学び!とシネマ

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二つの祖国で 日系陸軍情報部
2012.12.07
学び!とシネマ <Vol.80>
二つの祖国で 日系陸軍情報部
二井 康雄(ふたい・やすお)
(C)MIS FILM Partners

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 伝えておかなければならないことを伝える映画がある。映画は、エンタテインメントであっても、もちろん異存はないが、後世に残しておきたい、伝えたい、そんな映画もあらまほしい。
 すすきじゅんいち監督は、戦後生まれだけれど、すぐれたドキュメントを撮り続けている映画作家のひとり。このほど公開される「二つの祖国で 日系陸軍情報部」(フイルムヴォイス配給)は、すずきじゅんいちの、残したい、伝えたい思いにあふれた映画だ。
 二つの祖国とは、アメリカと日本。アメリカの陸軍に秘密情報機関(MIS)があって、ここには多くの日系人が所属していた。日系人であっても、国籍はもちろんアメリカである。アメリカ国内では、日系人ということだけで、人種差別を受ける。太平洋戦争が始まる。日本は、父もしくは母の国である。父母の祖国、日本と戦うことになる。兄弟同士、敵味方に分かれるケースもある。

(C)MIS FILM Partners

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 戦中、MISの兵士として従軍、戦後は敗戦国の日本側と交渉し、日本の再建復興に務める。生き残っている人もまだ多くいるが、当然、過去を語る辛さを抱えている。上院議員のダニエル・イノウエ、元ハワイ州知事のジョージ・アリヨシなど、多くの元MISの人たちにインタビューする。沖縄戦での実情も、明らかになる。
 まさに、戦争で翻弄された日系人たちである。家族や親戚の住む祖国日本への思いと、アメリカ人としての現実に、いわば、板挟みになる。もうかなりの年齢の人たちばかりである。インタビューのひとつひとつは、淡々と語られるが、語る言葉の意味は重い。「あまり話す気にはなれない、思い出すのが辛すぎる」、「私は日本ではアメリカ人、しかしアメリカの入国管理局では、日本人扱い」、「自らの運命を呪った。先祖の故郷、親戚の暮らす沖縄に侵攻し、人を殺す状況になるかもしれない」、「飛行機が何機も来襲し、我々が撃ち落とした。その中の一機には弟が乗っていた」…。
 MISでの、もともとの仕事は、戦時中の日本の情報を傍受し、翻訳したり、捕虜の尋問の通訳などだが、日本軍に投降を説得したりもした。優れた日系人だからこその仕事であった。そして、アメリカは、日本についての多くの情報を得る。時の大統領トルーマンが「人間秘密兵器」と言ったほどである。
 戦後すぐ、マッカーサーによる占領下にも、多くの情報活動や、調査など、MIS日系人の果たした役割は大きい。戦後の数々の利権をめぐって起きた下山事件の調査にまで、関与する。

()MIS FILM Partners

(C)MIS FILM Partners

 この映画の前に、すずきじゅんいちは「東洋宮武が覗いた世界」、「442日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍」という2本のドキュメントを撮っている。併せてご覧になると、戦前戦後と続いた日系人の現実が、くわしく理解できるはずである。学校では習わなかった、つい最近の歴史が、映画を通して学ぶことが出来る。すずきじゅんいちは、いい仕事を残したと思う。
 また、この9月に、すずきじゅんいちは「1941 日系アメリカ人と大和魂」(文藝春秋)という本を上梓した。この3本の、いわゆる日系史映画三部作を撮ることになるいきさつから、三本の映画の背景や、2010年にロサンゼルスで遭遇した車での大事故、さらにアメリカの医療制度にまで言及している。さらに、妻の女優、榊原るみとの出会いから現在までが描かれている。榊原るみは、本作「二つの祖国で 日系陸軍情報部」の「監督の監督」としてクレジットされている。まことに遊び心にあふれて、ほほえましい限り。
 映画と著書から、すずきじゅんいちの伝えたい、残したい思いが、存分に窺える。

2012年12月8日(土)より、新宿K’s cinemaico_link銀座テアトルシネマico_link他全国順次ロードショー!

■『二つの祖国で 日系陸軍情報部』

≪第25回東京国際映画祭 公式出品作品≫

企画・脚本・監督:すずきじゅんいち
監督の監督:榊原るみ
音楽:喜多郎
製作:鈴木隆一、渋谷尚武、古賀哲夫、櫻井雄一郎
出演:ハリー・アクネ、グランド・イチカワ、ノーマン・ミネタ、ダニエル・イノウエ、ジェイク・シマブクロ、タムリン・トミタ 他
2012年/日米合作/カラー&BW/ステレオ/HDCAM/100分
原題:MIS -Human Secret Weapon-
配給:フイルムヴォイス