学び!とシネマ

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草原の河
2017.04.27
学び!とシネマ <Vol.133>
草原の河
二井 康雄(ふたい・やすお)

©GARUDA FILM

 およそ人間は、いろんな場所で生きている。中国のチベット。ところどころ、緑の草原があり、小さな河がある。冬、河は凍りつく。映画「草原の河」(ムヴィオラ配給)は、過酷な自然のなかで、牧畜を営むチベット人家族の日常を淡々と描く。
 一昨年、2015年の東京国際映画祭で、「ワールド・フォーカス」部門で上映され、長く公開が待たれていた。
 子が親を想う。親が子を想う。その表現に違いはあるが、愛し、慕い、ときには憎むこともあるが、その想いは、国や民族が異なっていても、さして変わることはない。
 冬の終わり。まだ6歳の娘ヤンチェン・ラモ(ヤンチェン・ラモ)は、母親ルクドル(ルンゼン・ドルマ)に、近く、赤ちゃんができることを知る。まだ乳離れのできないヤンチェンは、これから生まれてくる赤ちゃんに、母親がとられるのではないかと心配である。
 ヤンチェンの父親グル(グル・ツェテン)は、4年ほど前のある出来事から、ヤンチェンの祖父である自分の父を、許せないでいる。グルの父は、かつて仏教の修行に励み、いまなお、修行のために、村から離れた洞窟にひとりで住み、村人たちから、行者さま、と呼ばれている。

©GARUDA FILM

 春のはじめ。行者さまが体調を崩す。村人たちは、行者さまの見舞いに行く。グルもルクドルに促され、ヤンチェンを連れて洞窟に向かうが、父とは会おうとせず、ヤンチェンだけを祖父に会わせる。
 砂漠化が進行しているせいか、夏の放牧地への移動がまだ早すぎるころに、グルたち一家は、夏の放牧地に移動する。夜、狼が羊を襲う。ヤンチェンは、母を亡くした子羊を、ジャチャと名前をつけて、可愛がって、育てる。
 畑に種まきをする。訪ねてきたヤンチェンのおじさんは、ヤンチェンの祖父と同じ寺で修行をしていて、改革開放のいまなお、修行に励むのを、立派だと誉めたたえる。
 夏。いろんな家族が放牧地にやってくる。ヤンチェンは、まだ、乳離れしないでいる。ある日、ジャチャがいなくなってしまう。グルはヤンチェンをオートバイに乗せて、ジャチャを探しに行く。
 収穫の秋がやってくる。ヤンチェンにとっては、たいへん辛く、悲しいことが起きる。
 ヤンチェン、その両親、祖父と、三代にわたる家族の様子を、草原の河は、じっと見つめている。

©GARUDA FILM

 いまは、草原をオートバイで駆ける。確実に時代は移り変わっていく。およそ文明とはあまり縁のない場所とて、近代化の波は押し寄せている。国の政策で、その暮らしぶりにも、変化が訪れようとしている。文革を経て、改革開放となる中国のいまである。チベットと中国との複雑な関係も存在する。
 父と息子、息子とその妻と娘がいる。標高3000メートルを超える草原である。冬の寒さは半端ではない。放牧民として暮らすことは、決してラクなものではないだろう。過酷な自然との闘いでもある。そして、どこにいても、人は生きていこうと必死である。
 チベットのどこかが舞台であるが、映画は、青海省の同徳県で撮影された。ここは、監督のソンタルジャや、ヤンチェン役のヤンチェン・ラモ、父親役のグル・ツェテンの生まれ故郷である。チベット人の暮らしを、チベット人の視点でとらえる。映画にリアリティがあるのも当然のことだろう。
 チベット人監督の手になる映画が、日本で一般公開されるのは、これが初めてである。ヤンチェンを演じたヤンチェン・ラモは、監督の遠縁にあたる少女である。撮影当時、まだ6歳。映画に出るのは初めてだが、いたいけで、けなげな役どころを堂々と演じる。
 自然、人、暮らし。しんみり、だが、ほのぼの。さまざまな思いにかられる映画だ。

2017年4月29日(土)より、岩波ホールico_linkにてロードショーほか全国順次公開

『草原の河』公式Webサイトico_link

監督・脚本:ソンタルジャ
撮影:王 猛
出演:ヤンチェン・ラモ、ルンゼン・ドルマ、グル・ツェテンほか
原題:河/英語題:River/2015年/中国映画/チベット語/98分/DCP/ビスタサイズ/ステレオ/映倫区分:G
配給:ムヴィオラ