学び!とシネマ

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明日(アシタ)の空の向こうに
2013.01.17
学び!とシネマ <Vol.81>
明日(アシタ)の空の向こうに
二井 康雄(ふたい・やすお)
(C) Kid Film 2010

(C) Kid Film 2010

 「明日(アシタ)の空の向こうに」(パイオニア映画シネマディスク配給)は、ポーランドのドロタ・ケンジェジャフスカ監督の新作である。小欄で紹介した「僕がいない場所」も彼女の作品だ。「木洩れ日の家」では、凛とした老女の人生のほぼ最後の日々を描き、「僕がいない場所」では、母から拒否される悲惨な境遇の少年を、きめ細やかな視点で描いた。このほどの新作は、またも不幸な境遇の少年たちを描く。
 ポーランドとの国境に近い、ロシアの田舎の町。駅舎に寝起きする少年たちがいる。いわば、ストリート・チルドレン。身よりもなく、住む家もない。物乞いや、ちょっとした盗みで、なんとか生き延びているのだろう。6歳のペチャ(オレグ・ルィバ)と10歳の兄ヴァーシャ(エウゲヌィ・ルィバ)は、今日も駅のベンチの下に寝そべって、拾ったたばこをふかしている。
 ヴァーシャは、11歳の友達リャパ(アフメド・サルダロフ)と、かなり前から、国境を越えてポーランドに行く計画をあたためている。いろんな情報を集めて、いよいよポーランド行きを実行する。せめて、今よりは、いい暮らしになるはずと信じてのことだ。ヴァーシャとリャパは、少年とはいえ、すでに大人の世界に足を踏み入れている。ペチャはまだ6歳、ませてはいるが、あどけなさが残る幼児である。

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(C) Kid Film 2010

 3人は、なんとか貨物列車に乗り、国境近くの町に着く。ペチャは、持ち前の愛くるしさで、パンを売るおばさんを美人だと誉めそやし、食料を得る。ペットボトルに小川の水を汲み、3人は国境を目指す。
 道中、リャパの知り合いの老人を訪ねたりするが、3人の旅は続く。結婚式に出会い、「幸福のおすそわけ」をねだる。大人たちの愛し合うシーンに遭遇し、こっそり見てしまう兄たちだが、ペチャはてんとう虫と遊んでいる。
 やっと、国境にたどり着く。金網には高圧電流が流れている。空き缶で、穴を堀り、なんとか金網をくぐり抜ける。ポーランドだ。「お空はどこも同じだね」とペシャ。そこには、いまよりはましな、新しい暮らしが待っているはずだったが…。
 ポーランドとの国境に近いロシアの実情が、くわしく語られているわけではないし、子供たちの目指すポーランドが、ユートピアとして描かれているわけではない。辛い境遇に身をおく少年たちが、いまよりは少しはましな生活を求めて、一歩踏みだそうとしている。その少年たちに寄り添うような監督の視線が、なんとも暖かく、優しい。

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(C) Kid Film 2010

 悲惨な運命の、恵まれない子供たちを描いた映画は数多い。ことは、ポーランド、ロシアに限った話ではない。映画では、人の良いおとなたちも登場するが、子供たちを、このような状況に追いやったのは、ほかでもない、おとなたちとその社会である。声高ではないが、ドロタ・ケンジェジャフスカ監督の強固な意志が窺える。
 緑豊かな草原。大空を翔ける鶴の群れ。おだやかな木洩れ日。小川で戯れる少年たちの表情。映像が美しく、素晴らしい。
 2曲出てくる音楽は、どちらも哀愁を帯びて、心に残る。ことに、ラスト近くとエンド・クレジットで、ロシアの歌手アルカディ・セヴェルヌィによって唄われる「鶴は翔んでゆく」は名曲だ。少年たちのいまと未来を指し示すかのようだ。「鶴の群れは遠い彼方に飛び立つ 荒れ狂う吹雪の野原を越えて 遠いかなたに飛ぶ力は尽きて 夜更けに森の広場に舞い降りた…」
 6歳のペチャの叫びに耳を傾けるおとなたちがいて、だから、少年たちの未来に、わずかでも希望があればいいのだが。

2013年1月26日(土)より、新宿シネマカリテico_link他全国順次公開

『明日(アシタ)の空の向こうに』公式Webサイトico_link

監督・脚本・編集:ドロタ・ケンジェジャフスカ
製作・撮影監督・編集:アルトゥル・ラインハルト
共同製作:丹羽高史、ズビグニェフ・クラ、チャレク・リソフスキ
出演:オレグ・ルィバ、エウゲヌィ・ルィバ、アフメド・サルダロフ 他
2010年/ポーランド・日本合作/118分/カラー/35mm(1:1.85)/ドルビーデジタル
原題:“JUTRO B?DZIE LEPIEJ”
配給:パイオニア映画シネマデスク
宣伝協力:ブラウニー