社会科教室
(小・中学校 社会)

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調査研究成果の情報発信と、人づくり・地域づくり
2009.10.14
社会科教室(小・中学校 社会) <Vol.53>
調査研究成果の情報発信と、人づくり・地域づくり
島根県立古代出雲歴史博物館 Backyardより
学芸部 主任研究員 錦織稔之

社会科教室No.53 表紙

はじめに

 島根県立古代出雲歴史博物館は,オオクニヌシを祀る高大な「大社造」本殿で知られる出雲大社の東隣に,平成19年3月に開館したばかりの新しい博物館である。ただ,そのベースは,前身となる島根県立博物館での昭和34年以来の学芸業務の経験と,平成4年に開設した島根県古代文化センターにおける調査研究成果の積み重ねにより培われてきたものである。

調査研究の成果を発信する「展示」

 当館の運営の核となる展示部門は,〈総合展示〉〈テーマ別展示〉〈神話展示〉からなる《常設展示》と,数か月サイクルで企画展等を行う《企画展示》で構成される。いずれも,当館および島根県古代文化センターの専門職員が主体となって進めている調査研究の成果を,展示に反映させることで情報発信していくことをねらいとしている。ここでは,《常設展示》について,そのテーマ構成および主な展示品について概説する。
 〈総合展示〉では,原始・古代から近現代に至るまでの島根県の歴史と文化を通史的に紹介している。中でも,「弥生の巨大王墓」,「古代出雲の玉作り」,「石見銀山」,「たたら製鉄」の4テーマについては,トピック的に大きく扱い,体験模型なども加えてわかりやすく展示している。
 まず,「弥生の巨大王墓」とは,弥生時代後期に出雲市を中心として島根県から富山県に至る日本海側に広く築造された「四隅突出型墳丘墓(よすみとっしゅつがたふんきゅうぼ)」と呼ばれる巨大墳墓のことである。古墳出現以前の墳墓としては,岡山県倉敷市の楯築(たてつき)墳丘墓に次ぐ規模のものが出雲市の西谷(にしだに)墳墓群に集中する。ここでは,出土遺物とともに,西谷3号墓の1/25復元模型を展示し,この地における独特な墓制についてわかりやすく紹介している。
 「古代出雲の玉作り」とは,「玉造(たまつくり)温泉」の名で地名が今に伝わる松江市南部を中心として,弥生時代から平安時代にかけて大量に生産された勾玉や管玉についての展示である。古代,この地では,赤色のめのうや濃緑色の碧玉(へきぎょく)を石材に,独自の技法で「出雲ブランド」とも言える品質の玉製品を作り出していた。そして,古墳時代も後期になると全国最大量を産出するまでになる。ここでは,県内の古墳から出土した優美な勾玉・管玉を中心に,玉作工房跡から出土した道具や未成品の数々も並べ,品質とともに製作技術の変遷も理解できるように展示している。
 「石見銀山」は,平成19年に世界遺産(文化遺産)に登録され,その歴史的,文化財的価値が世界に認められた鉱山遺跡である。ここでは,遺跡の紹介とその産物である銀製品などを展示しているが,中でも必見は,正親町(おおぎまち)天皇の即位に際して毛利元就が献上した「御取納丁銀(おとりおさめちょうぎん)」と,豊臣秀吉による文禄の役に際して造られたとみられる「文禄石州(ぶんろくせきしゅう)丁銀」である。さらに,1595年にポルトガルで製作された「ティセラ日本図」には,石見の位置に「Argenti fodinæ」(銀鉱山)と記されており,当時,石見銀山がヨーロッパにまで知られていたことがわかる。
 「たたら製鉄」は,宮崎駿アニメ『もののけ姫』でも象徴的に描かれている日本古来の製鉄法であるが,島根県は明治時代初期の統計によると全国生産の52%を占めるほどの鉄生産地域であった。NHKの『プロジェクトX』でも特集されたように,今日でもなお奥出雲町においては全国で唯一たたらが操業され,美術刀剣用の鉄素材「玉鋼(たまはがね)」が生産されている。ここでは,たたらの技術革新の変遷を紹介するとともに,実物大の天秤ふいごを再現し,実際に足踏みをして炉に風を送り込む体験ができるようにしている。
 〈テーマ別展示〉は,島根県の歴史や文化の中でもひときわその特性が顕著な,「出雲大社と神々の国のまつり」,「出雲国風土記の世界」,「青銅器と金色の大刀」の3テーマを大きく取り上げた展示構成としている。
 「出雲大社」は,現在でもその本殿は24mもの高さを誇り,特徴ある「大社造」の典型として国宝に指定されているが,平安時代に記された『口遊(くちずさみ)』には,「大屋」として,「京三」(平安京・大極殿が第三),「和二」(大和国・東大寺大仏殿が第二)よりも上位の「雲太」(出雲国・出雲大社が第一)と記され,また,伝承では「中古16丈」(48m)とあるなど,古代においては空前の高層神殿であったかのごとく伝えられていた。それが,平成12年に現本殿のやや南の地下から杉の巨木を3本束ねた直径3mlにも及ぶ巨大柱が出土した(年代測定により鎌倉時代の本殿柱と判明)ことから,それらの伝承が事実に基づくものとの可能性がにわかに高まってきた。ここでは,その古代本殿の1/10想像復元模型や,出土した実物の巨大柱を展示している。
 「風土記」とは,奈良時代に全国六十余国で編纂され,朝廷に提出された地誌であるが,現在その原本はすべて失われ,写本が伝わっているものですらわずか5か国しかない。その5か国の風土記の中でも最も完本に近い形で伝わるのが『出雲国風土記』である。ここでは,江戸時代前期の写本とともに,今は失われた成立期の姿を綿密な研究の末に上下2巻の巻子本として復元している。また,『出雲国風土記』に記された「朝酌(あさくみ)の市」の情景を実物大で再現している。もちろん店先に並ぶ商いの品々は,いずれも同書に記された産物をもとにしている。
 「青銅器と金色の大刀」は,まるで「国宝の間」と呼ぶに価する空間であろう。まずは斐川(ひかわ)町荒神谷(こうじんだに)遺跡から出土した銅剣358本(全国最多)・銅矛16本(全国最多)・銅鐸6個の,圧倒的な数量を誇る国宝青銅器群である。昭和59年から翌60年にかけて発見されたこれらの青銅器群は,それまでの古代出雲観や青銅器についての認識を大きく塗り替えた。「神話の舞台 出雲」と呼ばれる割にはそれを裏付けるような考古資料が少ないという否定的な見方が覆され,また近畿を中心とする銅鐸文化圏と北九州を中心とする銅剣・銅矛文化圈の合間の「青銅器空白地帯 出雲」という学界の通説までもが見直しを余儀なくされた。さらに,平成8年には雲南市加茂岩倉(かもいわくら)遺跡から39個もの銅鐸が出土する。この数量も,滋賀県野洲市大岩山遺跡出土の24個を越え,全国最多出土数となり,それらもまたすべて国宝に指定された。よってこの展示空間には,実に404点もの国宝が所狭しと並んでいる。
 その他にも,このコーナーには,卑弥呼が魏に使いを送ったとされる「景初三年」(239年)の銘文をもつ雲南市神原(かんばら)神社古墳出土の三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)(重要文化財)もある。同年の記銘をもつ銅鏡は,全国でもまだ2例しか見つかっておらず,卑弥呼が魏より授けられた「銅鏡百枚」との関連性が窺(うかが)われて興味深い。また,古墳出土の大刀としては,奇跡と言えるほどの輝きと状態を保つ安来市かわらけ谷横穴墓出土大刀(重要文化財)なども必見の展示品である。
 「神話展示」では,『古事記』や『出雲国風土記』に描かれた出雲を舞台とする神話の数々を,絵画や神楽衣裳などの実物資料とともに,大型シアターによる迫力ある映像でリアルに,楽しく現出している。これを観れば,スサノオによる八岐大蛇(やまたのおろち)退治のありさまや,オオクニヌシが因幡(いなば)の素兎(しろうさぎ)との出会いから出雲の国主となり,そしていかにして出雲大社に祀られるようになったのかという過程が,わかりやすく理解できるようになっている。

