社会科教室
(小・中学校 社会)

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龍馬を体感、龍馬の殿堂 「自由」「平等」の“発信基地”
2010.01.29
社会科教室(小・中学校 社会) <Vol.54>
龍馬を体感、龍馬の殿堂 「自由」「平等」の“発信基地”
高知県立坂本龍馬記念館 Backyardより
館長 森健志郎

社会科教室No.54表紙

若者らの思いの結晶

 県立坂本龍馬記念館は,その生い立ちから少し変わっている。高知県の地元商工会議所青年部などの募金活動がきっかけなのだ。企画が持ち上がってから6年間で集めた募金額はおよそ8億円,それに県が2億円を足して平成3(1991)年11月15日に開館した。龍馬の生誕150年を祝す記念事業でまさに,土佐の若者たちの思いの結晶である。ツートンカラーの建物も,コンペで選ばれた。大海に向かって乗り出す船をイメージしている。ぐんと太平洋に突き出したオレンジとブルーの”船体は”18年を経過した現在でも”モダン”である。入館者の皆さんは天気のいい日など海と空を背景に写真を撮る。風が水平線から波と一緒に寄せてきて,浜で砕ける。その波音が伝わってくる。
 館には関連資料もそろってきた。今や龍馬ファンなら必ず訪れる”龍馬の殿堂”となっている。

常設展示室に見る幕末・手紙が語る

 館の特徴と言えば龍馬の手紙である。現存する龍馬の手紙は全国に139通というのが通説で,その数からして,龍馬は”筆まめ”といわれる。内50通が肉親に宛てたもので,肉親の中でも3歳年上の姉乙女宛が20通。個人宛では乙女宛が一番多い。いかに龍馬と乙女の関係が親密なものであったかが窺われる。手紙は私信である。他人に読まれるなど当然予測もしていないから内容表現は自由奔放である。龍馬の人柄はもちろんのこと,目指した世界,信念,哲学が読み取れる。
 館は40通の龍馬の手紙をそろえている。内4通は真物で36通は複製である。複製制作の作業にはかなりの費用と労力をさく。一箇所でこれだけの数の龍馬の手紙を読むことのできる博物館,記念館は全国でここをおいてほかにはない。
 もちろん,常設展示は手紙ばかりではない。慶応3(1867)年11月15日夜,龍馬,中岡慎太郎が暗殺された京都四条河原町「近江屋」の八畳間にあった龍馬,慎太郎の血痕が飛び散って付着した屏風,掛け軸の複製も展示している。また,ファンの間で「真偽」が取りざたされていた,龍馬の妻「お龍」の若いときと老年時の写真の科学警察研究所の鑑定結果も展示している。「骨格」からの鑑定で,結論的には「同一人物と思われる」との結果が出た。
 鑑定書を展示してある場所は「お龍さんのコーナー」としてある。鑑定書と同時に龍馬の手紙を展示している。慶応2(1866)年12月4日乙女姉さん宛,通称「新婚旅行の手紙」と呼ばれる手紙である。
 「おとめさんにさし上げる。兼而申上妻龍女ハ……」で始まるこの手紙には,霧島に遊ぶ龍馬とお龍の楽しい姿が,龍馬の図解入りで書かれている。あまりに楽しげな二人の様子に,1年後の「暗殺」を重ねるとき,運命というものを考えずにはいられない。「お龍さんのコーナー」では二人の親密な関係の裏で動いていく時代の不思議さ,を感じて欲しい。
 龍馬の手紙は,内容だけでなくその筆跡にも見どころがある。喜怒哀楽が見事に表現されている。乙女姉さんに書く筆の勢いは言葉もそうだが実に伸びやかである。
 「六月廿日あまりいくかゝけふのひハ忘れたり…」”今日の日を忘れた””そんなことよりまあ私の話聞いてくださいよ”という龍馬の気持ちが響いてくる。字体も屈託がない。”日本を今一度せんたくいたし申候事ニいたすべくとの神願にて候”の一行で有名な「日本の洗濯の手紙」=文久3(1863)年6月29日=などその典型だ。同じ手紙でも同志,林謙三宛ての慶応3(1867)年11月10日の手紙は,船の借用料が工面できず蝦夷開発を断念しなければならなくなったことを林に詫びる文面だが,その字体は龍馬の気持ちを代弁するように沈んでいる。こうした龍馬の手紙を見たある書家の観察が面白い。「字には”上手な字”と”うまい字”があります。上手な字は練習と努力で書けるようになりますが”うまい字”は練習というより”感性”で書くものです。龍馬の字は明らかに後者です」。文面,字体,龍馬の手紙は幕末を映しながら龍馬を浮き彫りにして見せる。
 その周辺を龍馬語録,薩長同盟の龍馬の裏書,海援隊の二曳の隊旗,いろは丸想像図,龍馬愛用のピストル,スミス&ウエッソンなどが固める。時折,一部が企画展示室に変わるときもあるが,地下2階の常設展示室は,龍馬体感の部屋となっている。

