高等学校 美術/工芸

高等学校 美術/工芸

ボックスアート(第1学年)
2025.12.08
高等学校 美術/工芸 <No.009>
ボックスアート(第1学年)
聖学院中学校高等学校 教諭 伊藤隆之

※本実践は情報科と連携した取り組みです。情報科としてのmy実践事例は後日公開いたします。

1.題材名

「ボックスアート」(高校1年/1回2時間×全9回=18時間)

ボックスアート作品写真

2.題材設定の理由

 絵を描く際には、絵具や図案といった層の重なりを意識することが重要である。これはアナログ、デジタルを問わず共通するプロセスであり、ボックスアートの制作では、それを直感的に体感しながら、工作や色塗りを学ぶことができる。
 それぞれが発想したイメージに奥行きや空間を視覚的に再現するため、箱の内部に切り抜いたマットボードを階層的に配置して表現する。液晶タブレットやレーザーカッターといったツールを用いることで、アナログ作業とデジタル作業の融合を図り、表現の可能性を広げていく。

3.準備(材料・用具)

教師:コラージュボックス、マットボード4枚、WacomMovink(液晶タブレット)、レーザーカッター、木工用ボンド、その他端材

生徒:Macブック、Photoshop、アクリルガッシュ

4.目標

【知識及び技能】
 箱の中に配置するレイヤーの形状をイメージし、図と図の重なりを意識して原画を制作する。原画は液晶タブレットとPhotoshopを使い、レーザーカッターに出力するために必要なデータ条件で作成する。

【思考力・判断力・表現力等】
 切り取られた形状の豊かさや、重なりで生じる空間の見え方、関係性から生み出されるイメージの展開を考察しながら作図する。アクリルガッシュの特性を活かして、各自の主題に合わせた色合いに着彩する。

【学びに向かう力・人間性等】
 作業のプロセスを撮影しながら、自分の作品を客観的に評価し、作品としての秩序と発想の良い意味での裏切りや破綻を考える。

5.評価規準

【知識及び技能】
知識 切り抜いた複数枚のレイヤーを活用し、遠近感や奥行きをあらわしている。切り抜いたレイヤーを箱の中に設置する場面を想定した図になっている。
技能 液晶タブレット、Photoshop、illustratorの基本的な操作の過程を通して、適切なデータに変換することができる。Googleドライブ上に保存したデータを確認する。

【思考力・判断力・表現力等】
思考力・判断力 レーザーカッターで切り抜いた素材と、絵具による着彩との組み合わせについて、それぞれの良さが作品に結びついている。
表現力 素材のひとつひとつに形や色彩のこだわりが見られ、意図を感じられる表現になっている。各自のねらいがユニークで動きのある構成で表現されている。

【主体的に学習に取り組む態度】
 各自のテーマ設定を考えるうえで必要な資料を集め、制作するプロセスを段階的に写真に記録したり、思いを言語化したりしている。各自でGoogleスライドを編集し、計画を時には修正しながらより良くする方法を模索している。

6.指導のポイント

 ボックス内の空間をどのようにデザインさせるかは、各自の体験から得られた景色をイメージさせ、自由な発想で進めたい。図の作成には手描きのアナログ感を大切にするため、液晶タブレットを使用している。直感的に線画を作成できる液晶タブレットはそのコンセプトに合致するので、生徒の自由で豊かな発想の線を図案として残したい。
 デジタルで原画を作成する手順について、始めから液晶タブレットを使用して描き進められる生徒もいれば、紙に鉛筆で描く方がやりやすい生徒もいるので、ツールとして導入しやすい選択肢を準備しておく。併せてPhotoshop上で、紙に描いた絵や手持ちの写真資料から線画に起こすためのトレースの方法もレクチャーする。
 ボックスアートはレイヤー構造を活かした立体作品であるため、構想を考えるうえで、近景、中景、遠景を意識させることが大切である。そのため、事前に「レイヤーの彫刻」という教材を使って、レイヤー構造を視覚的に学ぶ。透明な塩ビ板にマジックで絵を描き、一定間隔で重ねてゆく作品で、描いた図と図の重なりで立体を表現する。さらに、切り取られた図と背景、下地の色と関係性をとらえるため、平面上の重なりを利用した「切り絵」制作も実施している。
 レーザーカッターは、手作業には困難な形状を短時間で綺麗に出力することができるツールで、線データを指示通りに精密に素材を切り抜く。したがって、線の途切れや線の交差がカットにどう影響してしまうのかを想像する必要がある。切り取られた時にどのような部品と端材が残るのか、空間に配置した状態をイメージしながら元の図案を考えさせたい。
 Photoshopの操作には、必要な知識と習得すべきツールが多い。そのため、適度に生徒同士が学び合いながら、互いをサポートする環境がほしい。授業担当者が個別に対応するには限界があるため、パソコンのスキルに長けている生徒に協力を仰ぐ。レーザーカッターの操作も同じで、皆が自分の得手、不得手を補完し合える関係性が構築されるのが理想的である。
 ボックスアート制作は、本校では、美術と情報との教科が横断したSTEAMという独自科目を設定して実施していて、美術と情報の教員がチームティーチングを行っている。ものづくりの知識と、ICTスキルを融合させながら、生徒の創造力の幅を最大限に広げてゆきたい。

