小学校 道徳

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自己を見つめる学びをデザインする道徳授業実践~メンチメーターによる思考の変容の自覚~「決めつけないで」(第4学年)
2024.03.28
小学校 道徳 <No.052>
自己を見つめる学びをデザインする道徳授業実践~メンチメーターによる思考の変容の自覚~「決めつけないで」(第4学年)
兵庫教育大学附属小学校 教諭 中野浩瑞

1.はじめに

 道徳科では、「自己を見つめる」学びが重要視されている。このことについて、学習指導要領解説には次のように記載されている。「自己を見つめるとは、自分との関わり、つまりこれまでの自分の経験やそのときの感じ方、考え方と照らし合わせながら、更に考えを深めることである。このような学習を通して、児童一人一人は、道徳的価値の理解と同時に自己理解を深めることになる。」ここでの自己理解とは、自分のできることやできないこと、思いや願いなど、自分のことが次第にわかることである。自分のことがわかることとは、自分の現在地を知ることであり、「〇〇な自分になりたい」という望ましい自己像を実現するための一歩となる。子どもたちは、今の自分の現在地と、なりたい自分とを認識するからこそ、そのギャップを埋めるために、自覚的に日々の言動を振り返り、自身の成長を実感したり、見つけた課題を軌道修正したりしながら前向きな気持ちで、よりよい生き方を追求していくのである。しかし、「自己を見つめる」学びは簡単ではない。自己を見つめるためには、自己を対象化し客観視する必要がある。自己を対象化するための鏡としての役割がある「教材」や「友達の考え」に加え、年齢や個人の発達の段階に合わせた教師の適切な援助や介入の方法を多様に検討することが大切になる。そのことから、今回は「自己を見つめる学び」を支援するためのデジタルツールとして「Mentimeter(メンチメーター)」を用いた実践を紹介する。これにより自己の考えを可視化し、その変容を自覚できるようにしたい。
 「Mentimeter」は、リアルタイムに参加者からフィードバックを得ながら、スライドに反映させることができるプレゼンテーションツールである。ブラウザで起動できるため、どの自治体でも導入へのハードルが比較的低いと考える。

 具体的な方法・手順を、以下に記す。

授業前に教師が「Mentimeter」のスライドを作成する。(操作や設定の詳細については、Webで検索すれば出てくるのでここでは割愛する。)
導入時にそれぞれの考えを「Mentimeter」に入力し可視化する。
終末場面で再度質問に対する考えを「Mentimeter」に入力する。

2.主題設定について

 本授業では主題を「決めつけることの意味」と設定した。一人一人が公平さを大切にする社会では、いじめや差別が減り、それぞれの個性が発揮され多様性に溢れた豊かな人間関係が構築されていく。本授業で対象とする中学年の子どもは、物事を捉える視野が狭く、自分中心的な思考になりがちな発達段階にある。そのため、物事を判断する際に自分の気持ちや利益を優先させてしまい、公平さを欠くことがある。今回扱う“決めつけ”の態度もその一つである。自分の見えている世界から相手を決めつけることは、真実を捻じ曲げることになり、誤った判断や、他者への偏見へとつながる。しかし、人はよくないこととわかっていながら、日常生活の中では無意識に決めつけてしまっている場合が多い。ここで大切なことは、無意識に決めつけを行っていないかどうか自分の言動を省みたり、自分の利益を優先させた判断をしてしまう決めつけを生み出す心について知ったりすることである。さらに、差別や偏見をしてしまう自分自身の弱さに向き合いつつ、客観的な視点から、公平な行為または不公平な行為を見たときに周りの人たちはどのように感じるのか想像を巡らせることも大切である。これらのことを踏まえ、本授業でのねらいを「よくないとわかりつつも相手のことを決めつけてしまう人間的な弱さについて考え、相手を一面的な見方で捉えず、公正、公平に接しようとするための道徳的判断力を養う。」とした。

