学び!とシネマ

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ラーメンより大切なもの~東池袋 大勝軒 50年の秘密~
2013.06.07
学び!とシネマ <Vol.86>
ラーメンより大切なもの~東池袋 大勝軒 50年の秘密~
二井 康雄(ふたい・やすお)
(C)2013 フジテレビジョン

(C)2013 フジテレビジョン

 長野県下高井郡山ノ内町。志賀高原の美しい風景が映る。おいしくて、麺、チャーシューがたっぷり。連日、長蛇の列ができたという、もはや伝説のラーメン店「大勝軒」の店主だった山岸一雄さんの故郷である。
 映画「ラーメンより大切なもの~東池袋 大勝軒 50年の秘密~」(ポニーキャニオン配給)は、もとはテレビのドキュメンタリーとして、過去3回放映されて大好評だったが、このほど劇場公開版が完成した。2000年ころからの取材は、10年以上に及び、山岸さんの、いわばラーメン人生の一代記となった。
 2001年。池袋のサンシャイン60の近く、行列の出来るラーメン店「大勝軒」がある。2時間待ちはザラ、遠く川崎から食べに来る常連もいる。格段、特殊なラーメンではない。しょうゆ味のごくふつうの東京ラーメンである。麺は自家製で260グラム、量がたっぷり。常連客は口を揃える。「他のラーメンとは全然違う」と。

(C)2013 フジテレビジョン

(C)2013 フジテレビジョン

 山岸さんは1934年生まれ。父は、山岸さんが8歳のときに戦死、16歳で上京、旋盤工として働くが、すぐに周囲の勧めもあって、ラーメン店を始めるべく修行を重ねる。東池袋に「大勝軒」を開いたのが1960年、山岸さんが26歳のときだった。席数16の小さい店だが、良心的な、おいしいラーメンだと評判を呼び、常連客が大勢支持してくれるようになる。
 まだ暗い午前4時から準備をする。チャーシューとスープを作り、麺を打つ。開店は11時なのに、最初の客は7時半に来ている。常連さんらしく、勝手に店の前の鉢植えに水をやっている。10時にはもう30人ほどが並ぶ。1日200食限定、営業時間は午後3時までの4時間。繁盛している。
 定休日は水曜日。山岸さんは病院に行く。
膝の痛みがひどく、変形性関節症と診断される。体重を落とすか、手術をするかしないと、1年で歩けなくなる、と医者は言う。それでも、山岸さんは、特に手当もせず、仕事に打ち込む。
 週2回、栃木県から通う客もいる。山岸さんは、自分の体より客が大事と考えているようだ。弟子も多い。誰にでも教える。企業秘密はない。名古屋でリストラにあった人が弟子入りした。研修が終わって帰るときには、餞別を渡す。年に一回だけ、定休日以外に休む日がある12月の第1日曜日だ。故郷、長野県の穂波中学の同窓会である。山岸さんは、ずっと幹事を務めている。医者の診断から2ヵ月、自力で立ち上がれないくらい、膝が悪くなっている。

(C)2013 フジテレビジョン

(C)2013 フジテレビジョン

 店に一枚の猫の絵がある。猫が好きだった妻をガンで亡くしたときに買ったものだ。油で汚れているが、そのままにしてある。妻とは幼なじみ、しかもいとこである。開店のすぐ前に結婚、苦労を共にしてきた仲間でもあった。
 取材中、店の奧にスペースがあるのを見つける。25年間、妻と暮らした部屋である。いわば思い出の部屋、なぜ閉ざしたままなのだろう。
 大晦日、年越しのラーメンを望まれ、この日だけはいつもの倍以上の500食以上のラーメンを用意する。1年でいちばん忙しい日である。夜9時すぎ、やっと閉店となる。山岸さんは、ハーモニカを取り出し、故郷を思い、「ふるさと」を吹く。
 2004年、冬。店に山岸さんの姿はない。医者の診断から2年経っている。取材中にも、うとうとするほどの睡眠不足である。山岸さんが倒れる。
 「大勝軒」は、いまや全国にある。山岸さんの弟子たちが、看板を守っている。山岸さんは、保証金といった類の金銭は一切受け取らない。もはや、厨房に立てないほど、膝が悪化している。どうなるか。また、閉ざされたままの部屋は、どうなっているのか。
 これは、仕事ひと筋、悲しい思い出を自らの内に封印したまま、駆け抜けていった男の話である。タイトル通り、ラーメンより大切なものは、世の中に多々ある。何を学ぶか、多くの材料を提供する映画である。

2013年6月8日(土)より
シネマサンシャイン池袋ico_link他全国順次ロードショー!

『ラーメンより大切なもの~東池袋 大勝軒 50年の秘密~』公式Webサイトico_link

語り:谷原章介
原作:ザ・ノンフィクション「ラーメンより大切なもの」(フジテレビ)
監督:印南貴史 
構成:岩井田洋光
撮影:山岸恵史
音楽:高田耕至
エンディングテーマ曲:久石譲「ふるさとのメロディー」
製作統括:塚越裕爾
企画:堤康一
エグゼクティブプロデューサー:味谷和哉
プロデューサー:西村朗、山田敏弘
協賛:カネジン食品 
協力:大勝軒のれん会、麺屋こうじグループ
製作:フジテレビジョン
制作プロダクション:メディア総合研究所
宣伝:KICCORIT
配給:ポニーキャニオン