ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.30 > p24〜p29

教育実践例
インタビュー記事作成を通して制作者の意図と読み手の関係について考える
慶應義塾湘南藤沢中・高等部 田邊則彦
 メディアリテラシーの概念が急速に普及してきた。マスメディアのあり方に関する批判から誕生した日本のメディアリテラシー教育は,批判的な読み解きや表現に関する能力を育成することの中で実践が行われている。情報教育を大きな柱にして中・高一貫教育を実施してきた慶應義塾湘南藤沢中・高等部でも,一昨年度からメディアリテラシー教育を教科「情報」のカリキュラムの中に位置づけている。情報機器の操作を習得するコンピュータリテラシーやネットワーク利用のイロハを学ぶネットワークリテラシー,情報を検索するためのスキルや判断力を養う情報リテラシーは,中学校段階でかなりの部分を扱うようにし,高校段階では,データを分類整理し統計的な手法を用いて傾向を見出したりデータを可視化するデータリテラシーと表現の工夫やメディアリテラシーに取り組んでいる。
 東京大学の山内祐平助教授の,受講生同士がインタビューをして人物紹介の記事を作成するなかで,送り手・受け手・取材される側という三つの立場を経験し,それぞれの立場において「意図」がどのように関わるかを学ぶ試みを,授業アイデアとして使わせていただき,まず,プロトタイプの授業を組んでみた。山内祐平著「デジタル時代のリテラシー」の中の第9章「ワークショップで学ぶ」の「友達の絵本」が本実践のオリジンである。
1.プロトタイプ授業
 2002年度に『仮想雑誌記者になり,友達にインタビューをして,「インタビュー記事」をまとめてみよう』という授業を試みた。この課題でいくつかの問題点が見出された。

○生徒同士のインタビューはうまく成立しない
 お互いに既知の事実が多く,部活動や趣味を話題にしてもインタビューの質問項目が平凡なものに終始するか,特定グループの中で話題になっていることに集中し,読み手にとっての魅力に乏しい記事にしかまとめられなかった。
 質問の仕方にも問題があり,用意した質問を次々と投げかけるだけで,インタビューの深まりが得られなかった。また,回答者も不慣れなこともあり,質問項目に対する回答をきっかけに語る状況にはならず,インタビュー記事としては面白みがなかった。

○文書作成ソフトでは表現の限界がある
 一般的な文書作成ソフト(MicrosoftWord)を使用し,縦書きにしてレイアウトさせたが,レイアウターとしての機能が使いづらく,文字の送り込みや段抜きなど制約が多く,思うようなレイアウトができなかった。特にブロックごとの流し込みができなかったため,タイトルや写真の挿入でレイアウトが大きく崩れ,やり直す場面が何回もあった。

○完成した記事に対するコメント
 収集が思うようにいかなかった友達同士のコメントとなり「おたがいさま効果」による評価の甘さを排除することができなかった。
2.改良版授業
 そこで2003年度は,親や世話になった人へのインタビューという設定に変更し,プロトタイプ授業に改良を施した。また,新聞記事や雑誌のインタビュー記事を分析する時間を設け,見出しの役割・リード文の役割・本文と見出しやリード文との関係,フォントや文字サイズによって異なる印象,英字新聞との比較を通して横書きと縦書きの違い,段抜きの効果,飾り罫や写真の効用等について考えるきっかけを与えた。
日本語の新聞の紙面構成を分析する
▲日本語の新聞の紙面構成を分析する
英字新聞のレイアウトの特徴を探る
▲英字新聞のレイアウトの特徴を探る







