線 Line(小学校 書写)

線 Line(小学校 書写)

時代のなかで…
2012.08.02
線 Line(小学校 書写) <No.03>
時代のなかで…
大阪城南女子短期大学 非常勤講師 関岡昌子

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 書いた文字に対して上手・下手という言葉をつかう。あえてちがいをいうならば、そこに心をそえて書いたかどうかである。心をそえるとは、誠実に落ちついた気持ちで筆記用具を手にとり文字を書くことである。
 生涯現役で百歳の天寿を全うされた新藤兼人映画監督は、シナリオを書くとき原稿用紙に向かって「鉛筆で紙に文字を書き刻んでいく」といっておられた。
 うれしい、悲しい、ありがとう、じんわりと湧きでてくる感情を紙に向かって自分の手で書き刻んでいく。そんな折々に書いた文字は、そのままの意(こころ)を紙の上からすごい力で発散してくれる。時間を経ても、その文字から何かが伝わってくる。
 東京原宿の歩道橋で、携帯電話を高く掲げてビルの屋上に建つめずらしい看板を写している女子学生に出会った。と同時に、句をよんで携帯電話にプッシュしていた。私は感動してインタビュー(笑)してみた。女子学生は「携帯電話は私にとって昔の人がよんで書いた短冊のようなものでしょうか」といった。「短冊」という言葉が女子学生の口から語られたことに私はとびあがるほどうれしかった。有り難い気持ちさえした。その時もう一押し滑舌よろしき大阪のおばちゃんになって「家に帰ったら、携帯電話にメモった『マイポエムイン原宿』を紙に肉筆で書いてみてください」といえばよかった。わかれた後でいわなかった自分を悔いた。
 戦場カメラマン渡辺陽一さんは、子ども時代に人生の師と仰ぐ先生から「速くなくていいから字を丁寧に書きなさい」と十二年間ずっといわれ続けて指導をうけたといっていた。その教えは、文字のみならずその後の人生、仕事の大きな軸になっているということだ。
 とかく子どもたちには「はやくしなさい」「サッサとしなさい」「まだすんでいないの」とくり返しいってしまう昨今である。書写の時間では、「速く書かなくてよろしい」「ゆっくり丁寧に書くように」という言葉をかけてあげたい。書写の教科書には生き生きとしたエネルギーが伝わってくるような文字をのせたい。盛り込みの多い内容よりもゆっくり丁寧にとりくむことができるような編集をしていくことが、今の私たち大人に課せられた大きな課題である。