学び!とシネマ

学び!とシネマ

タレンタイム~優しい歌
2017.03.24
学び!とシネマ <Vol.132>
タレンタイム~優しい歌
二井 康雄(ふたい・やすお)

(c) Primeworks Studios Sdn Bhd

 北朝鮮とも友好的な国、マレーシア。4年ほど前に、「シネ・マレーシア~マレーシア映画の現在~」という映画祭で、マレーシア映画をまとめて見る機会があった。多民族国家らしく、幅広い題材、テーマに驚いた。滅びゆく伝統文化への敬意や、都会に出た若者たちを待ち受ける過酷な現実、貧しい漁村に暮らす父と息子のそれぞれの恋愛などなど、多彩なジャンル、テーマで、見応えある映画が多かった。
 日本のいろんな映画祭などで上映され続けてきたマレーシア映画の傑作「タレンタイム~優しい歌」(ムヴィオラ配給)が、このほど一般公開となる。作られたのは、2009年。マレーシアの女性映画監督、ヤスミン・アフマドの長編映画の遺作である。
 「タレンタイム」とは、「タレント」と「タイム」がくっついた造語と思われるが、いわば、高校生たちの歌や演奏、踊りなどのコンテストのことである。
 ある高校。校長らしい女性のアディバ先生の発案で、久しぶりに「タレンタイム」の開催が決まる。高校には、成績優秀なハフィズが転校してきたばかり。ハフィズはマレー人のムスリム(イスラム教)である。女生徒のムルーは、祖母がイギリス系で、父はイギリス系とマレー系の混血になる。開放的で裕福そうな家庭で、中国系のメイドを家族同様に扱っている。マヘシュは、インド人でヒンドゥー教徒。幼い頃に父を亡くし、いまは母親と姉の3人暮らし。耳の聞こえない障がいがあるが、母の弟になる叔父に可愛がられている。ハフィズが転校してくるまでは、クラスでいちばんの成績だったカーホウは中華系。成績が下がったために、父からこっぴどく叱られる。二胡の演奏に長けていて、ムルーにひそかな想いを寄せている。

(c) Primeworks Studios Sdn Bhd

 オーディションが始まる。アディバ先生のお眼鏡に叶ったのは、ピアノの弾き語りのムルー、二胡で「茉莉花」という曲を演奏するカーホウ、自作の曲をギターで弾き、唄ったハフィズたちである。生徒たちがオーディションの合格結果を知らせる。ムルーの家に結果を届けたマヘシュは、自宅に戻る。なんと、結婚披露宴の最中だった叔父が、葬式をしている隣人ともめて、殺害される。ヒンドゥー教のマヘシュの母は、弟を殺したイスラム教徒を憎むばかりで、食事もしない日々が続く。
 「タレンタイム」の本番に向けて、みんなの放課後の練習が始まる。練習の送り迎えも、生徒たちが分担する。ムルーの送り迎えは、合格通知を届けたマヘシュである。ムルーは、挨拶をしてもまったく返事をしないマヘシュに腹をたてるが、耳が聞こえないことを知って以来、ムルーは、マヘシュに牽かれていく。ムルーの家族は鷹揚で、マヘシュがインド系、ヒンドゥー教、耳が聞こえないことなど、まったく気にしないで、マヘシュを受け入れる。
 ハフィズの母は、脳腫瘍で入院している。母のそばには、見知らぬ男性患者が、まるで天使のように寄り添い、「神の御心を」などと語りかける。天使は、ハフィズの母に、イチゴを差し出す。まるで、天国に誘うように。
 ムルー、マヘシュ、ハフィズ、カーホウの、それぞれの家庭環境が巧みにモンタージュされながら、いよいよ「タレンタイム」の本番がやってくる。

(c) Primeworks Studios Sdn Bhd

 高校生たちの青春がみずみずしく描かれた映画でもあるが、単なる若者たちの音楽物語ではない。ここには、マレーシアという国の、さまざまな現実が活写されている。映画の言語も、マレー語、タミル語、英語、広東語、北京語と多彩で、マレーシアがいかに多民族、多宗教国家かが分かる。そこに、母と息子、母と娘、姉と弟、父と娘たちといった、さまざまな家族のつながり、葛藤が盛り込まれる。
 劇中とエンド・クレジットで、「おお、愛しい人よ」という歌が唄われる。「残り火の上を裸足で歩いているかのよう 見知らぬ人に育てられたかのよう 連れていってくれ あなたの元に 偏見だらけの世界は 僕の永遠の敵 大切なあなた 愛しい人よ」。
 世界のさまざまな偏見を洗い流すかのように、ドビュッシーの「月の光」が、なんども流れてくる。国家間の諍いを静めるかのように、バッハの「ゴールドベルク変奏曲」が流れてくる。
 女性監督ヤスミン・アフマドの言葉が映画の資料にある。「私は国境がきらいです。私は人間と人間とを恣意的に分断することがきらいです。…私たちは、何か成果を出そうとしていると、つい基本的な人間の資質である優しさや思いやりを忘れてしまいます。コマーシャルであろうと映画であろうと、私が作る映画には、そうした感情をいつも描こうとしています」。また、「私にとって映画は、人間に、人間であることを思い起こさせてくれる、格好の機会を与えてくれるものなのです」とも。
 マレーシアという国だけのことではない。いまほど、寛容、思いやり、共感が必要な時代はないのではないか。監督の、「タレンタイム~優しい歌」に託した想いは、監督の死後、8年を経てもなお、説得力じゅうぶん、世界に通用することと思う。

2017年3月25日(土)より、シアター・イメージフォーラムico_link、4月シネマート心斎橋ico_linkほか全国順次公開

『タレンタイム~優しい歌』公式Webサイトico_link

監督・脚本:ヤスミン・アフマド
撮影:キョン・ロウ
音楽:ピート・テオ
出演:パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル・キショールほか
原題:Talentime/2009/カラー/115分/マレー語・タミル語・英語・広東語・北京語
配給:ムヴィオラ