線 Line(小学校 書写)

線 Line(小学校 書写)

国語科書写への期待と課題
2011.05.31
線 Line(小学校 書写) <No.02>
国語科書写への期待と課題
言葉と体験 リアリティと想像力を育む書写教育
萱のり子

line_02

 「書写」の授業は、「手本を見て、真似るだけ」と捉えられている実態をよく耳にします。子どもたちからだけでなく、教員の方々からもです。真似ることが目的をもって意識的に行われていれば良いのですが、そうでなければ退屈な作業になってしまいます。文字や言葉に接して、子どもたちにワクワクする感覚が起こってくれば、「書写」はきっと楽しくなるはずです。そこで本稿では、「書写」の隠れた持ち味を二つ述べてみたいと思います。一つは、コミュニケーションとしての書く行為について、もう一つは、「見て書く」ことの中に凝縮されている多様な力についてです。
 「読む」「書く」「聞く」「話す」ことは、言葉を運用する大きな柱となっています。言葉の学習は、これらが相互に関連しながら進められることで、それぞれの能力もいっそう発達していく可能性があります。しかし、あまりそれらの関連に配慮されなくなると、困った事態が生じてきます。たとえば、「読み」「書き」する能力は優れているのに「聞く」「話す」ことができない、ということが起こります。形に現れるものによって学習評価が行われるようになると、テストの成績は優秀なのに、日常生活では人とのコミュニケーションがはかれない、といった傾向の子どもたちが現れてきます。
 こうしたことを振り返ってみると、学習の根っこにあるべき「言葉と体験」の結びつきが乏しくなっているのではないかと思われます。身振り手振りや、泣き笑いの表情は、最も根源的な言語です。生まれたばかりの赤ちゃんは、言葉を話したり書いたりすることができませんが、泣いたり笑ったりします。身近な人との関わりの中で、しだいに子どもは言葉を覚え、発するようになります。こうして覚えていく言葉には、自らの五感を介した学びが不可欠です。学校に通う年齢になれば、子どもたちの体験は多岐にわたり、学ぶ言葉も複雑になります。そうなると、言葉の学習はつねに自らの経験に直結するものばかりではなくなってもきます。学習すべきことが多くなり、しだいに言葉は自身の体験を離れていってしまうのではないでしょうか。ここでいう「体験」は、「体感」や「リアリティ」という言葉で置き換えても良いかもしれません。
 本来、言葉は伝え合い、理解し合うという相互の意識がなければ発達してこなかったものです。話す言葉は、聞き手があってはじめて成立するように、書く言葉も、読み手があってはじめて成り立ちます。つまり、言葉はコミュニケーションの道具であると同時に一人一人のリアリティを支えている最も大事なものであることがわかります。
 さて、ここで改めて「書写」の役割を考えてみます。書き言葉の成立するずっと以前から話し言葉があったことを考えると、なぜ人は話したり聞いたりするだけではなく、「書こう」としたのかということが不思議に思えてこないでしょうか。何もないところから、人々が工夫をこらし、たくさんの人たちと理解し合えるシステムをつくりあげてきたということを想像するだけでも、文字に対する捉え方は変わるように思います。文字が考案され、運用され、伝えられてきたからこそ、私たちは同時代人とのみならず、過去のたくさんの人たちともコミュニケーションができるようになります。タイムカプセルに乗って、書くことを通してのリアルな体験ができるのです。
 文字の「形」の不思議に出会うことも、ワクワクするような場面になります。「国語」で新しく学習する漢字は、誕生してから現在までにどのように姿を変化させてきたのでしょうか。漢字と交えて使っている平仮名の形はなぜ曲線が多いのでしょうか。片仮名の形はなぜ直線が多いのでしょうか。これら字形にまつわる「なぜだろう」に目を向けるだけで、昔と今はつながります。国語学習の深まりにもつながっています。
 実際に書く場面ではどうでしょう。文字の組み立て方を学ぶには、書かれている文字の形に含まれている要素(点画)どうしがどのような関係にあるかを感知しなければなりません。「見て書く」ときには、認知力、観察力、判断力、調整力、など様々な能力が要求されます。そして何より、書写は、指先を通して感知する能力をもとにしている点で、子どもたちの身体感覚とダイレクトにつながっています。書こうとする内容を考え併せることによって、書くことは五感を通した「表現」となります。逆にいうと、「書写」を通して、様々な能力を引き出し結びつけていくことが可能になるのです。
 「書写」は、単なる書き方教育ではありません。新しい教科書では、そうした着眼点をできる限り示すよう努めました。現場の先生方の豊かな言葉と体験をもとに、子どもたちのリアリティをくみ上げる、ユニークで楽しい授業を展開していただきたいと願っています。

萱のり子
大阪教育大学教授。奈良教育大学特設書道科卒業、同大学院修士課程(美術教育)修了、大阪大学大学院博士課程(芸術学)単位取得退学、文学博士。