学び!とシネマ

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おじいちゃんの里帰り
2013.11.28
学び!とシネマ <Vol.90>
おじいちゃんの里帰り
二井 康雄(ふたい・やすお)

(C)2011 – Concorde Films

 1960年代のドイツ。戦後の復興が進むなか、労働力が不足したドイツは、ヨーロッパのあちこちから、働き手を招く。約2500キロも離れたトルコもその国のひとつである。
 映画「おじいちゃんの里帰り」(パンドラ配給)は、そのような背景で生まれた傑作コメディである。シリアスな時代背景であり、現実はさぞ過酷だったと想像されるが、映画は、背景の過酷さをほのめかしながらも、笑いと涙を、たっぷり用意する。
 フセイン・イルマズ(ヴェダット・エリンチン)は、単身で、トルコの東からドイツにやってくる。フセインは、隣の人に入国審査の順番を譲ったために、100万人目の移住者の名誉を逃したが、真面目に働く。やがて、妻とまだ幼い子供たちをトルコから呼び寄せ、家族を守り、働き続ける。

(C)2011 – Concorde Films

 フセインは、大家族である。妻のファトマは村長の娘で、ドイツへの帰化をなによりも望んでいる。長男のヴェリは、腕白少年で、今は離婚問題を抱えている。次男のモハメドは、何かにつけて不器用、現在は失業中。長女のレイラは、小さい頃から清掃員に憧れ、今は、チャナンという22歳の女子学生の母親だ。三男のアリは、兄弟で唯一人、ドイツで生まれて、妻のガビは、ドイツ国籍である。アリとガビには、6歳になる息子のチェンクがいるが、チェンクは、トルコの言葉が話せない。
 そのような家族の長フセインは、いまや70歳、孫が二人もいるおじいちゃんだ。見た目には、移民ながらも、なんとか生き抜いてきた普通の家族のように見えるが、それぞれに、さまざまな問題を抱えていることが分かってくる。チャナンはまだ学生だが、つき合っているイギリス人との間に、赤ちゃんが出来たことが分かる。6歳のチェンクは、いったい自分は、ドイツ人なのかトルコ人なのか、真剣に悩んでいる。ヴェリとモハメドは、大人になっても仲が悪く、いがみあいばかり。
 ある日、フセインは突然、家族に告げる。「トルコに行こう。故郷の村に家を買った。休暇だ」と。妻をはじめ、みんなは乗り気ではない。それでも、おじいちゃんの気力に押されてか、みんなはしぶしぶトルコに出かけることになる。そんな時、おじいちゃんに政府から手紙が届く。なんと100万1人目の移民として、メルケル首相の前でスピーチをして欲しいという内容だ。スピーチなどはしないというおじいちゃんだが、まんざらでもなさそう。家族それぞれの思惑を乗せて、フセイン一家のトルコへの里帰りが始まるが…。

(C)2011 – Concorde Films

 日本と外国とのつき合いについては、いろいろ情報も入ってくるが、外国同士のつきあいについては、日本ではなかなかわかりにくいことが多い。本作では、トルコからのドイツへの移民の実態や、妊娠したチャナンの相手がイギリス人であることから、トルコがいかにイギリスを嫌っていたかが分かるシーンもある。こういった外国同士のつきあい、歴史がどうであったかが分かるのも、映画を見る歓びのひとつだろう。
 過去のシーンを、チャナンとチェンクの孫ふたりが狂言回しを務めて、振り返る。22歳と6歳である。それぞれの視点が、本質を言い当てて、笑いを誘うし、重みがある。ドイツという国やキリスト教について、可愛い表情を示すチェンクの表現は爆笑ものだ。
 ドイツ人のなかでも、外国からの移民を極端に嫌う人もいるかもしれない。また、移民でも、フセインの家族のような、善人たちばかりでもないだろう。それでも、本作は、たとえ国や場所はどこであろうと、人間には、本来、きちんと働く権利があり、働いている国にちゃんと住める権利があることを伝える。
 監督は、トルコ系ドイツ人2世になるヤセミン・サムデレリ。脚本は、ヤセミンとその妹になるネスリン・サムデレリと共同で書かれた。写真で見たが、美人姉妹である。9・11以降、トルコを嫌うドイツ人が増えているらしい。そのような今、映画の果たす役割は、まだまだ多いと思う。

2013年11月30日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ico_link ほか全国順次公開!

『おじいちゃんの里帰り』公式Webサイトico_link

監督:ヤセミン・サムデレリ
脚本:ヤセミン&ネスリン・サムデレリ
撮影:ニョ・テ・チャウ
音楽:ゲルト・バウマン
製作:アニー・ブルンナー、アンドレアス・リヒター、ウルズラ・ヴェルナー
出演:ヴェダット・エリンチン、ラファエル・コスーリス
2011 年製作/ドイツ映画/ドイツ語・トルコ語/デジタル/カラー/101分
日本版字幕 間淵康子
配給:パンドラ/宣伝協力:エスパース・サロウ