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ICT・EducationNo.25 > p8〜p11

教育実践例
高校−大学間での協調型 eラーニングのデザイン
−教職課程履修生とのコラボレーション−
新潟市立明鏡高等学校 江口宏行
meikyou2@niigata-inet.or.jp
http://www.niigata-inet.or.jp/meikyo-h/
1.研究の趣旨
 これまで高校現場においては,大学の研究の一端に触れる機会として高大連携の公開授業や出張講義,あるいは衛星放送を使ったelnet等が活用されており,近年ではeラーニングシステムによる遠隔地授業といったスタイルが実現されている。

 これらの授業の目的は,高校の枠を超えて発展的な科学技術・専門教育への興味・関心を喚起することであり,大学側にとって優秀な学生の早期発見と大学への勧誘といった思惑もあるが,高校生にとって卒業後の進路にも関わってくる貴重な体験となっている。

 本研究は,長岡技術科学大学工学部植野真臣助教授らの研究チームが開発したeラーニングシステムを利用した授業に,大学生とともに本校生徒を参加させ,大学生の援助を受けながら共に学んでいこうという「協調型eラーニング」のデザインであり,これまで行われていたeラーニングシステムを利用した授業実践や,高大連携とは目的が異なる。

 受講する大学生は,普通教科「情報」の教職課程を履修している学生24名を含む62名で,教職課程を履修している学生にとっては今回の研究を通して実際の高校生に対する学習活動の支援や指導法を研究することができるという利点が考えられる。

 また,本校生徒は,選択教科「情報処理」の履修生7名(3・4年生)であり,掲示板などを利用して大学生に質問したり,発問に答えながら学習を進めたりすることができる。さらに,研究の後半では高校生が受講したい授業として,大学生との共同作業によって学習コンテンツを開発した。

 このように,お互いが協調しながら学習を進めていくことによって,両者にどのような利点があったかを検証することが今回の研究のテーマである。また,最後の授業で高校生,大学生共に同じ試験を行い,チームごとに得点を競い合った。

 なお,今回利用した学習内容は,高校生向けに作成されたコンテンツではなく,大学生向けに作成されたものである。
2.授業の概要
(1)学習内容
 利用したeラーニングシステムは全19回のコンテンツより成るが,すべての学習コンテンツを学習することは授業内容と授業時間数の両面から無理があり,8つのコンテンツに絞って,1週間に1コンテンツ(各90分)ずつ学習するよう指示した。

第1回 情報倫理とは
第5回 生活とコンピュータ
第6回 インターネットによるコミュニケーション
第8回 インターネットと個人情報
第9回 インターネットの知的所有権
第10回 インターネット情報検索
第12回 インターネットと犯罪
第13回 インターネットとセキュリティ

 この他,高校生から要望の多かったコンテンツについて大学生が独自にコンテンツを開発した「Web検索サイトについて」(45分)の学習を行い,最後に期末考査(45分)を実施した。

 本eラーニングシステムでは,それぞれの学習コンテンツは,教師の動画やアニメーション,画像,テキストなどが同期して表示される仕組みになっている。ときおり達成目標に対応した演習問題が提示され,学習者の反応によって詳細なフィードバックが即時的に返される仕組みになっている。

学習コンテンツの画面
▲学習コンテンツの画面


(2)掲示板の利用
 現在利用されている多くのeラーニング授業のシステムと同じく,学習者は掲示板を用いて,課題への協調解決,質問,意見などを他の参加者とやり取りすることができる。大学生・高校生がコミュニケーションを取りあいながら学習を進めていくという今回の授業実践においては,掲示板の適切かつ活発な利用はきわめて大きな役割を果たした。実際,既存の教材が理解しにくいという意見が掲示板で高校生側から出され,掲示板での両者の議論を経て,大学生によるコンテンツの開発(再構成)が行われることとなった。

 以下実際に書き込まれた事例を紹介する。

事例1.教師からの指示
 明鏡高校のみなさん はじめまして
  長岡技術科学大学の植野です。
  ここでは,本授業のルールをお話しましょう。皆さんには,各人,大学生の人とペアを組んでもらいます。ペアを組んだ人の名前を下に示します。最終的には,この授業をよく理解することが目標ですが,この授業は大学生向けのものですので,大学生の人に教えてもらいましょう。最終的には,理解度テストを受けてもらいます。理解度テストがよくなるように各ペアの人が協力してがんばってください。また,自分で調べることは非常に重要です。自分で調べたことを他の皆さんに教えてあげることも忘れずに。


事例2.高校生の新規質問に,複数の大学生が回答
<高校生>植野先生の話を何回聞いても理解できないんですが。添付ファイルはどういうことですか?あと,ブロードバンドとはいったいなんですか?