人と地域づくりの「博学連携プログラム」

 続いて「博学連携プログラム」について触れたい。その前に,まずはこのプログラムの前提として,当館は条例により,小・中・高およびそれらに準ずる学校団体が,社会科や総合的な学習,遠足,研修旅行などの教育課程に基づく活動で利用されると,観覧料が全額免除となるようになっている(※事前に「観覧料減免申請書」の提出が必要)。そして,その上で,単なる自由見学にとどまらない,様々な学習プログラムを提供している。
 大きく2つのコースからなるが,まず1つは「講義室コース」と名づけ,当館の展示テーマに即した島根の歴史・文化についての講話をおこなっている。また,もう1つは「体験工房コ-ス」と呼び,体験活動を取り入れながら体感的に歴史や文化を学んでもらおうとするものである。そのメニューは次のようなものである。

「講義室コース」

「体験工房コース」

 (1)弥生時代の青銅器

 (1)火おこし体験

 (2)古墳と副葬品

 (2)プラスチック製銅鐸作り

 (3)出雲大社

 (3)石こう製銅鐸作り

 (4)『出雲国風土記』

 (4)合金製和同開珎作り

 (5)仏像の歴史

 (5)勾玉作り

 (6)石見銀山

 (6)土笛作り

 (7)近世出雲の藍染め

 (7)土偶作り

 

 (8)藍染め体験

 これらのプログラムの利用率は極めて高く,平成20年度の集計では,全来館校110校のうち,実に67%に相当する74校にも及んでいる。そして,嬉しいことに,このプログラムを利用した学校のリピート率は,自由見学のみの学校のそれと比較すると,かなりの割合で高くなっている。つまり,これらのプログラムを利用した学校から概ね満足な評価を頂いていると見え,それが翌年のリピートにつながっているものと感じ取れる。
 この他,遠方であるなどの理由で博物館に足を運ぶことが困難な学校に対しては,「心に残る文化財子ども塾」と銘打つ出前授業をおこなっている。これは当館の専門職員のみならず,古代文化センターや埋蔵文化財調査センター,石見銀山世界遺産センターの専門職員も含めての,島根県教育委員会内の全文化財関係機関でおこなっている教育普及事業である。県最西部の益田市や津和野町,島嶼部の隠岐の島町の学校など,年間30校に出掛けて行き,文化財を活用した授業をおこなっている。

おわりに

 以上,当館の「展示」と「博学連携プログラム」について述べてきたが,これらはいずれも,当館における運営上の大きな柱となっている。「島根の特色ある歴史・文化の調査研究と成果の発信」,「歴史と文化を生かした人づくり,地域づくりへの貢献」を当館は使命に掲げ,日々の運営・活動に取り組んでいる。