3.教材について

 本時で扱う教材「決めつけないで」は、ちさとのことをクラスのみんなが決めつける話である。はじめ、ちさとが学習発表会の主役に立候補すると聞いたわたしは、仲良しのよう子と共に「ちさとさんには無理だよ。できないに決まっているよ。」と普段の性格や言動から決めつける。しかし、ある日の放課後、わたしはたまたま一生懸命にセリフの練習をしているちさとの姿を目撃し、ちさとの努力に気づく。そして、主役決めの日、ちさとが立候補したことに対して反対するみんなに対して、ちさとさんの努力を伝え推薦するのである。初めはちさとのことを決めつけていたわたしが、自分が決めつけてしまっていたことに気づき行動を改めるという、変容が捉えやすい教材である。前後のわたしの姿を比較することで決めつけの意味について考えやすく、また学校生活という子どもたちにとって身近な状況設定ということもあり、自分事として考えやすいことも特徴である。これらのことから本教材は主題に迫ることに適しているといえる。

4.実践報告

(1)主題名(内容項目)

決めつけることの意味 C[公平、公正、社会正義]

(2)本時のねらい

 演劇の主役になりたいちさとの思いや頑張りを知ることで、主役は無理だと決めつけてしまっていた自分の言動を反省したわたしの姿を通して、よくないとわかりつつも相手を決めつけてしまう人間的な弱さについて考え、相手を一面的な見方で捉えず、公正、公平に接しようとするための道徳的判断力を養う。

(3)展開例

学習活動
(○主な発問 ・予想される児童の反応)

◇指導上の留意点 ☆評価


○決めつけるって、どういうイメージ?
・嫌なイメージ。否定。
・いじめ、差別。
・実際にはしていないのに、決めつけられること。

◇決めつけに対する価値観を表出させるために、言葉のイメージを問う。その際に、児童が考えがちな決めつけのイメージとのズレを感じることができるように、あえてポジティブな気持ちになる決めつけの場面を提示する。
◇学習テーマについての授業前の考えを表出、可視化するために「Mentimeter」を活用する。

学習テーマ:どこまでが決めつけなのだろう



(前段)

○この話の決めつけはどこにあった?
・ちさとに「主役は無理だ。」と言ったところ。
・普段の様子から決めつけているところ。

◇教材の範読前に、「このお話の決めつけはどこにあるだろう。」と読む視点を与えることで、教材理解を促すとともに道徳的問題に焦点化しやすくする。

○決めつけることは何が問題なのだろう。
・相手が傷つく。いじめにつながる。
・ちさとが学校に来なくなるかもしれない。
・相手を信じられなくなる。

◇決めつけの問題の本質について考えを巡らすことができるようにする。
☆決めつけによる影響について様々な視点から考えることができている。

◎なぜ、よくないとわかりつつみんなは決めつけをしているのだろう。

◇決めつけは無意識に行われているかもしれないという自分への気づきを促すために、登場人物が決めつけをしていた理由を問う。



(後段)

・本人は決めつけているつもりはなかった。
・思ったことを言っているだけ。
・ちさとさんとあまり仲良くなかったから。

◇多面的・多角的な思考を促すために、児童の意見に対して適宜問い返しを入れる。
【問い返しの例】
・もし私がちさとの努力を見ていなかったらどうしていたと思う?
・もし、わたしがちさとさんと仲がよかったら決めつけをしていただろうか。
◇決めつけをしてしまう人間的な弱さへの理解とともに、それを乗り越えるための促進条件について考えを巡らすことができるように問う。


◇どこまでが決めつけなのだろう。
・自分の思い(私情)に流されて判断した時。
・色々と見えない部分を想像せずに判断すること。

◇授業前の考えと比較ができるようにするために「Mentimeter」に考えを入力する。
☆学習テーマについて自分なりの考えをもち、友だちと対話する中で多面的・多角的な見方をしようとしていたか。

