
 このウィーン美術史美術館が、どのような美術品を、どのように展示、運営されているかを描いたドキュメンタリー映画が「グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状」(スターサンズ配給)だ。
 映画には、優れた美術品がつぎつぎと出てくるが、その詳しい紹介はない。描かれるのは、ウィーン美術史美術館で働く人たちの様子である。
 館長をはじめ、学芸員、修復家、運搬係、はては、清掃員まで登場する。個性豊かな人たちだけに、それぞれにドラマがある。膨大なコレクションである。しかも、傑作の美術品ばかり。後世に残しておかなければならない責任を感じている館長は、常に、「生き残るためにはどうすればいいか」を考えている。古くから勤めるお客様係の女性は、誇りを持っている。「お客様係や警備係は下っ端じゃない」と言い切る。

(C) Navigator Film 2014

 だが、現実は厳しい。維持管理には、多くのお金がかかる。予算はどんどん、減らされていく。新しいコレクションをオークションで落札するにも、お金がかかる。
 「集客が必要」と力説するディレクターがいて、「美術館の新しいロゴを作ろう」と提案し、実行する。一方、もうすぐ定年を迎える武器コレクションの責任者は、新しいブランド戦略には興味を示さない。
 修復家たちの奮闘もある。虫が掘った穴を見つけて、「数十年分の汚れよ」とため息をつく女性。からくり時計の修復にとりかかるが、その構造が分からず格闘する。ある室長はこぼす。「ハプスブルク家の伝統は重荷だよ」と。
 こういった仕事にかかわる人たちの本音や建前、喜怒哀楽が、時にはユーモラスに綴られて、じつに人間的。まるで、いろんな絵画に描かれた人物の内面そのもの。
 ちらりと登場する美術品を見るだけでも、ぞくぞくとする。有名なところでは、ブリューゲルの「バベルの塔」、「子供の遊戯」。フェルメールの「絵画芸術」。ベラスケスの「青いドレスのマルガリータ女王」。カラヴァッジオの「ゴリアテの首を持つダビデ」。ルーベンスの「毛皮をまとったエレーヌ・フールマン」。アルチンボルドの「夏」などなど。
 絵画だけではない。彫刻では、ヤコブ・アウアー作の「アポロとダフネ」。マティアス・シュタイン作の「トルコに帰還した皇帝レオポルド一世の騎馬像」。マスター・オブ・フリア作の「フリア」などなど。

(C) Navigator Film 2014

 ユリウス・ベルガーが描いた、美術工芸収集室の天井画がある。ハプスブルク家に関わった芸術の庇護者や芸術家、学者たちが、時間を超えて、一堂に会する。もちろん、皇帝フランツ・ヨーゼフ一世も描かれている。
 偉大な文化遺産を保護し、展示し、伝統を残そうとする人たちの英知に驚く。しかも、すべての具体的な作業は人間が行う。伝統を継続し、未来に伝え残すには、物理的にも精神的にも、人間としてのさまざまな悩みがある。これはウィーン美術史美術館だけのことではないだろう。
 ウィーンに行けるなら、まっ先に出かけたいのは国立歌劇場だったが、この映画を見ると2番目でもいいかなと思ってしまう。
 「グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状」という、すてきな、勉強になる映画を撮った監督は、ヨハネス・ホルツハウゼンという美術史が専門の映像作家。
 人間の奢りを描いたブリューゲルの「バベルの塔」を、注意深く運搬する人たち。なんと「人間的」なのだろう。もう、驚きの連続するドキュメンタリー映画だ。

2016年11月26日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ico_linkほか全国順次ロードショー!

■『グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状』

監督・脚本:ヨハネス・ホルツハウゼン
製作:ヨハネス・ローゼンベルガー
共同脚本:コンスタンティン・ウルフ
撮影:ヨルク・ベルガー、アッティラ・ボア
出演:ザビーネ・ハーク、パウル・フライ、パウルス・ライナー
2014年/オーストリア/ドイツ語・英語/98分/DCP/カラー
提供:ドマ/ハピネット/スターサンズ
配給:スターサンズ/ドマ
配給協力:コピアポア・フィルム
後援:ウィーン美術史美術館、オーストリア大使館
日本語字幕:吉川美奈子
字幕監修:千足伸行