<大学生A>はじめまして,技大生の長澤です。疑問にお答えします☆
Q添付ファイルはどういうことですか?
A電子メール(e-Mail)を切手を貼って送る“手紙”に例えてお話します。

 手紙には紙に内容を書いてポストに投函することで相手に届くのはわかりますよね。このときに,例えば手紙に写真やMDといったものも一緒に入れることったものも一緒に入れることがたまぁ〜にあるんじゃないかなって思います。内容を書いた紙が電子メールの本文だとすれば,それ以外に手紙の中に入れた写真やMDなどといったものが「添付ファイル」になります。分かりますか…?

 このように例えれば“大きなファイルは添付して送信してはいけない”という理由も分かると思いますが…
 こんな説明で分かったでしょうか?

<大学生B>ブロードバンドとは高速度で大容量のデータ転送のことをいいます。(…中略)1M(メガ)からの添付ファイルは回線に非常に負担をかけてしまうので,考えてから送りましょう。

<大学生C>「ブロードバンド」と「添付ファイル」については,ほかの人が解説してくれましたので,ネット上に書かれているページを紹介しておきます。(…中略)ほかにもたくさんのページがありますので検索ページなどで調べて良いページがありましたら,紹介してほかの人に教えてあげてください。

<高校生>わかりました。ありがとうございます。わたしも最初,検索ページで調べてみたんですが,いまいちうまく探せなくて…上手な検索のコツとかってあるのでしょうか?

<大学生B>「インターネット情報検索」の授業はまだやってないのかな?

これをやっていくと,検索の時の注意点とかが載ってるから参考になると思うよ!

<高校生>じつはもう終わってるんですけど…これも先生の話とか用語が難しくてあまり理解できなかったんです。大学生のみなさんに聞くとすごくわかりやすいんだけどなー。みなさんで授業の教材つくってほしいなーなんて(^_^)。

<大学生C>そうか,でもコンピュータは専門用語や略語が多いからね,僕も最初は見ただけでうわーって思ったし。でも,この掲示板で出た質問とか意見とかを反映した教材って,勉強する側のニーズにも合ってるわけでしょ?それってすごくわかりやすくていい教材ができると思うんだけど誰か一緒にやってみない?


(3)コラボレーション(コンテンツの共同開発)
 掲示板で高校生から意見を参考にしながら,「インターネット情報検索」の授業コンテンツを大学生が「Web検索サイトについて」というタイトルで再構築した。

 コンテンツの共同開発は次のような手順で行われた。

 本来,掲示板等を利用したオンラインでの共同開発が理想的であったが,大学生と高校生の時間的なスケジュールの調整がつかず,一斉授業の中での教師の指導のもと,高校生側の討議を行い,集約された意見を大学生へフィードバックするという形を取った。

高校生から出された意見を元に
大学生がプロトタイプを作成
プロトタイプを
高校生がチェック
フィードバックされた不具合を
大学生が修正
確認テストの内容を見直し
変更前後での理解度を分析する

 コンテンツの作成者とコラボレーションしながら教材づくりに参加するという,今までの学習にはない新しい体験は,生徒たちの学習に対するモチベーションを高め,結果的に学習内容への理解を深めるという結果につながった。これは,与えられた課題を消化するだけの受動的な授業とは異なる「協調型eラーニング」の学習方法の重要な部分である。
3.学習データの分析
(1)掲示板利用状況
 掲示板には,学習期間中に計830件の発言があった。

 大学生の発言数は,今回の学習に参加した人数の比率を考慮しても圧倒的に多い。しかし,前年度の同じ授業(大学生のみが参加)での発言数は同じく13週間で218の発言数は同じく13週間で218であったことを考えると,著しい増加を示したことになる。発言の内容を見ても,高校生からの質問へ回答するだけでなく,大学生同士での授業に関する意見のやり取りも活発になっており,高校生の参加による相乗効果は予想以上のものであった。


