高校教科書×美術館
(高等学校 美術/工芸)

高校教科書×美術館
(高等学校 美術/工芸)

「白貂を抱く貴婦人の肖像」 レオナルド・ダ・ヴィンチ作
2012.06.01
高校教科書×美術館(高等学校 美術/工芸) <No.036号外>
「白貂を抱く貴婦人の肖像」 レオナルド・ダ・ヴィンチ作
新版「高校美術1」表紙・「高校美術3」P.43掲載 チャルトリスキ美術館蔵

油彩/板/54.8×40.3cm/1485-90頃

油彩/板/54.8×40.3cm/1485-90頃

 レオナルド・ダ・ヴィンチは、パリのルーヴル美術館に所蔵されている「モナ・リザ」の作者として、歴史上もっともよく名前の知られている画家の一人ですが、残されている彼のタブロー作品(テンペラ画や油彩画)の数は大変に少なく、わずかに12~3点にしかすぎません。そのなかにあって、この「白貂を抱く貴婦人の肖像」は、レオナルドが実際に接見して描き上げた女性の肖像画として、モデルとされた人物、制作を依頼した人物、これを所蔵した人物、それらが誰であったということが、かなり正確にわかっている大変めずらしく貴重な例です。モデルとなっている貴婦人の名前はチェチリア・ガレラーニ(1473-1536)。ミラノ公国の宮廷にあって最も美しく知的に洗練されていた貴婦人として知られていた彼女は、その公国の君主の地位に就くこととなるルドヴィコ・スフォルツァと相愛の仲でしたが、高位の貴族の結婚は政略的に行われた時代であったことから、二人の愛は結婚にまで至りませんでした。しかしルドヴィコは愛の記念として、レオナルドにチェチリアの肖像画を描かせ、彼女にそれを与えたのです。チェチリアが抱いている白貂は「貞潔」や「美徳」の象徴とされていますが、この動物の仲間はギリシャ語では「ガレー(galée)」と呼ばれるため、チェチリア・ガレラーニを暗示することとなり、そこから、この肖像画と実在のモデルとが結びつく証拠の一つが生じます。画家レオナルドは美しいチェチリアのことを「私の愛する女神」と呼んだとも伝えられていますが、彼女の着衣が聖母マリアの定式の着衣と同じ赤(愛)と青(神聖)からなっているところは、チェチリアに対するレオナルドの敬愛を示しているのかもしれません。丁寧に描き出されているその顔は、「モナ・リザ」とも共通する、理想の顔立ちの均衡を持っていて、当時の貴婦人に求められた「優雅」と「貞節」の美しさの典型を示しています。

(美術評論家 木島俊介)

木島俊介
1939年鳥取県生まれ。慶応義塾大学卒。フィレンツェ大学、ニューヨーク大学大学院、同美術史研究所に学ぶ。共立女子大学名誉教授、群馬県立近代美術館館長、群馬県立館林美術館館長、東急文化村プロデューサー。1970年創立の万国博美術館(現・国立国際美術館)をプロデュースして以来、数多くの美術館設立と美術展の企画・開催、カタログの制作・執筆に携わる。2011年より静岡市美術館、福岡市美術館、Bunkamuraザ・ミュージアム(2012/6/10まで開催)を巡回した「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想」展の日本側監修者を務める。著書に『名画が愛した女たち 画家とモデルの物語』『美しき時祷書の世界』『女たちが変えたピカソ』など。新版「高校美術1」教科書(日本文教出版)監修。