ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.3 > p19〜p23

海外の情報教育の現場から
インターネットを介した国際交流の目的とその利点
帝塚山学院泉ヶ丘中・高等学校 辻 陽一
yoichit@tezukayamaizm-hs.sakai.osaka.jp
1.国際交流の目的
 数年前,グローバルスクールハウスプロジェクト※注1(以下GSH)で有名なイボンヌ・アンドレーズは,「時代はCU-SeeMeからウェブを用いたカリキュラム開発へ進んでいる」と語っていた。イボンヌはインターネット上のテレビ会議システムであるCU-SeeMeが,まだ画像とチャットだけという産声をあげたばかりの頃から,その可能性に注目していた。やがてMAVENという音声プログラムが開発され,相手の姿を見ながら会話ができる今日の原型ができた。これを初めて体験した時の彼女の狂喜ぶりを,筆者はほぼリアルタイムで流されてきた彼女のメールから知った。94年のことである。

  以後,彼女は全米科学財団の助成金をえてCU-SeeMeを中心に次々と教育実践を行ってきた。すでに94年には約20校がT1(毎秒1.5メガ)回線を使ってCU-SeeMeによる講演会や学校間交流を行っていた。

  CU-SeeMe中心のプロジェクトからホームページ上に掲載する教材作成へとGSHの軸足が変化してきたのは95年のことであった。この95年といえば,日本では100校プロジェクトで100数校にインターネット専用線(64kbps)が導入された時期である。この時期,アメリカではすでにインターネットの教育利用の第二段階といえるカリキュラム・教材開発へと進んでいた。回線幅の面でも例えばテキサス教育ネットワークの生みの親であるコニー・スタウトによれば,一つの学区ではすべての学校がT1で結ばれているという状況で,インターネットの教育実践とカリキュラム開発が彼女の指導の下に進められていた。※注2

  あれから4年,アメリカの情報教育はどう変化してきたのだろうか。情報教育の世界に限って言えば,アメリカを見れば近未来がわかる。アメリカの動向については,すでに本誌2号の鈴木克明氏「アメリカにおける情報教育の動向」で全体像が描かれている。そこで本稿では,ハワイの教育省の実践的シンクタンクと言えるATR(Advanced Technology Research Office)※注3を取り上げ,アメリカの現状を紹介しながら世界の今後を考察することとする。

※注1 Global Schoolnet Foundation:http://www.gsn.org/
※注2 The Texas Education Network (TENET):http://www.tenet.edu/
※注3 Advanced Technology Research Office:http://atr.k12.hi.us/
2.ハワイと帝塚山のつながり
 そもそも筆者がハワイの教育省に注目し始めたのは,96年夏,教育省の情報テレコムサービス局(Office of Information & Telecommunication Services)にダイアン・オーシロ局長を訪ね,氏の人となりとダイナミックな情報教育へのビジョンを伺ったことがきっかけだった。その後,(財)コンピュータ教育開発センターの共同利用企画や国際プロジェクトに参加し,その一環としてハワイから生徒や教育省のスタッフを日本に招いたりする中で,同省との関係が深まるとともにハワイの情報教育事情の一端を知ることができた。 本校国際科の語学合宿では,過去2年にわたり従来の神戸のカナディアンアカデミー(以下CA)の生徒以外にハワイから3名ずつ生徒を招き,英語の指導にあたってもらった。今年は特に9名の生徒をハワイから招いたが,彼らはすべてハワイの教育省が力を入れているE-Schoolに参加している生徒であった。彼らを本校のコンピュータ教室に案内したところ,e-mailで家族や知人と連絡をとるため,いっせいにキーボードを叩き始めた。このエピソードに示されるように,彼らは非常に優秀な高校生たちであり,今年の語学合宿が大いに盛り上がったのも彼らの存在が大きい。

  で,こんな優秀な生徒たちを単に3泊4日の語学合宿で英語指導にあたるだけでハワイに帰すのはもったいない,何か,よい考えがないかと考えて,E-Treking Osaka'99(以下ETO)を企画した。

  筆者が事務局長をつとめる大阪府私学教育工学研究会と民間のボランティアグループであるMEF(Multimedia Educational Forum)の協力をえて7月に実施した。

  ETOには,大阪の9校とハワイの9名,韓国から招待した生徒3名,計約40名の高校生が参加した。3日間の企画の概略は,1日目,10のグループに分かれた生徒たちが携帯端末を持って大阪市内のチェックポイントを回り取材するとともに,このデータや取材状況をインターネット上に書き込む。2日目はデータを処理して,Power Pointにまとめる。3日目は発表会でプレゼンテーションを行うというもの。

  ETOのデータ収集とPower Pointを使ったマルチメディア作品の国際協働作業という企画を,筆者は,大げさに言えば,明日を志向する教育プログラムと自負していたのだが,引率のハワイ教育省のケリー・コイデ氏から聞くハワイの状況は,筆者の想像をはるかに超えて進んだものであった。