(2)共同開発したコンテンツ
 次に,共同開発されたコンテンツの学習の結果を見ると,オリジナルコンテンツ「インターネット情報検索」と共同開発された「Web検索サイトについて」では,参加者全体の理解率が51.4%から76.2%へ飛躍的に上昇した。もちろん,問題内容・問題数共に異なるため,単純に数値の比較のみで優劣を判断することはできない。しかし,コンテンツの構成はオリジナルの内容を踏襲し理解しやすいように項目を細分化したもので,学習者の到達目標のレベルを引き下げたものではない。また,特定の個人というわけではなく,全員の成績が平均的に上昇しているということから,今回,コンテンツの共同開発を行うことによって,総体的に学習内容に対する理解を深める結果をもたらしたということができよう。


(3)期末テスト結果
 期末テストでは,全70問中高校生が受講したコンテンツに関する問題を40問出題した。今回の研究では高校生・大学生がペアを作り学習を進めたが,このペアの相互関係と理解度について期末テストの結果から次のようにまとめた。

高校生・大学生ペアの相互関係と理解度
▲高校生・大学生ペアの相互関係と理解度

 Dペアは,高校生・大学生共に得点が高い。もともと大学生の理解度が非常に高く,研究開始当初の段階から授業に対する発言も非常に積極的であった。高校生も掲示板への質問の回数が多く,非常に活発なコミュニケーションが見受けられた。ペアとしての相互効果を十分に発揮したもっとも良い例である。Aペア,Cペアなどは大学生の得点が非常に高いものの,高校生の得点が伸び悩んでいる。大学生は,理解度が高くてもそれを教える技術は不足しており,この点に関してアドバイスを求める声が多かった。また,研究終了後のインタビューでも,教え方について苦労したとする学生が複数名いた。早い段階から「教える」ということを課題としてとらえ,実践していくことができる点も,協調学習のメリットであるといえよう。Fペアは双方の得点が伸び悩んだパターンである。高校生の学習に対するモチベーションは決して低くはなかったのだが,大学生低くはなかったのだが,大学生側の理解度がそれをくみ取って伸ばすには不足していたように見受けられた。
4.今後の課題
(1)eラーニングシステムの利用について
 本校を含め,高校での教育は一斉授業を中心に行われることが多いが,以前より指摘のある通り,生徒の能力や意欲に大きなばらつきがある現状では,教育効果を期待することが年々難しくなってきており,一斉授業の形式を中心に教育を行う限界が出てきている。そこで今回のシステムの利用を考えたが,オンラインで学習する場合には学習者のペースで学習することができるため,学習者自身が常に自分で自分の理解状態を確かめる必要がある。eラーニングの大きな特長である「いつでも,どこでもできる」というメリットは,「いつまでたっても,どこにいてもやらない」というデメリットもでもあり,教師側から,いいタイミングでの適切なフィードバック(教材の提示・質問)を行うことにより,生徒のモチベーションを維持することが可能になると考えられる。


(2)大学生との協調について
 授業後のアンケート結果から,授業に対する生徒のイメージを探ると,掲示板での学習が理解に役立ったと答えた高校生が100%であり,自由記述での回答では参加したすべての生徒から肯定的な意見を得た。また,学校以外に自宅からも半数以上の生徒がこの授業にアクセスしたことがわかった。しかし,今後もこの学習を継続したいかとのアンケートには半数が否定的であり,また,テスト結果からもわかるように,高校生にとっては難易度が高く,必ずしも意欲的に取り組めなかった学習者がいたことも事実である。学習すべてをeラーニングによって行うことが効果的であるとは考えにくく,一斉学習の特徴と,eラーニングの特徴を考え,相互の組み合わせを考えた上で,授業を組み立てていく必要があることがわかる。


(3)おわりに
 今後の展開として,中学生と高校生,小学生と高校生といったデザインの拡張を考えたときに,利用者のコンピュータやインターネットに対する日常的な関わりあいや発達段階を鑑みて,リデザインが容易にできる仕組みが整えば,その可能性も大きく広がるだろう。

 本授業は,高校生・大学生からの要望も多く,さまざまな改善を加えながら今年度も継続されている。今後もさらに方法論の観察・分析を継続し,その成果に基づいて,検討・改善をしていきたいと考えている。
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