5.授業記録

【導入】
“決めつけ”の言葉からイメージすることを出し合う。

T みんな、この言葉聞いたことある?(黒板に「決めつけ」と書く)
C 決めつけ?あるある。
T ほとんどの人があるのかな。では、決めつけのイメージを教えて。
C 例えば、お菓子を奪ったりしてないのに、他の人が「奪った奪った!!」って、強くいう感じ。
C 私は、ゴミなんかが床に落ちていて、「あんたやろ」って言われたことある。これが決めつけかな?
C あるある。
C えっと、私は決めつけ=否定なんじゃないかな、って思っている。
C 私も同じ。今まで、何回もあった。
C めっちゃ、あるある。でも、決めつけじゃなく、そうとしか思えない時もあるけどね。
T なるほど。みんなは「否定」ってイメージは共感できるかな。
C はい。
C 僕は、「でかい声出すなよ」って、決めつけられたことある。自分はそのとき声を出してなかったのに。
T 「○○さんだ」って、決めつけられたんだ。
C でも、僕は普段でかい声出しているから、言いたいのもわかるけど。
T そうなんだ。自分のことを自分で意識できているのは素敵なことだよ。あと、声が大きいのは悪くない。でも、決めつけられたんだね。そのとき、どんな気持ちだった?
C 「うるさいなぁ」って感じ。
C えっと。決めつけは “否定and強くいう”。強くって、相手の心に刺さるイメージ。
C 一瞬で刺さる。
C 家で友達とバスケのゲームをしているときにパス出そうとしたんだけど、間違って違う人に出して、「絶対わざとだろ!」って言われた。
C ある、ある。
T そのとき、どんな気持ちだった?
C 間違いなのに。わざとじゃないのに。「ほんまに間違えただけ!わかってよ。」って気持ち。
C 決めつけって、他の人が「あ、そうやな。」って言ったら、広がっていく。
T 今の〇〇さんの話って、決めつけた人もそうやけど、それを聞いて「うん、そうやな」って話を進めた周りの人たちも、ちょっとよくないんじゃないかな、という意味?
C そう。
C たしかに。
T 例えば、決めつけた時に、周りの人たちが「いやいや、それは違う。」って言ったら終わるけど、決めつけて、「そうだよね。」と乗っかっていったら、広がっていく感じかな。
C だけど、周りに広がるほど、違うっていう余地がないときもある。
C 決めつけを広げていくのもダメなんだけど、周りも納得するほど本当にその人がなんかミスっぽいことをしていたら、責任自体はあると思う。
T 思わせている人にも責任あるんじゃないか?と。
C まあまあ、どっちもどっち。かな。
T 素直な気持ちを言ってくれてありがとう。道徳の授業って、よいことばっかりいうこともあるんだよね。それはそれでよくないと思う。いま、素直に「決めつけられる人にも責任があるかもな。」って思ったことを伝えられたのは素敵なことだね。
T ちなみに先生が、今日このクラスに入ってきた時、「このクラスはよく話が聞けるクラスだなあ。」って言ったの覚えている?正直いうと先生、このクラスの状態をまだ何も知らずにあえてそう言ったんです。
C そうなの?
T この先生の発言は決めつけ?
C 確かに。
C よい決めつけと悪い決めつけがある。例えばよい決めつけだったら、「自分はやってないけど、ほめられる」とか。
C なんかうれしいな。でも、本当にやっている子がかわいそう。
C そうだな。事実じゃないもんね。
T 例えば、物を拾ってくれた人が別にいるのに、違う子に対して、「この子が拾ってくれたんだ。」と思って、「拾ってくれたんだ。ありがとう。」っていう感じかな。
C そんな感じ。
T なるほど。これは確かに決めつけかもしれないね。うれしいかもしれない決めつけ。
C でも、本当に拾っていた人は嫌な気持ちじゃない?
C だから、そういういい言葉の決めつけっていうのは、必ずしもいい決めつけではない。
T あ、そっか。別の人の悪い気持ちも生み出すからね。色々考え方があるね。
T じゃあ、どこまでがきめつけ?今日はこんなことを頭に入れながら一緒に考えてみようか。授業後に少しでも考えが広がっているといいね。
T 書けた人は、このQRコードを読み取って今の考えを言葉にしてみてね。(「Mentimeter」のQRコードを示す。)

(考察)

