ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.13 > p14〜p17

海外の情報教育の現場から
ベルギーの私学教育事情と情報化
大阪信愛女学院メディアセンタ 市川 隆司
t-ichi@osaka-shinai.ac.jp

 サッカーW杯予選H組で日本と第1戦を戦うことになったベルギー,その教育機関を昨年10月文部科学省の派遣で訪れた。今回は,あまり馴染みのないベルギーの教育と情報化をご紹介したい。

1.ベルギーってどんな国?
 ワッフル,チョコレートなどで有名だが,オランダ,ドイツ,ルクセンブルグ,フランスに囲まれており,面積は近畿地方より狭く,人口は約1000万人,連邦君主制の小国だ。1830年建国と歴史は浅いが,日本の皇室と親交が厚い。首都ブリュッセルにはEU本部があり,地理的にもEUの中心となっている。

  複雑なのは言語で,ほぼ国を2分するオランダ語圏とフランス語圏,そしてわずかだがドイツ語圏の3地域に分かれている。

  高福祉高負担で,税金は年収の約7割を占める。そのため,夫婦共働きが一般的だ。

  訪問の中心地となったリエージュは,ブリュッセルの南西100kmフランス語圏に属し,人口20万人の,ベルギー第4の都市である。
2.ベルギーの教育は?
 6歳から18歳までが義務教育で,学費は無料。私学でも学費を取ることはできない。

  小学校は6年間だが,2年間を1ステップとして初級,中級,上級となっており,成績によって留年制度がある。

  中学校1〜2年は全員が共通カリキュラムで学習し,2年後半のテスト結果で進路を決める。中学校3年〜高校3年の4年間は,大学進学を目指す一般教育と卒業後就職を考える職業技術教育とに課程が分かれる。

  高等教育は大学と専門学校があるが,大学進学率は低く就職に際して有利なこともない。専門学校は3〜5年制と多様で,大学レベルの授業内容の学校もある。どちらも基本的に入学選抜はない。

  フランス語圏共同体では私学に通う生徒が50%おり,私学のほとんどはカトリック学校である。カトリック教育委員会(http://www.segec.be)が学校を管轄している。各学校は経常費の60〜70%の補助金を受けているが,残りは校長の裁量で捻出しなければならない。また,教員の給与は公立私立とも同額で,フランス語圏共同体から支給されている。カリキュラムは公立私立ともほぼ同じだが,私学は若干自由度が高く,その中で独自性を発揮している。学校の選択は,自宅からの距離によることが多いようだ。

  1学級は24名で,コンピュータの設備は,1校に少なくとも1教室24台を設置することが義務づけられている。

  フランス語圏共同体における教育改革は,1997年から始まっている。教育目標として「個性を伸長し自信を持たせる」「社会人として自立する」「市民として社会に貢献する」などが柱となっている。

○教員は人気ある職業か?
 ベルギーでも暴力,いじめ,不登校など教育現場の荒廃が日本と同様問題となっている。また,以前と比較すると教師や親はこどもに尊敬されなくなってきている。そのため,教員はあまり人気のある職業ではないようだ。
3.旅のはじまり
 パリで3日間過ごし時差にも慣れた後,ヨーロッパの新幹線TGVタリス号でパリ北駅からリエージュに向かった。どんよりと曇った空模様だが,両側の窓から美しい田園風景が広がる。列車は2時間半でリエージュに到着した。

  視察したのはすべて私学あるいは民間の教育研修機関で,計13機関に及ぶが,印象深い教育機関を紹介しよう。
4.高等・社会人教育編

(1)TechnoTheque http://www.techno.forem.be
 IT関連の職業に就きたい人のために,その技術を習得する機会を提供している民間の技術訓練センターである。リエージュ市から財政支援を受けて1987年に設立され,プログラミング,マルチメディア,Web制作など8名の専門スタッフがいる。月火木金曜の午後と土曜の午前に開館され,登録者は予約を取って無料で利用することができる。

 1階は約100台のコンピュータや各種ソフト,マニュアル類が完備している。自学自習を基本としているが,専門スタッフに質問することもできる。私たちが訪問したときも,多くの若者で賑わっていた。2階は最長6ヶ月間の無料研修で使用されるセミナー室となっており,10数台のコンピュータとプロジェクタが設置されている。年間約200名の受講生のうち,90%以上が就職先を見つけるそうだ。

(2)アシュセ高等商業学院 http://www.hec.be
 4〜5年制のビジネス・スクールで,海外に74の提携校を持つ国際色豊かな専門学校である。ヨーロッパでも有名でレベルも高く,この学校の卒業は大学卒業に匹敵するそうだ。3回生で4〜5ヶ月の外国研修,4回生で8週間の企業研修があり,実学に力を入れている。現在35名の学生がいる日本語学科の教授(香港出身の中国人)から,同学科についてうかがった。ビジネス・パートナーとして日本に関心のある学生から,日本のマンガに関心の高い学生まで志望動機はさまざまだそうだ。確かに書店に行くと,言葉はフランス語だが日本のアニメ本が氾濫しており,子供たちに強い影響力があるのだと改めて感心した。

