学び!とシネマ

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台湾アイデンティティー
2013.07.05
学び!とシネマ <Vol.87>
台湾アイデンティティー
二井 康雄(ふたい・やすお)
(C)2013マクザム/太秦

(C)2013マクザム/太秦

 「台湾アイデンティティー」(太秦配給)というドキュメンタリー映画を見た。台湾の人たちが、6人登場する。いずれもお年寄りばかりで、自らの人生を振り返る。
 絶景である。雲のかかった山がそびえる。台湾の中部、阿里山郷の達邦(タッパン)に、原住民族のツオウ族が暮らす村がある。

(C)2013マクザム/太秦

(C)2013マクザム/太秦

 高菊花(日本名・矢多喜久子、ツオウ族名・パイツ・ヤタウヨガナ)さんは、80歳。子供のころから日本式の生活で、みそ汁を飲み、和服を着ていた。日本人と思っていたと言う。
 台湾の人口は約2300万人。その2%、約50万人が、もともと台湾に住んでいた原住民族である。日本の統治下では、生蕃、蕃人と呼ばれて、後にいろんな部族を総称して、高砂族と呼ばれた。現在、台湾政府が規定している14部族のうちのひとつがツオウ族で、約7000人。うち1000人が、達邦で暮らしている。
 高さんの父は、ツオウ族のリーダーで、原住民族の自治会をあちこちで結成したことから逮捕され、処刑される。高さんは、母親や多くの兄弟の生活を支えるために歌手となるが、国民党による尋問が続く。それでも、過去を振り返り、「幸せだった」と言う。音楽好きの父が、ピアノで「ドナウ川のさざ波」を弾いてくれた。歌手を引退後、小料理屋を開き、台湾人と結婚するが、党の尋問は続く。1971年、高さんは、「しないこともしたことにして」自首証を書き、やっと自由の身となる。

(C)2013マクザム/太秦

(C)2013マクザム/太秦

 黄茂己(日本名・春田茂正)さんは、90歳。しっかりと歩く姿は、年齢を感じさせない。中学を出た後、神奈川県の高座にあった海軍工廠(こうしょう)で働く。「雷電」という戦闘機を作る工場だ。敗戦直後、日本で結婚するが、台湾に戻り、教職に就く。1947年、二二八事件が起こる。各地で台湾人が蜂起するが、国民党が武力制圧する。「武器はない。空気銃で戦争できるわけはない」と黄さん。仲間たちは、裁判もなく、ただ嫌疑だけで、処刑されたという。「人間として認めてくれなかった。悔しかった」と黄さん。死者、行方不明者は、2万数千名だった。
 高さんの大叔父にあたる鄭茂李(日本名・手島義矩、ツオウ族名・アワイ・テアキアナ)さんは、85歳。耳や目が衰えている。18歳で志願して海軍に入る。「当時、男は兵隊になれたら名誉。日本人が可愛がってくれた」と言う。台湾からは、約21万人が日本兵として戦争に参加、3万人が死んでいる。鄭さんは「完全な日本人と思っていたが、日本人にはなれなかった」と笑うが、「日本が戦争に負けたから、私たちも負けた」と涙ぐむ。
 横浜に住む呉正男(日本名・大山正男)さんは、85歳。茨城の生まれで、東京の中学に進学。陸軍に志願して、航空通信士として従軍、北朝鮮で終戦を迎える。中央アジアの捕虜収容所で強制労働に従事、60キロの体重が40キロに減る。「帰れるという噂のたびに希望を持ったが、死ぬ可能性もあった。もう1年いたら、死んでいた」と語る。中学時代の世話になった下宿のおばさん、片思いだった少女がいたからこそ、生きて帰れたと思っている。台湾に帰りたいと思ったが、二二八事件の勃発で、帰れなかった。
 インドネシアのジャカルタに住む宮原永治(台湾名・李柏青、インドネシア名・ウマル・ハルトノ)さんは、92歳。日本の志願兵として、戦地を転々とする。終戦後、インドネシアはオランダに独立を宣言、ハーグ協定締結までの4年間、宮原さんは日本兵として戦う。約1000名の日本兵のうち、700人が亡くなった。現存する人は、いまや、宮原さんと、あともう一人だけである。「戦争、戦争で、青春時代はなかった」と語る宮原さんだが、1970年代に、日本企業の駐在員として、インドネシアと日本を何度も往復した。
 張幹男(日本名・高木幹男)さんは、82歳。父は台湾人だが、母は日本人。戦後の1958年、台湾独立派の本を翻訳しようとするが、反乱罪で逮捕される。28歳から8年間、いまは観光地となっている緑島の政治犯収容所に入れられる。1970年、旅行会社を設立、多くの政治犯を採用する。やめさせろと忠告されるが、「やめさせたら、暴動を起こすよ」と突っぱねる。台湾独立派である。「統一なんてとんでもない。統一されて死ぬよりも、反対して死んだほうがいい」、「私のアイデンティティーは、国は、台湾」と言い切る。
 海に出て、死にたかったこともあったと語る高さんは、「ラ・パロマ」を唄い、ジャズ、ヨーデルを唄い、「知床旅情」を唄う。台湾の原住民族の老女である。
 6人の語る意味は、重く、深い。日本との関わりの中で生き抜いてきた。よく「歴史を鑑に」と言うが、歴史などは施政者の都合のいいように書き改められる。市井の、時代を生き抜いた人の発言こそが、真の歴史と思う。
 監督の酒井充子は、以前、「台湾人生」というドキュメンタリー映画を撮った。いまはDVDになっている。本作と合わせて、ぜひご覧ください。登場人物の人生に寄り添う、耳を傾ける。それが、「歴史」を学ぶ第一歩だろう。

2013年7月6日(土)より、ポレポレ東中野ico_link他全国順次ロードショー!

『台湾アイデンティティー』公式Webサイトico_link

監督:酒井充子
出演者:高菊花、黄茂己、呉正男、宮原永治、張幹男
製作:マクザム、太秦
製作総指揮:菊池笛人、小林三四郎
企画:片倉佳史 
プロデューサー:植草信和、小関智和
ナレーター:東地宏樹
撮影:松根広隆 
音楽:廣木光一 
編集:糟谷富美夫
2013年/日本/カラー/HD/102分
協力:シネマ・サウンド・ワークス 大沢事務所
助成:文化芸術振興費補助金
配給:太秦