学び!とシネマ

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運命の子
2011.12.22
学び!とシネマ <Vol.69>
運命の子
二井 康雄(ふたい・やすお)
(C)Shanghai Film Group Co., Ltd. Shanghai Film Studio/TIK FILMS/Stellar Mega Films Co., Ltd./21 Century Shengkai Film

(C)Shanghai Film Group Co., Ltd. Shanghai Film Studio/TIK FILMS/Stellar Mega Films Co., Ltd./21 Century Shengkai Film

 「さらば、わが愛 覇王別姫」、「花の生涯~梅蘭芳~」と、チェン・カイコー監督は、中国伝統の京劇をテーマにした映画に優れた手腕を見せる。いずれもスケールの大きな傑作で、京劇のファンはもちろん、一般の映画好きを魅了し続けている。このほど公開の「運命の子」(角川映画配給・原題「趙氏孤児」)もまた、京劇で長く上演され続けているレパートリーだ。 
 原典は「史記」である。今から2000年以上も前に書かれた「史記」は、前漢時代の歴史家、司馬遷の纏めた中国初の歴史書で、紀元前90年頃に完成、全130巻からなる。伝説の黄帝の時代から、司馬遷の生きた漢代まで、ざっと1000年以上の歴史が綴られる。
 多くの人物が出てくる。皇帝、貴族から、一介の庶民、ヤクザのような人物に至るまでの栄枯盛衰の歴史を、多くの逸話とともに痛快に描く。決して、無味乾燥な歴史書ではない。今でも読み継がれているのは、おそらく、現代にも通じる普遍の真理が描かれているからと思われる。 

(C)Shanghai Film Group Co., Ltd. Shanghai Film Studio/TIK FILMS/Stellar Mega Films Co., Ltd./21 Century Shengkai Film

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 映画「運命の子」は、この司馬遷の「史記」の中の「趙世家」に基づくチェン・カイコーのフィクションだが、実在の人物が多く登場する。
 紀元前598年の春秋時代、晋の国の高官を務める趙一族が粛清される事件が起こる。趙一族は皆殺しにされようとするが、生まれてすぐの男の子が、母親、荘姫(ファン・ビンビン)の機転で生き残る。荘姫は、医師の程嬰(グォ・ヨウ)にわが子を託して自害、程嬰は、自らの子を犠牲にして、残された子を程勃と名付け、育てる。しかも程嬰は、なんと趙氏を滅ぼした武官、屠岸賈(ワン・シュエチー)に、程勃の後見を頼む。やがて屠岸賈は、程勃(8歳をウィリアム・ワン、15歳をチャオ・ウェンハオ)を溺愛するようになる。程嬰の狙いは、やがて、大きくなった程勃に真実を告げ、屠岸賈への復讐を果たすことだった。
 実の子ではないが、屠岸賈とて人間である。慕われ、武術を教えた子が可愛くない訳がない。情が移るのは当然である。成長した程勃は、出生の秘密を知り、悩むことになる。そして、事情を知った養父と息子は、現実に立ち向かうが…。 

(C)Shanghai Film Group Co., Ltd. Shanghai Film Studio/TIK FILMS/Stellar Mega Films Co., Ltd./21 Century Shengkai Film

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 中国の人気スターがずらりと顔を揃える。屠岸賈を演じたワン・シュエチーが、史実とは異なる残虐非業な武官と、養子を溺愛する養父の同一人物の複雑な性格を演じて、見事である。母親役のファン・ビンビンは、息を飲むほどの美女。最近では「孫文の義士団」、「新少林寺」でも、その美貌は輝いている。医師の程嬰を演じるグォ・ヨウは、中国で一番人気のある俳優。大ヒットした「狙った恋の落とし方」など、やはり中国で大人気の監督フォン・シャオガンのほとんどの映画に出ている。 
 戦闘シーンの迫力もさることながら、美しい風景が数多く映し出され、チェン・カイコーの美意識に見ほれる。
 見ていて思ったのは、日本の歌舞伎にも、子を犠牲にした演目が多いことだった。菅原道真の失脚事件を題材にした「菅原伝授手習鑑」の中の「寺子屋」や、伊達騒動を描いた「伽羅先代萩」、熊谷直実が恩に報いるために実子を犠牲にする「熊谷陣屋」など、忠義のために子を犠牲にする話は多い。古今東西、人を感動させるドラマの仕掛けは合い通じるのだろう。
 古い歴史の話ではあるが、世の理不尽さ、不条理は、いまなお存在する。虐げられ、恨みを晴らそうとすることもある。晴らせないまま、別の人生を選ばざるを得ないこともある。親も子も悲しみを背負い、それでも生きていく辛い現実がある。
 「史記」を読まれたり、京劇や歌舞伎、映画をいろいろとご覧になると、そういった様々な人生に遭遇することが出来るはず。フィクションではあるけれど、取りも直さず、このようなドラマは、人間の生きてきた歴史に基づいているのだから。

2011年12月23日(金・祝)より、Bunkamura ル・シネマico_linkほか全国順次公開

「運命の子」

監督・脚本:チェン・カイコー
原典:司馬遷『史記』
原作小説:陳凱歌「運命の子」(角川文庫刊)
出演:グォ・ヨウ、ワン・シュエチー、ファン・ビンビン、ホワン・シャオミン、ハイ・チン、チャン・フォンイー
2010年/中国映画/カラー/128分/ドルビーSRD
原題:趙氏孤児{SACRIFICE}
配給:角川映画