学び!とシネマ

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チャンドマニ ~モンゴル ホーミーの源流へ~(2009年・日本、モンゴル)
2010.03.01
学び!とシネマ <Vol.47>
チャンドマニ ~モンゴル ホーミーの源流へ~(2009年・日本、モンゴル)
様々な伝統音楽と二人の旅が交錯するドキュメンタリードラマ
二井 康雄(ふたい・やすお)
(C)2009 FLYING IMAGE All Rights Reserved.

(C)2009 FLYING IMAGE All Rights Reserved.

 「チャンドマニ ~モンゴル ホーミーの源流へ~」(FLYING IMAGE配給)を見た。
 かつて沢木耕太郎は、ユーラシアをバスで旅したときの紀行「深夜特急」を書いた。映画「チャンドマニ」は、まるで「深夜特急」を読んでいるような快感。景色が、音楽が、匂いが、住む人の息づかいが、しっかり伝わってくる。
 映像作家 亀井岳が旅をする。登場人物も旅をする。だから、観客たちも映画とともに旅をする。そこから受け手である観客は、まだ行ったことも見たこともない土地なのに、不思議な既視感を覚える。
 映像の力は鋭い。本作は、主にモンゴルの伝統芸能や音楽の周辺が描かれているが、モンゴルで暮らす人たちのさりげない日常が、短いシーンの中で丹念に表現されている。

(C)2009 FLYING IMAGE All Rights Reserved.

(C)2009 FLYING IMAGE All Rights Reserved.

 若者二人が、モンゴルのウランバートルから、喉で音楽を奏でるホーミー(喉歌)という奏法の発祥地チャンドマニまで旅をする。チャンドマニは、ウランバートルの真西、1500キロ以上も離れたホブド県にある村。ホーミーは、遊牧民たちが自然の中で、喜びや哀しみをあらわす、いわば人間楽器だ。
 映画に出てくるいくつかの歌は、山や河に湖、馬や羊、鳥、草花など、自然との関わりを歌ったものばかり。
 映画は、劇的な、大きなドラマではない。モンゴルの雄大な自然と、さまざまな人の暮らす様子がドキュメント・タッチでスケッチされる。これが、ひたすら美しい。青い空、朝焼け、黄金色の草原、雪の平原、遊牧民が羊を追い込む姿…。

 ウランバートルで働いているザヤーは23歳。ザヤーの故郷は、ホブド県のチャンドマニ村。父ダワージャブは遊牧民で、ホーミーの奏者として国から勲章を受けるほどの腕前である。もちろんザヤーも、幼いころからホーミーを身につけている。今日も、アパートの屋上で故郷のチャンドマニを思い、ホーミーを奏でる。
 ダワースレンは、ウランバートルの芸術大学にいるころから、モンゴルの民俗音楽劇団のトゥメン・エフ劇場に出ている。笛とホーミーを担当、もう6年になる。ザヤーとは、ほぼ同じ年代である。劇団の先輩たちが、正月休みをどう過ごすかの話をしている。「ホーミーの故郷、チャンドマニへ行くべき」と。耳を傾けるダワースレン。

 ザヤーは、ウランバートルの北で遊牧をしている、幼なじみのアイナに会いにゆく。共に歌い、語る。「ホーミーには風が吹くところがいいのさ」と。
 ダワースレンは、幼い子供と妻の三人暮らし。先輩たちの話から、チャンドマニに行くために、ホブド行きを決める。正月、飛行機のチケットが取れない。小さなバスで、丸二日かけて行くしかない。
 ウランバートルに戻ったザヤーは、故郷のチャンドマニに帰る決心をする。小さなバスがチャンドマニに向かう。遊牧民のザグトが、イケルという弦楽器を説明して、イケルを弾く。イケルは、馬の走り方を表現する。もちろん舞曲も。
 バスは、まっすぐな道をチャンドマニに向けて走る。雪に埋もれた道を走る。ザグトが馬頭琴を弾き、歌う。「四季にわたって、草花が咲き乱れて、風にゆれている」と。

(C)2009 FLYING IMAGE All Rights Reserved.

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 ドゥゲルは85歳。モンゴルの長唄オルティンドーを歌う。18歳のころから歌っている。「遠い土地から、駈けてきた、輝く黄色い、馬に乗ってよ、やっと着いたと、いななけば、あんなに遠い、アルタイ山だ」と。
 バスは雪の中でエンスト。乗客みんなでバスを押す。
 ドゥゲルの歌うオルティンドーが続く。「白檀香る、林の中、若い鹿が、いるようだ、手綱めぐらせ、ふりかえりゃ、あんなに遠い、アルタイ山だ」。もはや、トゥゲルの歌は祈りである。「楽しく幸せにお過ごしあれ」と。
 ザヤーは、家にたどり着く。お正月の準備が整っている。

 ホブド歌劇場。歌い手のセンゲドルジがツォールという笛を吹く。大した音は出ない。ところが、ホーミーを奏でながらツォールを吹くと、これが複雑だけれど、なつかしい音楽。
 カザフ族の歌い手、ラミャが歌う。「幼いころに歌った歌、アルタイ山脈に生まれた、白鷺は夜明けまでに目覚めた、雪山近くの山腹に生まれた、いとしの故郷、いとしの故郷」と。
 ザヤーは、故郷チャンドマニで、再び遊牧民に。ダワースレンは、ホーミーの源流を訪ねて、さらに西に向かう。ともに、ホーミー奏者であることを知らないで。 
 そして心ふるえるラストシーンが用意されている。

 映画「チャンドマニ」の映像、音楽は、素朴で心洗われる。そして、モンゴルの人たちの暮らしを、ただ、静かに記録するだけである。

2010年3月20日より、渋谷アップリンクico_linkほか全国順次公開!

「チャンドマニ ~モンゴル ホーミーの源流へ~」公式Webサイトico_link

監督・脚本・編集・制作:亀井 岳
撮影:古木洋平
出演:ダワースレン、ザヤー、ダワージャブ、センゲドルジ ほか
2009年/日本・モンゴル/DV/96分/カラー/モンゴル語
配給:FLYING IMAGE