館の心を企画展に・臨機応変,自在に発信

 館の基本は企画展である。企画展には力を入れている。企画展は1年に4回が目標である。
 因みに来年度(2010年4月~2011年3月)は「風になった龍馬展-時代の力- VOL2」を中心に「龍馬の先を駆けた,吉村虎太郎展」「土佐の藩札展」「薩長同盟を支えた男たち展」の4本を計画している。あくまでも中心は,「風になった龍馬展VOL2」で初めての試みである3年連続企画の中間になる。龍馬,勝海舟,ジョン万次郎。生きた年代,身分,環境それぞれ違った3人が「幕末」という混乱の時代,すれ違った瞬間,待っていたように時代が動いた。共通するのは「海」と「船」。そして三人の目指す夢は「自由」,「平等」の世界。私心のない純粋な男たちの思いが国を動かしていく様子を,現代にオーバーラップさせながら追っていく。他の企画はメイン企画を盛り上げる企画に徹することにしている。展示方法で特に気を配っているのは”いかに子どもたちにも理解してもらえるか”である。その方策として解説パネルには原則として「子ども用」の解説をつけることにしている。今年夏場の「龍馬の望まなかった戦争-戊辰戦争展-」でも,これは好評であった。
 館の2階中央付近に設置した龍馬と中岡慎太郎が暗殺された京都「近江屋」の遭難現場8畳居間の実物大再現セットは人気スポット。ここでは部屋に上がって記念撮影するファンが多い。今年夏場,そのセット前の空間を始めて「子どもコーナー」とした。龍馬の一生を21枚のパネルに書き展示した。マンガ入りで,しかもクイズつき。これが話題を呼んで大人たちまでチャレンジしていた。そして,土曜,日曜の午後2時にはこの広場に紙芝居屋さんがやって来る。といっても外部からではなく紙芝居屋さんに扮した当館の二人の女子職員が紙芝居を披露するのである。お客さんが多くても少なくても,紙芝居屋は自転車でやってくる。「カチカチ」拍子木が鳴って「始まり,はじまりー。」演目はオリジナル「龍馬はともだち」。舞台は江戸末期の土佐,”いじめはいかん”がテーマである。
 2階にはこのほか「坂本家の居間」,龍馬が暮らしたであろう当時の郷士屋敷のジオラマ,もちろんショップにグッズもそろえている。地下2階の常設展示室とは違って,2階フロアは”チャレンジ空間”龍馬のごとくである。なんと言っても変化する太平洋, “龍馬の見た海”が”展示物”の一つなのだから。

人生の節目ごと龍馬に相談・拝啓龍馬殿

 地下1階図書コーナーのテーブルの上に大型の箱が置いてある。前面に「拝啓龍馬殿」と書かれている。鍵前もついているから,ポストである。入館者が龍馬に送るメッセージ箱。開館当時(平成3年)からストックされたメッセージはすでに13000通に近い。昨年,このうち1500通を取り出し「ほいたら待ちゆうき」=土佐弁で,それでは待っていますから=というタイトルの1冊にまとめた。
 一読して気づくのは,人間だれでも悩みがあるということである。その悩みを,桂浜に来ることによって皆さん癒そうとしている。仕事,学業,進退,結婚,人生…,様々な悩みを,龍馬に打ち明け相談するのである。桂浜に来て最初に龍馬像に”あいさつ”する。次に龍馬記念館で手紙を読み龍馬の内面に触れる。最後に浜に立ち太平洋の風を身体に受けよう。心も身体も龍馬と一体になる。人生節目の相談は,苦しいものも泣きたいものもあるだろう。龍馬はそんな相談に一件ずつきちんと対応している。その証拠に,「拝啓龍馬殿」のポストに残されたメッセージを読むと,相談者が100パーセント問題を解決しているのがわかる。「元気をもらいました」「決心がつきました」「ありがとう」「行き詰まったらまた来ます」・・皆さん人生のハードルを確実に越えて行く。
 平成11年こんなメッセージを残された83歳の男性がいる。「おまさんの思いよった腐った日本をもう一度洗濯せんといかんようになってきたぜよ」”おまさん”とは土佐弁で「貴方」の意味。つまり龍馬のことである。それから10年経って先の本に掲載させていただくために取材をした。彼は白く伸びたあごひげをしごきながら,私に懸命に戦争の悲惨さを訴えた。「政治には気をつけよう。国民を戦争に連れて行くから」そう繰り返した。龍馬について最後に私の質問にこう答えた。
 「龍馬? リュウマ はわしの血じゃ」。
 龍馬が今も生きているのが「拝啓龍馬殿」を読むとわかるのである。

20周年に向けて・次のステップへ

 1年後の2011年,館は開館20年を迎える。入館者は260万人を越える勢いである。先行き不透明な現代,龍馬人気はますます過熱していくだろう。当然館としては増加する龍馬ファンの期待にどう応えていくか,大きな節目である。その,柱になるのが昨年立ち上げた「高知県立坂本龍馬記念館・現代龍馬学会」と思っている。龍馬好きが歴史的に研究するばかりでなく,発表はもちろん龍馬の志,行動を現代にどう生かし実行できるかそこに挑戦する団体と位置づけている。全国の会員は現在90人。年代,職業など問わず志ある者であればだれでも入会できる。基本は年一回の総会・発表会。毎月の例会が基本だが,坂本龍馬記念館の機関紙「飛騰」=1年に4回発行=に現代龍馬学会のページを新設した。さらに,毎年現代龍馬学会の紀要も発行する。月例会報告は館のホームページで紹介している。発足したばかりで,まだ,足元定まらぬところもあるが,2年,3年と経験をつんでいくことが実力につながると信じている。
 第一回学会の宣言文の締めくくりは「-龍馬が夢見たもの,それはヒューマニズムに根ざした新しい日本の建設だった。道義が廃れ,理想が失われつつある現代,龍馬の意志と情熱を受け継ぎ,私たちの時代と社会を見つめなおしていきたい-」であった。
 自らに言い聞かせる意味も込めて,あえてご紹介する。

高知県立坂本龍馬記念館Webサイトico_link