導入時、子どもたちが決めつけに対して既にもっている考えを述べられるよう促した。イメージだけを共有するつもりであったが、ある子が具体的な状況を話してくれた。そのことにより話が広がり、色々な場面における決めつけについてイメージできた。このように、具体的な状況を投げかけて、子どもたちの頭の中に鮮明な映像が描かれるようにすることが、話し合いの質や課題意識を高める一つのポイントだと考える。
「Mentimeter」に考えを書いたあとは、画面だけ見せたままにしておき、意見については深く取り扱わなかった。一度言語化することにより、教材を通した対話の中で、自分を見つめる材料として活用できる。画面に可視化されたそれぞれの考えを見ながら比較したり、共通点を探したりする活動も大事である。そうすることが自他の考えを客観視し、自己を見つめるための一つの過程だと考えるからである。

【展開前段】
教材を読んだ感想交流から、初めに「決めつけ」という道徳的問題について話し合う。

T この話のどこに決めつけがあるか考えながら読んでみてね。
T (範読後)決めつけはありましたか?隣の人と見つけたところを確認して教えてね。
C 「ちさとさんには無理だよ」っていうところ。無理って決めつけているし、セリフをすらす ら言えないっていうのも決めつけている。
C 悪口だよね。
C そうでもないけど。
T いまのやりとりも面白いね。悪口に聞こえた人と悪口に聞こえない人がいるってことは、 みんなの生活でも悪口じゃないと思っていても、悪口に捉える人もいるかもしれないってことだね。ちなみに、先生には悪口に聞こえました。さて、「ちさとには、主役は無理でしょ」って言っているけど、どうやって判断しているのだろう?
C 普段の様子。性格。
C 「話すのも苦手」って書いているし。
T いまの意見、最初の誰かの話に似ているね。声が大きいっていうのが自分の性格であって、「声が大きいよね。君だろ。」みたいに言われたっていう。
C 姉がいるんだけど、色々やらかす時が多くて。だからなんかあったときに「お姉ちゃんや ろ。」って決めつける。
T 〇〇さんはこのお話の決めつけの姿を見ながら、自分のお姉ちゃんとの出来事を思い出してたってことね。
C 僕も、弟に同じことを感じる。
C 〇〇さんは自分の弟との出来事を思い出して、ちょっと重ねたのか。
C あの、悪口ではないんだけど、「最初は、ちさとさんには、ぜったい無理って思っていたけれど~」のところ、みんな、わかる?
C うん、決めつけた。
C 「ちさとさんが主役になりたいって言っているらしいよ。」って言っている。この、ようこさんも悪いんじゃないかなと思う。
C あー。だって、なんか、何も言ってないのに。悪い方にもっていくみたいな感じになっているから。たしかに。
T あ、これと、さっき言ってたことと似てる感じ?乗っかっちゃったのか。確かに、このわたしは「ちさとさんには難しいよね」みたいな感じで乗っかってるね。
C 乗っかっているってどういう意味?
C 乗っかっているっていうのはさ、1人がこう言ったら、他の人も「確かにそうだよね」みたいな感じで合わせていく感じ。
C 人の意見に同調して、話してつなげていく。「えー、なんか役やりたいらしいよ」「らしいよ」「そうだよね」「無理だよね」って乗っかっている。
C そもそも、こそこそ話しているのもよくない。
T こそこそもよくないんだ。
T みんな、この話を読んでいた時に、ちさとさんのことをどう思った?ちさとさんの気持ち。もしこのとき、ちさとさんがこの話を聞いていたとしたら、どんなことを思うかな?
C いじめや。
C 悲しい。
C 悪口だ。
C わかる。
T そう思うかもしれないね。他にある?
C 「私ってこういうの向いてないかな?」って自信をなくす。
C あ、同じこと思っていた。いいね。
T 「同じこと思っていた」っていう表現もいいね。話を聞いている証拠だね。「自信なくすかも」「私、向いてないんかな」ショックやね。
C 学校に行く気なくなる。
T だから、さっき誰かがいじめって言ったけど、決めつけはそれぐらいにつながるってことだよね。決めつけたことを本人が聞いていないからと言って、言っていいわけでは……。
C ない。
T そうだよね。
C 違う人が聞いていても、いじめになる。
T ほお。
C もし、そのことを私が聞いていたら、先生に言いに行く。「私とかようこさんに、なんでそんなこというんや」みたいな感じで、怒りに行く。
T 〇〇さんの気持ちに共感する?
C うん。

