学び!とシネマ

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椿姫ができるまで
2013.09.30
学び!とシネマ <Vol.89>
椿姫ができるまで
二井 康雄(ふたい・やすお)

(C)LFP – Les films Pelléas, Jouror Développement, Acte II visa d’exploitation n°129 426 – dépôt légal 2012

 オペラは、面白い。すてきな音楽に、演劇、芝居が加わる。音楽は、オーケストラが奏で、歌唱、合唱が加わる。衣装も、装置も、美術も、シンプルなものもあるが、たいていは豪華だ。荒唐無稽なドラマもあるが、コメディもあり、シリアスな悲劇もある。
 多くのオペラのなかでも、好きなオペラは、ヴェルディの「椿姫」である。今年は、多くの傑作オペラを作曲したヴェルディの生誕200年になる。ヴェルディのオペラのなかでも、うっとりするほどの美しいメロディが数多く唄われるのが、この「椿姫」だろう。ことに第3幕で、ヒロインのヴィオレッタの唄うアリア「過ぎし日よ、さようなら」は、この世で、これ以上の美しいメロディがあるものかと、驚嘆する。「椿姫」は、マリア・カラスをはじめ、過去のソプラノの大歌手のほとんどがレパートリーにしているほどの超有名なオペラだ。

(C)LFP – Les films Pelléas, Jouror Développement, Acte II visa d’exploitation n°129 426 – dépôt légal 2012

 ドキュメンタリー映画「椿姫ができるまで」(熱帯美術館配給、アルシネテラン配給協力)は、フランス生まれ、当代きってのソプラノ歌手ナタリー・デセイが登場する。2011年のエクサン・プロヴァンス音楽祭で、ヴェルディのオペラ「椿姫」が上演されることになる。演出はジャン=フランソワ・シヴァディエ。指揮は、ロンドン交響楽団を率いたルイ・ラングエだ。ヒロインのヴィオレッタが、ソプラノのナタリー・デセイだ。
 映画は、オペラ「椿姫」のいわばメーキングだが、単なるメーキングの域を超える。オペラに限らず、いったいに演劇表現では、演出する側と、演じる側に、常に葛藤や解釈をめぐっての対立がある。オペラの場合は、演じるだけでなく、さらに唄うという行為が加わる。本作では、演出のシヴァディエが、自らの内にあるヴィオレッタ像を提出する。いろんなシーンに、解釈を加え、振りをつける。すべてを、デセイが鵜呑みにするわけがない。剽軽さを持つデセイが、シヴァディエの解釈に、とことん話し合おうと応じる。
 「椿姫」は、高級娼婦ヴィオレッタと、世間知らずの青年アルフレードの恋物語である。愛し合っていても、青年の父親が仲を裂く。さまざまな思いがヴィオレッタの脳裏をよぎる。愛し合っていても、ヴィオレッタは身を引く決心をするのだが…。ヴィオレッタは結核を患い、死期が迫る。ただそれだけのドラマながら、リアルに描かれた人物たちの、喜怒哀楽が交錯する。

(C)LFP – Les films Pelléas, Jouror Développement, Acte II visa d’exploitation n°129 426 – dépôt légal 2012

 「椿姫」は全3幕、そう長いオペラではない。シンプルなリハーサルが続き、そこにオーケストラが加わり、衣装や装置が、完成に近づいていく。優れた結果には、厳しい訓練が伴う。ひとつのオペラが、できあがるまでのプロセスに立ち会う痛快さが味わえる。
 女優を志したこともあるデセイは、演技経験が豊か。ヴィオレッタは、快適な暮らしをしているようにみえても、深い悩みを抱えている。全3幕にそれぞれ1回ずつ出てくる有名なセリフ「不思議だわ…」のリハーサル・シーンも出てくる。心理描写や身振りだけで演じるシーンも多く、デセイは、ことごとく自らのヴィオレッタ像を造形していく。
 ドラマの進行に合わせてのドキュメンタリーなのに、なかなかスリリングな展開、表現に、引きつけられる。監督のフィリップ・ベジアは、「ペレアスとメリザンド」や「ホフマン物語」などのオペラを映像化している。まことにオペラ好きなのだろう。
 多くの傑作オペラのなかでも、人間そのものがリアルに描かれる「椿姫」は、とにかく面白い。映画「椿姫ができるまで」を見ると、まず、オペラ「椿姫」を見たくなるに違いない。

2013年9月28日(土)より、シアター・イメージフォーラムico_link 他、全国順次ロードショー!

『椿姫ができるまで』公式Webサイトico_link

監督:フィリップ・ベジア
出演:ナタリー・デセイ、ジャン=フランソワ・シヴァディエ、ルイ・ラングレ
2012年/フランス/112分/カラー/ビスタ/ドルビーデジタル
配給:熱帯美術館/配給協力:アルシネテラン