学び!とシネマ

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マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年
2017.12.21
学び!とシネマ <Vol.141>
マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年
二井 康雄(ふたい・やすお)

©HEELS ON FIRE LTD 2017

 「初心忘るべからず」という。1942年、スペイン領カナリア諸島のラ・パルマ島、サンタクルスに生まれ育ったマノロ・ブラニクは、少年のころ、トカゲの足に、チョコレートの銀紙を巻き、「靴」を作ってやる。以降、靴のデザイナーを志して以来、マノロは、靴を作り続けている。トカゲに靴を作った少年は、大きくなって、トカゲの皮で靴を作り、いまなお、ミラノの工房で、ヒールにヤスリをかける。よくいわれるが、パン屋はおいしいパンを作り、靴屋は履きいい靴を作る。あたりまえのことだ。
 マノロのデザインした靴は、世界じゅうで有名で、多くの著名人が、その靴を絶賛する。ドキュメンタリー映画「マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年」(コムストック・グループ配給)は、マノロがどういった人物かを、本人と、本人を知る大勢の著名人が語る。その靴は、つとに有名だが、どういった人かは、あまり知られていないようだ。
 マノロは、気さくで、ユーモラス。洗練された物言いが、なんともチャーミングなのだ。マノロの生まれ育ったラ・パルマ島は、草花が茂り、あちこちにバナナ園がある自然豊かな島。マノロは、草花をいまなお愛し続けている。また、小さいころから、「ヴォーグ」や「ハーパーズ・バザー」といったファッション雑誌を愛読、雑誌に載ったセシル・ビートンの写真に魅せられる。

©HEELS ON FIRE LTD 2017

 マノロは14歳になる。父親の意向で、マノロは、スイスのジュネーブで教育を受ける。1964年、デザイナーを目指してパリに赴く。パリでは、ピカソの娘、パロマ・ピカソと出会い、仲良しになる。マノロに運命の出会いが訪れる。1965年、ニューヨークで、アメリカ版「ヴォーグ」の編集長だったダイアナ・ヴリーランドと知り合い、「靴のデザインに専念を」とのアドバイスを受ける。
 マノロは靴作りに専念する。さまざまな材料からヒントを得た、斬新なデザインの靴は、たいへんな評判になる。
 1968年のパリ。大きなデモが連続する。マノロは関心がない。「暴力もデモも嫌い」ときっぱり。1971年、憧れていたロンドンに渡る。翌年、チェルシーに靴店を開く。マノロの快進撃が始まる。
 マノロは、女性靴だけでなく、紳士用の靴も作る。俳優で、作家でもあるルパート・エヴェレットの靴は、ゼブラ柄のパンプスで、たいへんシンプルだ。
 1983年、マノロは、ニューヨークに進出。勢いは止まらない。「ヴォーグ」で大々的に掲載されたり、映画化もされたテレビドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」にも、マノロの靴が登場する。ソフィア・コッポラ監督の映画「マリー・アントワネット」に登場する靴もすべて、マノロのデザインだ。

©HEELS ON FIRE LTD 2017

 著名人が、さまざまな賛辞を送る。「もう他の人の靴は履かない」。「靴の帝王よ、永遠にね」。「彼は靴を生き物として扱う。靴は動物ではないし、人間でもない。マノロの生んだ生き物よ」。「彼は詩人で、ヴィジョンのある仕立師だ。ボードレールに勝るとも劣らない」。「スペインにおいて、20世紀の偉大な3人のうちの1人だ。ピカソとペドロ・アルモドバル、そしてマノロ・ブラニク」。賛辞が続く。「ヴォーグ」誌もまた、「足裏のゴッドファーザー」、「足裏の帝王」と書く。
 マノロの言葉が、ことごとく、いい。「考えたこともない、名声を得たいとか、人に知られたいとか」。「重要なことは三つ。素材の質。職人の技術。そして、どう組み立てるか」。「私は芸術家ではない。ただ靴を作っている男だ」。
 マノロは、映画を愛し、小説「山猫」を愛読し、庭の手入れをする。森羅万象、あらゆるものからデザインのヒントを得る。異なる文化を抵抗なく受け入れる。
 どのような職業に就こうと、初心を忘れないこと。それだけではない。映画「マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年」は、多くのことを示唆している。
 監督は、写真家、編集者、スタイリスト、イラストレーター、作家でもあるマイケル・ロバーツ。監督自身の手になるタイトルバック、劇中にはさまれるアニメーション、エンドロールが、ユーモアたっぷりで、楽しい。マノロ・ブラニクへの敬愛に満ちた映画の時間。学ぶこと多々。クリスマスの、これはすてきなプレゼントだろう。

2017年12月23日(土・祝)より、新宿ピカデリーico_linkBunkamuraル・シネマico_linkほか全国ロードショー!

『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』公式Webサイトico_link

監督・脚本:マイケル・ロバーツ
出演:マノロ・ブラニク、アンナ・ウィンター、リアーナ、パロマ・ピカソ、シャーロット・オリンピア、イマン、アンジェリカ・ヒューストン、ジョン・ガリアーノ、ソフィア・コッポラ、ルパート・エヴェレット
2017年/イギリス/89分/原題:Manolo: The Boy Who Made Shoes for Lizards
配給:コムストック・グループ
配給協力:キノフィルムズ