ETO語学合宿
▲ETO語学合宿

ETOグループワーク
▲ETOグループワーク

ETOプレゼンテーション
▲ETOプレゼンテーション
3.ハワイ教育省の実践開発部隊ATR
 ハワイの教育省は4部局からなり,その一つに情報テレコムサービス局が置かれている。9人のスタッフからなるATRは,この情報教育部局の実践開発部隊である。この9名中5〜6名は,ケリー・コイデ氏のように日系人であるのはハワイの教育に占める日系人の位置を示すもので興味深い。

  ケリー・コイデ氏によれば,上司のダイアン・オーシロ氏は,「失敗してもよいから何でもどんどんやれ」という行け行け路線で,ATRには,その精神がみなぎっているという。その中にはEntrepre neurship(起業家精神)というプロジェクトがある。これはビジネスリーダーを育てる目的ではじめられたプロジェクトであるが,バーチャルではなく実際に生徒が色々智恵を絞って金儲けをしてよいというもので,得たお金は学校に入る。このお金は直接生徒に与えることには,まだ議会の承認を得ていないのでできないが,奨学金のバウチャーなどという形で,起業家の卵である生徒たちに与えられている。この教育効果は絶大で参加生徒は放課後も学校に残るようになったとケリー・コイデ氏は語ってくれた。

  彼はまたThinkQuest※注4の全米受賞者の20%はハワイの生徒だと「豪語」していたが,ATRを中心とするハワイ教育省のリーダーシップが影響しているのかも知れない。

※注4 ThinkQuest:http://www.thinkquest.org/
4.E−Schoolプロジェクト
 どこでも,いつでも,誰でも学べる学校(School is any place, anytime and for everyone)をキャッチフレーズにATRが作ったE-Schoolは,その内容やマニュアルの充実ぶりとその優れたシステムから,アメリカのカリキュラム開発の歴史の重みを感じさせるものである。

  ハワイは6つの島からなる。全島の生徒に教育の機会均等を実現するためには,遠隔地教育制度が不可欠である。E-Schoolは,このようなハワイの地理的事情を背景にして生まれた。99年からはE-Schoolの他に,E-Academyが実施されようとしている。E-Schoolが一般教養的な内容であるのに対して,E-Academyは高度な理数系教育を目指している。高度な内容でも耐えうる教育方法が,インターネット上で確立されつつあると言えるのかも知れない。

  99年から始まるE-Schoolは,シェイクスピアからハワイ近代史,政治,時事問題,それに環境問題や数学,コンピュータなど20余りの多様なコースを用意している。それぞれに担当教員がつき,ウェブ上にマニュアルを置き,授業のどの部分はどの割合でどのように評価されるかなど評価方法も記載されている。

  授業は例えば教師が一つのテーマについてウェブ上にリポートを置き,これについて,生徒の意見を述べさせる。これは,時間を決めてウェブ上でリアルタイムで意見交換したり,毎週一定時間以上,リストサーブ(メールを主体にした電子会議室)上で質疑応答することが求められる。この参加状況も担当教師によって評価される。
授業形態としてはそれ以外にケーブルテレビで放送大学のような形で流されたり,Quick TimeやReal Videoを用いて,インターネットビデオという形でインターネット上で配信される。CU-See MeやNetmeetingなどを使って双方向で担当教師や他の生徒たちと意見交換することもある。

  生徒は課題を読み,宿題(ワークブック)をこなし,コースのテレビ番組を見,週に1時間はリストサーブ上で議論に参加し,MOOと呼ばれるバーチャルなシミュレーション環境の中で,一人の人物として行動し,意見を出し,分からないことがあれば,クラス担当者にe-mailするか,サイト・ファシリテータと呼ばれる地域のヘルパーとコンタクトをとる。このように一つのコースでも多様な活動が要求されるので,コースのスケジュールはウェブ上に掲載される。

  課題などはウェブ上で配信されるが,生徒はアカウントとパスワードを持ってログインしてこれを取り出したり,提出したりする。このため,E-Schoolに参加する生徒は,e-mail以外に添付ファイルの操作やTelnet,その他にもReal Videoなどのマルチメディアを扱う能力が求められるが,マニュアル類やソフト類は書籍やCD-ROMなどで提供される以外にオンラインでも取り出せるようになっている。

  実際にどのような生徒が参加しているかというと,学校では自分に関心のある科目を教える教員がいないという場合や,インターネットを使った自宅での学習で早く,あるいは,多く単位を習得したいという生徒で,学習意欲が高い。