3.本格的なDTPに挑戦
 2004年度から,ソフトウェア上の制約で思うように表現ができない状況を改善するために,Adobe社のInDesignをレイアウターとして導入し,紙面のレイアウト構成を紙の上にまとめさせてからDTPに挑戦させた。
 インタビューを冬休み中の課題として出し,以下のようなプリントを用意した。
 帰省してインタビューを行った生徒,親とじっくりと話す時間をとった生徒,それぞれ休み明けにインタビューの内容をテキスト入力し,写真の適正な加工を紙面にレイアウトする作業を行った。InーDesignの基本的な使い方は授業で1時間扱ったが,ヘルプ機能を参照することを奨励した。完成したインタビュー記事は,インタビューに協力してくださった方に読んでいただき,コメントをもらうようにした。また前年度は写真のリサイズがうまくできず,大きなファイルを作ってしまった生徒が続出したので,PhotoShopを使って写真の加工についての講義を実施し,作品提出の際に「元画像ファイルサイズ」と「リサイズ後ファイルサイズ」を申告させることによって,写真の適切な加工を意識させた。
 ある生徒の父親は,「人から話を聞きだし全体をひとつのストーリーにまとめるという訓練はとても大切なことでよい企画だと思います。今まで本人が知らなかった分野の内容を聞き出すということでてこずったり,うまく突っ込めなかったりというところも感じましたが,聞いた話をうまくまとめて,市場,技術,お客様の変化と製品企画の移り変わりをとらえているのではないかと思います。」と記事を読んでの感想を述べています。
冬休みの課題プリント
▲冬休みの課題プリント
冬休みの課題プリント
4.制作者の意図と読み手の関係について考える
 2005年度は,「読ませるインタビュー記事」について考えさせる時間を設けた。
 その中で「心に残るインタビュー記事とは」として,以下のインタビュー記事作成の基本を確認した。
・インタビュアーの質問に対していろいろと答えたものが,記事になる。
・インタビュー記事とは,話し手が言ったことをそのまま書いていてはだめ。
・「そのまま」記事にしても小学生の作文のように面白くないものができてしまう。
・インタビュー記事は,話し手が実際に話したことをそのまま書くのではなく,話し手の話を論理的に整理してやるという作業が必要。
・記事を書く場合には,すでに記事の構想が頭にあり,インタビューではその構想に当てはまる発言を選ぶのが定石。

 さらに,「情報の精選」が求められることを伝え,以下の雑誌記事をまとめる上でのノウハウを伝えた。
○「文章の書き方」に関して
・誤解されない文章表現。
・簡潔な文章表現。
・わかりやすい文章表現。
・伝えたいことをいかに表現するか。
・完璧な推敲を。

○「魅力あるタイトル」の設定に関して
・記事の大見出しで,本文内容を何のひねりもなく,そのままタイトルに使用するのは推奨できない。
・具体的な本文内容の説明はサブタイトルで。
・タイトルは広告でのキャッチフレーズ・コピーにあたる。
・「おやっ」と思わせ本文まで読ませてしまう工夫を。
・ページのデザインにおいて,タイトルは編集の中でも最も重要な作業。
・メインタイトルは20文字以内。
・中見出しや小見出しも読み手との対話を生むポイントになる。読者に飽きを感じさせないための誌面アクセントの役割も。

○「本文の作成・編集と校正」に関して
・切り貼りが編集の基本。
・無駄を省き,すっきりと要領よく。
・無駄な繰り返しに注意。
・意味不明箇所は必ず直す。読む方はもっと分からない。
・校正をしっかり行い,漢字表記や送り仮名などの統一を。
・文字校正だけでなく文章の推敲を。
・保管したくなるような内容とレイアウトを。
・誤字脱字は恥と思え。
・ビジュアル要素を大切にし,テキストに合ったデザインを考え,写真やイラストのクオリティを吟味する。
 版をどのように設定するかで,読者に与える雑誌全体の視覚的なイメージの6割は決まってしまうので,紙面のレイアウト構成を大事にするよう指導した。

◎授業の流れ
企画:冬休み前に企画書配布,紙面構成を考える。
・インタビュー対象を決める。
・インタビューの日程を決める。
・質問内容を考える。
取材:インタビューを実施する(メモと写真を忘れずに)。
編集:メモをまとめ,整理する。写真を加工する。
・本文を作成し,レイアウトする。
・タイトルを決め,レイアウトする。
・写真を挿入し,編集作業を行う。
・文字のフォント・色・大きさを指定する。
校正:誤解を生まない表現と誤字脱字のない記事をめざす。
出力:PDF形式での書き出し。印刷


※読みやすい紙面構成,より魅力ある紙面構成を考え,レイアウトは大きく変化している。
最初の紙面構成
▲最初の紙面構成

最終的な紙面構成
▲最終的な紙面構成






5.まとめにかえて
 生徒の考察した「制作者の意図と読み手について」を読んでいると,書かれた内容からやっとメディアリテラシーの授業展開につながっていくような感触が得られる。メディアリテラシーで培うべき力は,「批判的に読み解く力」という表現よりも,「相手の意図を読み取る力」として本実践ではとらえたい。それは“「誰が」「何を」「何の目的で」「誰に」伝えようとしているのか”を読み取る国語の読解力にもつながる力だ。
 こうした授業を通して,生徒諸君の新聞や雑誌の見方に変化が見られるかどうか,追跡調査を試みてみたいと思っている。
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