学び!とシネマ

学び!とシネマ

少年と自転車
2012.04.02
学び!とシネマ <Vol.72>
少年と自転車
二井 康雄(ふたい・やすお)
(c) Christine PLENUS

(c) Christine PLENUS

 ベルギーの監督ダルデンヌ兄弟は、ほぼ3年ごとに、映画を作り続けている。1996年の「イゴールの約束」、1999年の「ロゼッタ」、2002年の「息子のまなざし」、2005年の「ある子供」、2008年の「ロルナの祈り」と、その作品はどれも静謐なたたずまいで、貧しく、辛い立場にいる人たち、ことに恵まれない境遇の子供たちに向けるまなざしは、慈愛に満ちて、優しい。
 このダルデンヌ兄弟の新作が「少年と自転車」(ビターズ・エンド配給)だ。

(c) Christine PLENUS

(c) Christine PLENUS

 11歳の少年シリル(トマ・ドレ)は、児童養護施設にいる。シリルの願いは、自分を施設に預けた父親(ジェレミー・レニエ)と再会し、ともに暮らすこと。
 施設から、かつて住んでいた団地の家に電話をしても、つながらない。シリルは、学校を抜け出して団地に向かうが、父親は住んでいない。シリルの自転車は処分されたようで、見つからない。
 そんなシリルに救いの手を差しのべたのが、美容院を営むサマンサ(セシル・ドゥ・フランス)だ。シリルは、サマンサに週末だけの里親になってくれるように頼む。引き受けたサマンサは、恋人よりも、シリルと過ごす時間を選ぶ。
 週末、自転車に乗って、シリルの父親を探す二人。やっと、父の居所が分かるが、父親は「会いたくない」と、シリルを突き放す。シリルは、強盗までして得た金を父親に届けても、邪険に拒否される。
 シリルの束の間の幸せと、辛い状況が描かれるが、これが社会の真実なのだろう。映画を見ていても辛くなるが、では大人たちが、社会が、シリルのような苛酷な境遇の子供たちに、いったい、何ができるのだろうか。
 サマンサのような、母性愛に目覚めた女性に巡り会えたからいいようなものの、もし、彼女のような女性と会うことがなかったら、と思うと、背筋が寒くなる。
 サマンサとの時間を喜ぶシリルだが、さらに、やっかいな事件が持ち上がる。

(c) Christine PLENUS

(c) Christine PLENUS

 映画のもとになった実話がある。2003年、ダルデンヌ兄弟は、「息子のまなざし」の公開時に来日した。ダルデンヌ兄弟は、女性の弁護士から、児童養護施設にいた子供が、迎えにくるはずの父親を、施設の屋根に登って待ち続けていたという話を聞いた。結局、父親は迎えに来なかったのだが。
 日本でも、いろんな事情から、子供を見捨てる親がいる。大人が、そして社会が、今の子供を取り巻く現実を、真剣に考えなければならない時代だろう。
 シリルを演じたトマ・ドレ少年の、大人たちに縋るような、哀しみをたたえた表情や、憎しみをこめた眼差しが、すべてを物語る。
 フランソワ・トリュフォー監督の「大人は判ってくれない」という映画で見せたジャン・ピエール・レオの表情と、本作「少年と自転車」のトマ・ドレ少年の表情が、重なって見えてきた。 

2012年3月31日(土)
Bunkamuraル・シネマico_linkほか全国順次ロードショー!

「少年と自転車」公式Webサイトico_link

監督・脚本:ジャン・ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:セシル・ドゥ・フランス、トマ・ドレ、ジェレミー・レニエ、ファブリツィオ・ロンジョーネ、オリヴィエ・グルメ
エンディング曲:ベートーヴェン ピアノ協奏曲「皇帝」(アルフレッド・ブレンデル+ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団)
2011/ベルギー=フランス=イタリア/87分/カラー/1:1.85/ドルビーSRD
字幕翻訳:松岡葉子
提供:ビターズ・エンド 角川書店 dongyu WOWOW
配給:ビターズ・エンド