(考察)

導入で課題意識が芽生えた「決めつけ」に着目するように促し、教材を読む視点とした。子どもたちは教材内に描かれた決めつけを見つけ、「なぜそう思ったのか」と理由を考えることで、教材における道徳的問題点を焦点化しつつ、個人の価値観を表出することにつなげていた。このように、「なぜよくないのか」「それが起こるとどうなるのか」といった決めつけが及ぼす影響について考えたことで、いじめや偏見、差別は絶対にダメなことなのだという、本内容項目で必ず押さえていきたい態度を再確認することにつながっていた。そのことが、その後の中心発問である「ダメだとわかりつつもしてしまう」人間的な弱さについて考えていくことにつながっていく。

【中心発問】
◎なぜよくないとわかりつつみんなは決めつけをしているのだろう。

T 決めつけってさ、今みんなが言ってくれたように、いじめにつながったりするマイナスな気持ちになるんだよね?そういうことがわかっているのに、なんでしてしまうのだろう。
C あー。確かに。
C 気付いていないんじゃない?
T 決めつけていることに?
C そう。自分が決めつけをしているって気付かないから悪気がない。
C それあるかも。
C あとは自分が正しいと思っていると決めつけをするんじゃない?
C あー。
T なるほど。決めつけは基本的にマイナスなイメージでよくないことなんだけど、マイナスなのにしてしまうことがあるのは、それに気付いていないことがあったりすると。さらに人は自分が正しいと思えば思うほど決めつける可能性が上がる。こんな感じかな。
C そんな感じ。
T ということは、人の思いを知ったり、自分の考えが全てじゃないって考えたりすることができていれば、決めつけを防げる可能性があるかもしれないってことね。
T いまさ、みんなはちさとさんの気持ちをこの人の立場に立って想像したよね。立場に立って想像するって、実は簡単なことではなくて。何かをみんな経験するとか、誰かの気持ちを想像しているから、ちさとさんの気持ち感じられているんだと思うんだけど、みんなは友達とか知り合いとかで、こういう風にちさとさんの状況と似た経験した人と出会ったことある?
C ない。
C ある。
T ないのに想像できるの?気持ち。どうやって想像した?この人のこと。
C 私、そういったことが実際にあって。
T 辛かったら話さなくていいからね。
C 大丈夫です。こういう系のことが実際にあって、「あんたには無理やろ」とか言われたこともあって、すごく嫌な気持ちだった。その時に、「私もやってみたいんだけど。」って言っても、「いや、さすがに無理やろ、向こう行って。」みたいな、そういう感じのことがあった。「なんで決めつけるの?」って思って、ムカつく気持ちと、悲しい気持ちと、辛い気持ちとがあった。
T よく辛い話をしてくれたね。こうやって、辛い経験をクラスで喋れるっていうのは、みんなが優しいから、みんながちゃんと聞いてくれるって信頼しているからだと思うよ。だから、きっとこのクラスの仲間のことを〇〇さんは信用しているし、みんな優しいんだと思う。
C そうやで〜!
C 私は、そういう経験がないんだけど。こういう物語とかを読んで、「もし、あの私がちさとさんだったらみたいなことを思ったら。」っていうのをやったら、そういうことが言えるし考えられる。
T そういう考え方大事だよね。「もし自分だったら」っていう思考で考えていくっていう。
C 最近のニュースの話なんだけど。どこかの団体でパワハラがあって。パワハラされた人がなんかケガして、みたいな話があったんだけど。そういうのを見て想像できるようになってる。
T そうやって、日頃の誰かが悲しんでるニュースとかをちゃんと見て考えているんだね。立場に立つって難しいけど、みんなはそういうことからも学んでるっていうことか。
T ずっとここ、マイナスな話をしてるんだけど。でも、わたしは、変わったよね。最初はちさとのことを決めつけたやん?でも最後はこうやって、「いや、ちさとさん頑張ってたから、主役やってもいいんじゃない?」って言ってるよね。途中で、ちさとさんが頑張ってるシーンを見たっていうのがあったんだけど、 もしさ、わたしがこのシーン見てなかったとしたら、どうなってたと思う?
C 決めつけてたでしょ。
C 僕もそう思う。
T もし見てなかったら、決めつけたままで言ってたってこと?恐ろしいね。
