学び!とシネマ

学び!とシネマ

皆さま、ごきげんよう
2016.12.16
学び!とシネマ <Vol.129>
皆さま、ごきげんよう
二井 康雄(ふたい・やすお)

(c) Pastorale Productions- Studio 99

 「反骨」という言葉がある。単に、不当な権力に逆らう、ということではないと思う。さまざまな事象に、自らの考えを持って、自由に行動することではないだろうか。
 多くの映画を見ていると、この「反骨」という言葉がぴったりの映画監督がいる。グルジア生まれのオタール・イオセリアーニだ。グルジアは、いいワインができる。1966年に、ワインを醸造する若者とワインの製造会社との対立を描いた「落葉」という映画で、いちやく有名になった。その後、最近作では、「素敵な歌と舟はゆく」、「月曜日に乾杯!」、「ここに幸あり」、「汽車はふたたび故郷へ」を撮っている。
 イオセリアーニ作品の特徴は、ちょいと風変わりな人物が、入れ替わり立ち替わり登場する。いずれも、深い人間観察に裏打ちされたキャラクター設定である。人生半ば、平凡な日々から旅に出た中年男を描いた「月曜日に乾杯!」では、後半、覗きが趣味の牧師、見栄っぱりの侯爵、ワニと旅をしているジプシーたちなどが登場する。どこかおかしいけれど、憎めない人物たち。自伝的な映画ともいえる「汽車はふたたび故郷へ」では、映画製作の自由を希求する青年の決意が描かれ、映画への愛に満ちている。

(c) Pastorale Productions- Studio 99

 最新作が「皆さま、ごきげんよう」(ビターズ・エンド配給)だ。舞台は現代のパリ。主に、武器商人でアパートを管理する初老の男と、骸骨をコレクションする人類学者が登場するが、はっきりとしたストーリーは、ないに等しい。管理人と人類学者は親友同士で、ふたりを取り巻いて、いろんな人物が出てくる。覗きが趣味の警察署長。ローラースケートで走りながらかっぱらいを繰り返す若者たち。黙って、家を建てている男。勝手気ままに過ごすホームレス。そして、人間ではないが、街じゅうを堂々と歩く野良犬たち。そこに、事件が起こる。ホームレスが追い立てられることになる。さあ、みんなはどうするか。
 映画は、フランス革命のころから始まる。罪人がギロチンで処刑される。編み物をしている女性たちが叫ぶ。「貴族を殺せ」と。戦場のシーンが出てくる。どことどこの戦争かは分からない。兵士に洗礼を授ける牧師がいるが、体じゅうに入れ墨をしている。
 現代のパリ。ローラースケートの若者たちが、かっぱらいをしている。酔っぱらったホームレスが、ロードローラーにひかれて、ぺっしゃんこになる。覗きが趣味の警察署長が、アパートの管理人や人類学者の部屋を覗いている。

(c) Pastorale Productions- Studio 99

 いわば、さまざまな人間の営み、日々の暮らしが、精妙にスケッチされていく。それぞれのやりとりが、たまらなくおかしい。登場人物たちが、真剣であればあるほど、見ているほうは、笑ってしまう。そして、見終わったあと、ずしりとくるものがある。
 監督は、1934年生まれというから、いま82歳。人生の辛酸をなめ尽くしているはずだ。人間を愚かなように描いても、どこか、たまらなく愛おしいように撮っている。さまざまなパターンの、ショートコントを見ているようだが、悪事は続かず、因果応報。人間、生きていれば、いいこともあれば悪いこともある。そして、世間は、収まるところに収まるように出来ている。達観した監督のまなざしは、だからとても、優しい。
 愚かな人間への讃歌だろう。82歳といえども、監督の感覚は若い。シーンのひとつひとつを楽しみながらご覧ください。きっと、生きていくことって、辛いけれど、そう悪いものじゃない、と思われることだろう。あわせて、イオセリアーニ監督の過去の作品をご覧いただくと、より深く、イオセリアーニの世界を楽しむことができるはずである。

2016年12月17日(土)より、岩波ホールico_linkほか全国順次ロードショー

『皆さま、ごきげんよう』公式Webサイトico_link

監督・脚本・編集・出演:オタール・イオセリアーニ
撮影:ジュリー・グリュヌボーム
編集:エマニュエル・ルジャンドル
音楽:ニコラ・ズラビシュヴィリ
出演:リュファス『アメリ』、アミラン・アミラナシュヴィリ『月曜日に乾杯!』、ピエール・エテックス『ぼくの伯父さん』、マチュー・アマルリック『グランド・ブダペスト・ホテル』、トニー・ガトリフ『愛より強い旅』
2015年/フランス=ジョージア/カラー/121分/1:1.66
配給:ビターズ・エンド