液晶タブレットによる作図からレーザーカッター出力

着彩と組み立て

7.題材の指導計画

 1回4時間のプログラムで、テーマをもとにした「創作ワーク」で自己との対話、「鑑賞ワーク」で他者との対話を行い、「自己認知・自己肯定」「他者理解」「主体性」「創造的コミュニケーション力」を高める。本校では3回のプログラムと全体の振り返りの計14時間を実施している。

時間

学習活動

指導上の留意点

導入
1時間

ボックスアート制作の導入・レイヤーについて

必要な素材、テーマや趣旨を説明する。参考作品や実物を見せながら、創作を具体的にイメージできるようにする。
複数枚のレイヤーが重なり、作品が形成されることを意識させる。事前に作成した「レイヤーの彫刻」をふりかえる。
切り抜かれたマットボードがボックスの中にどう配置されるかもイメージさせる。併せてボックス内の側面に切り抜いたものをボンドで貼る方法や、浮かび上がらせるための工夫を事前に指導する。
線画がレーザーカッターにどのように出力されるかを事例を通してわかりやすく説明する。

制作
1時間~
2時間

構想

紙とデバイスの両方を使い、各自の自由な発想で作品のための構想を練る。導入で話をした留意点を意識させる。

実習
2時間

液晶タブレットの使い方と実践

授業提携をしているWacomの専門家を招いて液晶タブレットのドライバインストール、Photoshopのレクチャーを受ける。Photoshopで線画を描くにあたり、新規レイヤーの作成方法、写真の透過方法、ショートカットキーの知識などを学び、必要最低限のスキルを習得する。
チームティーチングを活かして、個別に対応しながら、不具合やインストールに対応する。
必ずレイヤー毎に分けて図案を作成する方法を実践させる。レーザーカッターで切り抜くマットボードと、Photoshopのレイヤーが紐づくことをイメージさせる。

制作
4時間

液晶タブレットによる線画の作成

線画のための台紙の解像度、使用するブラシツールの大きさなど、細かい条件を伝える。
出力に最適な方法で線画を作成する。
Photoshop上で直線を引く方法を指導する。

1時間

レーザーカッター出力用のデータ変換

レーザーカッターに出力するためのデータに変換する方法の詳細を説明する。
線画の作成に個人差が生じるため、レクチャーのタイミングは様子を見て行う。
googleclassroomにやり方の詳細を掲載しておく。

1時間

レーザーカッター出力

マットボードをレーザーカッターで切り抜く。

2時間~
4時間

着彩と組み立て

切り抜いたマットボードをアクリルガッシュで着彩する。
各自のテーマで箱の中に部品をマウントする。

1時間

ふりかえり

仕上がった作品を写真に撮り、Googleスライドに貼り付けて各自で解説文を入れたり、学んだことをふりかえったりする。

1時間

他者のサポート

評価規準・評価方法

【知識・技能】
レーザーカッター用のデータが正しく作られているか、それぞれのデータを確認する。生徒同士のサポートも得ながら、適切なデータづくりについてアドバイスする。
【思考力・判断力・表現力】
レイヤーの配置と着彩が全て完了し、完成した作品について評価する。
【主体的態度】
・Googleフォームや作品用の説明スライドを作成することで適宜、自分の作品についての自己評価を行い、その各自の文章のこだわりポイントや内省の部分を評価する。
・学期末に展示会を行い、客観的に自分の作品を評価する。

8.授業を終えて

 STEAMの授業で行うボックスアート制作は、生徒たちが多くのスキルを習得しながら進めてゆく。美術と情報の知識技能が複合的に展開するが、担当教諭が全ての技能に特化する必要はない。逆に生徒と一緒にやり方を工夫し、考えながら進行した方が生徒の成長に繋がることが分かった。私たちは授業を考える時、あらゆる場面を想定するが、考えすぎず、余白を残すことも大切である。思考するのは生徒であって、教員はその思考を形にするために必要な窓口でありたい。また、教員側もドキドキワクワクしながら生徒と一緒にイメージや浪漫を膨らませ、お互いにモチベーションを高めたい。
 ボックスアートの制作は、生徒によって進行のペースが大きく異なるため、授業の構成や準備には柔軟な工夫が求められる。ある程度作業が進んだ段階で、作業空間を分けることが有効である。特に、デジタルデータの作成工程は個人差が出やすいため、テクニカルなサポートを行う場と、工具を用いて組み立てや着彩を行う場とに分けることで、生徒にとって最適な作業環境を提供することが可能となる。これは、チームティーチングの体制による大きな利点である。
 授業全体の構成を考えるうえで、最も重視したのは、ボックスアートの制作に至るまでのストーリーや発展の流れである。日常で見ている風景とは異なる視点や体験を通じて、生徒に新たな気づきを与えたいと考えた。卵テンペラの実習や混色の実験、色彩感覚を広げるストレッチなど、手触りや感覚を大切にしながら、新しい表現の可能性を探っていきたい。