C 恐ろしいね。なんかさ、私は「もし〜だったら。」ってよく考えるんだけどさ。そう考えるの面白いよね。
C わかる。怒られなかったのかな?みたいな。想像力がつく。
T そんな考え方をしてるんだ。「もし」って考えて、想像力をつけることはとっても大事だね。
T もしさ、わたしが放課後に頑張っているちさとさんを見てなかったら、決めつけたままやったと言っていたけど、でも、〇〇さんが言ったように想像力を働かしてたとしたら、防げたかもしれないのかな?
C うん。そう。想像力を働かせていたら。
C でも、なかなかできないこともあるけど。
T なるほど。みんなの話聞きながら、すごい疑問に思うことがあったんだけど。
C なに?
T もし、ようこさんがちさとさんとすごく仲良かったら、決めつけていたと思う?思わない?
C 決めつけてない。
T 何で?理由教えて。
C だって仲いい友達とかだったら、そんな悪口言われていたら嫌だから。
C そう、自分のめっちゃ仲良しの友達だったら、「いや、そんなことないよ。」って言ってあげたい。
C お笑い芸人の「やればできるよ」の人みたいな感じで、「やればできるよ。」ってポジティブに言ったら自信もつくし、ちさとさんにもプラスな言葉を僕やったらかけるんじゃないかな。
C 同じ。仲のいい人は仲のいい関係性があるから言いにくい。仲がよかったら「頑張れ!」って応援する。
C 「主役頑張れ〜!」とかいうよね。
C いまの話を聞きながら、やっぱり関係性が決めつけと関係してるんじゃないかな、って思った。自分のことを思い出しても関係性によって、接し方も違うと思うし、私が悲しい時に寄り添ってくれるのは大体の仲のいい子。いじめにあった時、励ましたりしてくれるのは、関係性の深めの人だった。関係性によって色々変わっていて、誰にでも公平に接するってことはできてないんじゃないかなと思った。
C これ、複雑。
T なるほど。ここまでをちょっと整理するよ。決めつけってよくないっていうイメージが皆の中にすごくあったんだけど、よい決めつけもあるかもしれないと。そんなところから「決めつけって何かな?」って話をみんなはしていたわけ。そうしたら、複雑な気持ちにならないよい気持ちだったら決めつけではないよね、とか言ったりしていた。決めつけを防ぐには、人の思いを考えるとか、自分が正しいと思わないとか出てきたね。他にも想像力があるといいかもしれないっていう(※板書)のところが関係しているかもしれないと。決めつけは気付いていないことから起こるっていうのも関係しているかもね。そしてさっきは関係性が決めつけっていうのを生み出しているかもしれないという話も出てきた。
C うん、うん。
T そして、人って自分の感情だから、自分の好き嫌いとかでちょっと態度が変わっちゃうときがある、っていうのが、みんながいま話してくれたことなのかな。先生はこの話を聞きながらある人のある言葉を思い出した。紹介していい?
C いいよ。
T それは、「私心のない判断を行う」という稲盛和夫さんという有名な経営者の言葉です。「私心」っていうのは、「自分の感情だけや自分の利益だけを考える心」という意味らしいです。 何かを決めようとするときに、自分の利益のことばかりを考えると、判断は曇り、その結果、間違った方向へ行ってしまうよ。ということらしい。さらに大昔、3000年ほど前の中国の人もこれに似たようなこと言っている。「私心なく然る後に好悪は理(に)当たる公正とはこのことなり。」簡単にいうと、自分の好き嫌いや、自分の利益をばかりを考える心をなくしたら、いいものができたり、人にとって平等な世界が生まれたりしていくよ、っていう意味らしいです。
 ここから思ったことは、人が何かを判断する時に、自分の好き嫌いや自分が得しようっていうような思いが入ると、よくない結果になるっていうことなのかな。
C それは本当だと思う。なんか自分が、こうやと思うから、こういうのはおかしいと思うし、そしたら結果、人を傷つけてしまうかもしれない。相手のことを考えた上でいう、っていうのが大事なんじゃないかな。
C 確かに。
T 今日、みんなから決め付けについていろんなキーワード出てきました。どれが正解とかじゃないよ。でも、自分の中での正解はあると思う。
T では、はじめに書いた、「どこまでが決めつけ?」っていうテーマに対して、今ならなんて答える? もう一度メンチメーターに入れてみよう。そして、比べてみよう。
(「Mentimeter」に入力する。)