  このE-School参加生徒をその生徒の学校が把握しているかというと,どうもそうではないらしい。ワイパフ高校の英語教師キャロルは自分が昨年度教えたある生徒が,その年,E-Schoolを受講していたことを知らなかった。学校とは別の学校がバーチャルに設置され,設置者が教育省のため,単位も認定されるということになる。
5.教員訓練
 E-SchoolやE-Academyを担当する教員は,当該教科はもちろん,インターネットの様々な機能を使いこなせなくてはいけない。特に授業形態が双方向マルチメディアを駆使したリアルタイムの授業というような成熟した形をとるようになると,これまでの教室のような物理空間がないサイバースペースの中に,ぎっしりと詰まった機材やノウハウを駆使することが求められる。このため,教育省では,4島に置かれた教育センターをISDN回線で結び,ISDNテレビ会議システムを使って教員研修を実施している。教授陣にはATRのスタッフだけではなく企業や大学(ハワイ大学)からも専門家を派遣してもらい,カリキュラム開発も含めて,産学共同事業の形をとっている。
6.完備したオンラインマニュアル
 情報教育について日本でもようやくマニュアルやガイドブックの必要性が認識され,実践家や研究者,教育機関によって作られつつある。特に2002年から始まる新カリキュラムや高等学校に新設される教科「情報」関連で,情報教育に教育界の関心が集中している感がある。教科書や参考書作りに情報教育の先駆者たちが駆り出されているのだ。しかし,ここでハワイを含むアメリカと根本的に違っているのは,アメリカでは情報教育は手段として教えられており,コース,つまり,教科の指導に比重が置かれている。つまりコースカリキュラムの開発が進められているのだ。

  シェークスピアを専門とする教師が,E-Schoolで教えているのである。このような情報教育以外の専門家をE-Schoolの教師とするには,教員訓練とともに使いやすいマニュアルが必要となる。また,コース参加生徒がインターネットの技術面でトラブルをおこしていればコース担当教師は授業の中身に集中できなくなる。そこで生徒自身も自分でトラブルが解決できるようにマニュアルが必要となってくる。もちろん,技術的なトラブル対策としてのマニュアル以外にもシラバス(教材)や授業の進め方そのものも平易・明快でないと,生徒はコースについてこれない。以上のような理由から,ATRのページは,おびただしいマニュアル類やリソースが満載されている。

  この教育省の実験プロジェクトで蓄積されたノウハウが,当然,教育省による教員研修を通じて現場にも還元されている。
7.アメリカの教育界の特徴
 アメリカの情報教育に関して言えば,教育現場で優れた実践をした教師を教育省や教育センターに「取りこみ」,彼らを中核にして州や地域の情報教育を推進させる。中には,企業に引き抜かれる教師も多く,彼らがコースカリキュラムや教育ソフトを作成し,これを教育省などに売りこむ。転職がキャリアアップにつながるアメリカの社会の良い面が情報教育の世界で集約的に現れている。

  GSHのイボンヌ・アンドレーズのように,中学の教師でありながら民間の教育ボランティアグループと組んでプロジェクトを企画し,全米科学財団や企業をスポンサーにつけ,次々と新しい企画を展開している姿は,情報教育が教育のコンテンツがグローバルになるというだけではなく,教育システムとしても,伝統的な学校の枠を超えたものとなっていくことを象徴している。

  日本ではようやくインターネットと教育の世界で実践を積んだ教員を教育センターや教育委員会へ「取りこむ」動きが始まったが,アメリカと違うところは,これが「点」でありATRのような層の厚い「面」となっていないことである。つまり点が面となるまでのタイムラグが日米の情報教育格差を示しているし,実際のプロダクツ面でも,ATRのホームページや教育プログラムに見られるような充実したコンテンツを日本はまだ生み出しえないでいる。
8.クオバーディス,情報教育,どこへ行く
 以上,ハワイ教育省やGSNの動きを中心にアメリカの状況を見てきたが,今後,世界の情報教育はどこに進んでいくのだろうか。以下のリストは筆者の私見である。日本の教育に限って言えば,双方向マルチメディアなど教育のインフラに資金をどれだけ注げるか(家庭教育も含めて),教科「情報」以外の教科のカリキュラム開発にどれだけ力を注げるか,これが今後を占う上で大きな鍵を握っているように思われる。

1.インタラクティブ・マルチメディアを中心としたカリキュラム開発が進められる
2.インタラクティブ・マルチメディアをインフラとした新しい文化・芸術教育が生まれる
3.カリキュラム開発は国や教育機関,産学が複合的に協力して行われる
4.3に伴い教育を軸に多様な人的交流・移動の活発化が起きる
5.4に伴い教員や教育水準の高度化が求められる
6.オンラインスクールの出現で教育の複合化が促進される
7.5や6に伴う教員階層の分化が進む
8.情報能力・意欲・資金の持てる国・学校・人と持たざる国・学校・人の格差が拡大する
9.伝統的な学校の地盤沈下が起こるとともに,その役割が変質する
10.起業精神の奨励と学校を媒体に生徒の起業が可能・活発となる
11.9に伴い生徒のグローバルなコミュニティやヒューマンネットワーキングが実現する

  以上は一見「大胆予測」に見えるかも知れないが,この多くはすでにわが国でもその萌芽が見られており,当たらずとも遠からずになると筆者は考えている。
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