  従来のLL教室を更新した最新のCALL教室を案内してもらった。一斉学習だけでなくLLで行われていたペア・ワークやグループ・ワークを行えるように音声や映像系を含めてシステム構成されていた。デジタル化された日本語学習教材もあったが,映像は一昔前の日本といった感じであった。いくつかの授業ではオンラインで学習課題が提供されているが,今後はさらに科目や内容を充実させて,遠隔学習を展開させる計画を持っているそうだ。

(3)Technifuturhttp://www.technifutur.be
 就労者技術研修センターで,研修生は主に企業からの派遣だ。元々は失業者対策のために大企業の援助で設立された民間機関だが,昨年完成した近代的な設備で,「機械工学」「生産技術」「電気電子」「情報技術」4部門の研修が行われている。情報技術に関しては,OS,アプリケーション,プログラミング,インターネットに加えて,ASPやセキュリティ関連の講座が新設されている。1講座は1〜6日間である。

  さらに,e-Learningでの研修も始められており,電子商取引を中心にインターネット関連コースがある。e-learningというと自宅での学習を想像するが,企業内での研修に活用されるそうだ。

5.初等・中等教育編

(1)セント・ベロニク学院 (http://www.sainte-veronique.be
 幼稚園から専門学校まである総合学園だ。園児から学生まで,総数2000名の大規模校といえる。英語教育に力を入れており,5歳から18歳まで必修である。英語教員は全員ネイティブ・スピーカーで,発音の異なる5地域から採用しているそうだ。また,ISO14000取得のため環境学習にも熱心に取り組んでいる。そのほか,スポーツに関する資格を取得できるよう,独自のカリキュラムを編成している。

 中高で見学したコンピュータ室は,壁側に余裕を持ってコンピュータが配置されており,窓の外には美しい風景が広がっていた。日 本では見かけなくなったWebTVが設置されている教室もあった。インターネットのサーバやルータはラックに納められおり,管理は専門技術者が行っている。

 小学校では,コンピュータを活用した授業を見学した。コンピュータを活用した授業は,週1時間ある。最初のクラスでは,ドリルソフトでフランス語の冠詞の学習を行っていた。iMacが18台設置された別教室では,CD-ROMソフトを活用して歴史の学習を行っていた。この設備はフランス語圏共同体からの支給で,自分たちで仕様を決定したものではない。子供たちは特に意識することなく,コンピュータを活用している印象を持った。授業担当者とコンピュータ専任とのティーム・ティーチングの形態が取られていた。ドリルソフトは,このコンピュータ専任が作成したものであった。このクラスで児童に質問したところ,全員が家庭にコンピュータを所有しており,自分用のコンピュータを所有する児童も数名いた。

(2)マリア・ゴレッティ校
 生徒数650名余の中等の職業技術学校で,理容美容・エステ・フットケア・化学・薬学・服飾などのコースを持っている。学校の概要説明を受けた後,各コースの実習を見学した。エステ・コースなどでは一般の人が格安料金でエステ体験できる実習があり,実際の職業体験ができる。生徒は明確な目的意識を持っているので,意欲的に学習に取り組めるのだと感じた。どのコースも和やかな中にも真剣に取り組む生徒たちの様子が印象的であった。

(3)INFOREF (http://www.ulg.ac.be/cifen/inforef
 教育分野で情報通信技術の利用を促進するために活動しているNGOで,以下の活動を行っている。

 ・教育関係のソフトウェア,CD-ROM,データベース,インターネットなどの情報提供
 ・情報処理,情報科学,マルチメディア,インターネットなどの研修
 ・市町村,地域,あるいは国際的な情報通信技術を活用した教育プロジェクトの開発,コーディネート

 担当者は,ぜひ日本とも交流を持ちたいと話されていた。

○Arteプロジェクト
 欧州委員会の教育文化プログラムである「ソクラテス・プログラム」の支援を受けて,ベルギー・オランダ・ドイツ・スウェーデン・スコットランド・イタリアの6ヶ国の中等学校が各地域の現代美術を紹介する共同学習プロジェクト。INFOREFはベルギーでそのコーディネートを行い,5校が参加した。その成果はCD-ROMとなっている。

○EurEAU@ctionsプロジェクト
 
現在ベルギー・イタリア・ギリシャ・フランス・ドイツ・イギリスの6カ国の学校が参加し,「水」をテーマに各地域の川や運河を調査研究している。ベルギーからはArteプロジェクトとは別の5校が参加しており,前述のセント・ベロニク校もその中の1校である。
http://www.ulg.ac.be/cifen/inforef/expeda/eureau

6.おわりに
 不況下にある日本で,フリーターとなる若者は年々増加している。ベルギーで最も強く感じたのは,すべての教育段階で「社会人としての自立」を強く意識していることだ。日本の学校でも近年は体験学習やボランティアなどが重要視され,ネットワークの活用によって実社会や社会人との関わりも増えては来ている。その中で,子供たちが「この学習は有用だ」という実感を持てる学習を一層推進する必要性を強く感じさせたベルギーでの体験であった。

 拙稿をお読みいただけるころには,サッカーW杯「日本VSベルギー」にも決着がついているかもしれない。さて「勝ったのはどっち?」
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