(考察)

中心発問として「ダメだとわかりつつも決めつけはなぜ起こるのだろうか。」と問うことで子どもたちは「自分が正しいと思い込んでいるから。」「気付いていないから。」「想像力を働かせればよい。」と言ったように、公平に接していくことを阻む要件(阻害条件)とそれを乗り越えることにつながる要件(促進条件)について自分たちなりの言葉で意味づけを行なっていた。ここからわかることは、世間一般で言われている言葉を教師側から教えるのではなく、子どもの世界から自分たちの言葉で表現することが一番の理解や納得につながるということである。子どもなりの言葉に着目できるよう、教師の価値分析や教材分析が重要になる。
最後に、子どもたちが意味付けた内容に近しい著名人の名言を伝えた。このことにより、自分たちが意味付けしたことは多くの人にとって重要な視点、考え方であると気付いていた様子が授業後の反応から感じられた。

6.板書例

7.授業への工夫など

(1)自己を見つめるために、「Mentimeter」を用いて多様な考えを可視化し変容を自覚する工夫
 自己を見つめることは簡単なことではない。そのためには、自分の考えを外化し、客観的に捉え、多様な他者の考えに触れ、自分の考えと比較することが必要となる。そこで、自分とクラスの友達の考えを同時に、リアルタイムで可視化できる「Mentimeter」を用いた。
 「Mentimeter」は自分の入力した考えがリアルタイムでスライドに反映される。このツールに授業前と授業後で同じ問いに対する回答を入力し可視化する。そうすることで、自己の考えを客観視しつつ自己の授業前と後の考えの変容を自覚することができると考えた。また自分の考えだけでなく、友達の考えも同じスライド上に反映されることから、他者の考えに触れ、比較する思考が自然と働く環境設定がデザインされる。これらのことを生かし、自己を見つめる手立てとした。

(2)価値理解を深めるため、教材の状況設定を少し別の設定に置き換え、個別の状況下を問う工夫
 道徳的価値の捉え方は、立場や状況により変わることがある。このことから、教材内の一事例のみで考えるよりも、いろいろな状況下で考える方が、様々な見方で道徳的価値を捉えることができるため、価値理解が深まると考える。そのことから本実践では、「もし、主人公のわたしが、ちさとが放課後に一生懸命頑張っている姿を見ていなかったら?」や「もし、初めに決めつけをしたわたしとよう子がちさとと仲がよかったら?」という問いを設定した。それらの問いについて考えることで、子どもたちはよくないとわかりつつも決めつけてしまう人間的な弱さの要件についてより深く考えを巡らすことになると考える。結果、価値理解が深まり、さらにはそのことを通して自己を見つめることにつながるだろう。

8.考察

今回、自己を見つめる学びを実現するための手立てとして「Mentimeter」を用いた。授業後、子どもたちは、前後の「Mentimeter」を比較しながら「考えが変わってる!」「いろいろな言い方があるな。」などと発言していた。「Mentimeter」に考えを入力し、友達の考えも含めて同画面上で見て比較することは、自己を見つめることに有効であったと考える。また、本ツールは、誰の考えなのかが見えない仕様になっているため、クラスの関係性によるバイアスがかかるのを避けることができ、他者の考えを取り入れやすかったのではないかと思われる。しかし、「Mentimeter」は25文字以内の入力制限があったり、自己の考えの前後の直接的な比較が難しかったりすることもあるので、子どもの発達段階によっては別のアプリやツールを使うことも考慮したい。特に低学年では相互参照、相互交流が容易な「Padlet」というツールを使うことも有効であると考える。これらのICTツールをどのように活用することが子どもたちにとって効果的なのか、様々に試しながら検討していきたい。

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