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ICT・EducationNo.33 > p26〜p29

情報科教員の卵を育てる
情報科って何を教えるの?
京都女子中学校高等学校(京都女子大学非常勤講師) 平田義隆
hiratay@kyoto-wu.ac.jp
1.はじめに
 教育課程が改訂され,高等学校に「情報科」が導入されてから早5年目を迎えようとしています。京都女子大学では,2002年度より教科「情報」の教員免許を,現代社会学部で取得できるよう制度を整えました。それまで私は,高等学校で数学を教える傍ら,特別講座の中でワープロや表計算ソフトの使い方を教えていました。そんな取り組みが評価されたのか,大学から声をかけていただき,「情報科教育法」の講義を担当することになりました。
 オファーを受けたのは,講義が始まる1年半ほど前。最初は,なんとなく「パソコンの使い方を教える先生を育てる!」と思っていました。当時,新教科ができるといって,あちこちでセミナーが行われていたので,この1年半の間に講義の準備をしようと思い,できる限り参加しました。しかし,情報科で教える内容は,私が思っていたものとは全く異なっていました。情報科の授業を受けたことがない私が,教育法の講義なんて担当していいのかと思った時期もあります。そんな紆余曲折を経て,いろいろなところで勉強させていただき,何とか講義を始めるに至りました。
 ここでは,私が現在担当している情報科教育法について,その内容から特徴,また,私の思いを記していきたいと思います。
2.京都女子大学での情報科教育法 の位置づけ
 京都女子大学では,様々な教員免許の取得が可能になっていますが,中でも現代社会学部では,中学校「社会」と高等学校「公民」「情報」の免許が取得できます。私はその中で「情報科教育法」の講義を担当しています。2回生対象の講座で,開講当初は受講人数が80名を超えていましたが,現在ではその数も減少傾向にあり,10数名で行っています。最初は情報科の教員採用に対する期待が大きかったようですが,最近では,その採用も少ないということが学生たちも分かってきているようです。(これは前号で半田先生も書かれていました。)また,「情報」のみの免許取得では就職も厳しいということで,「公民」など別の教科の免許も同時に取得する計画をしている学生も少なくないようです。
3.年間指導計画(シラバス)
 講座名の副題を前期・後期共通に「『情報』とは何か?」と掲げて,1年間を通じて「情報」という言葉の意味をしっかり考えさせるものにしています。年間講義スケジュールは以下の通りです。

前期:
1.情報教育の体系 総合的な学習の時間から高校−教科「情報」へ
2.情報科の教育目標(情報科とは何か?)
3.情報科における各科目の概要
4.情報科における教材・教具
5.情報リテラシーについて
6.プレゼンテーションの指導について
7.情報科に関連する著作権・情報モラル問題について
8.コンピュータの仕組みと働きについて
9.学校におけるコンピュータネットワークについて
10.学校におけるセキュリティーについて
11.他教科との関わり方について
12.情報科と校務分掌との関わり

後期:
1.情報科の具体的な教育方法
2.情報科の教育評価の方法
3.情報科の教育実践研究・事例紹介
4.学習指導案の作成について
5.模擬授業
6.情報科の問題点とこれからの課題

 これだけのことを1年間でやっていきます(かなり,ハードですが)。そこで,講義も実習もできる部屋を用意してもらいました。通常は平机なのですが,机を引っぱると中にデスクトップPCが格納されていて,それを出せばPC教室に早変わりするものです。この部屋のおかげで,講義内容による教室の移動もなく,様々なスタイルで講義を行うことができます。


▲「情報科教育法」の講義室:平机を引き出すとPCが出てくる
仕組みになっています。
4.学生の特徴
 学生たちは当然,「情報科の教員免許を取りたい!」と思ってやってくるのですが,その中の9割以上は情報科で教える内容のイメージを持っていません。パソコン教室の先生のように思っている学生もたくさんいます。彼女たちが学生だった頃は,まだ旧カリキュラムで,「情報」という教科がなかったわけですから仕方ないのですが,情報科教育法を行うのが1年間では,情報科のイメージを作るのに,とても時間が足りません。「情報という教科の教え方」の前に,「情報という教科とは何か」を知ってもらわなければならないのです。そのために費やす時間は約半年。前期のほとんどをかけて意識改革を行います。
 また,京都女子大学ですので,学生は全員女子です(当たり前ですが)。それに加えて,現代社会学部の学生なので全員文系です。それらのことを踏まえて,講義スケジュールを構成しています。
5.講義の特徴
 さて,これまでのことを踏まえて,様々な取り組みを行っていますが,今回はその中でも特徴的なものを紹介します。

(1)PCや携帯電話を分解する
 先ほども述べたように,この講義は文系の女子を対象にしているので,情報Bでおもに扱われる「情報の科学的な理解」の部分においては工夫が必要です。例えば,PCの仕組みの講義のときには,PCの現物を持ってきて,その場で分解します。PCだけでなく,FDやFDドライブ,キーボード,マウス,ハードディスク,また,携帯電話も分解します。学生たちはハードディスクと携帯電話に関してはとても興味があるようで,どの年度も釘付けです。このように,テキストにあるイラスト等だけでなく,実物を見せることで視覚に訴える工夫をしています。

(2)高校の授業見学
 私の本務校である京都女子高校は,道路を1つ隔てて京都女子大学の隣に位置しています。ですから,情報科の授業の流れを一通り終えてから,情報の授業見学ツアーを組みます。高校では,別の教員が情報の授業を担当していて,その日は,学生が授業の補助に入るような感じです。当日,授業で担当教員が,「今日は,補助の先生がたくさんいるから,何でも質問しなさーい!」なんて言うと,見学だけのつもりで参加した学生たちは一様にびっくりしていますが,年齢が近いこともあって,すぐに打ち解けています。学生たちは,そういった取り組みを通して,私が講義でいくら言っても伝わらない情報の授業の雰囲気や,流れ,進め方,また生徒のまとめ方などが手に取るように理解できるようです。

(3)模擬授業と授業評価
 前期に情報科で教える内容の中身を中心に進めた後に,後期になってから一定時間を与えて模擬授業をさせます。このとき,先生役の人以外は私も含め,模擬授業の評価シートを記入し,提出します。学生たちにとっては,この模擬授業が結構難関のようです。でも,現場に出れば,これが毎日続くのですから,1回ぐらいの模擬授業でへこたれてはいけません。学生たちには,少しばかり注文を出しています。「1人40分間。1回の講義で2人が模擬授業をします。授業の中身は講義でも実習でも何でもOK。自分なりにできる授業内容を工夫して考えて下さい。」と言ってあります。自分の考えたプランを元に指導案を提出させ,私はそれを見ながら模擬授業を受けます。評価シートには,声の明瞭性や授業のわかりやすさなど,10個ほどの項目を設け,それらについて5段階の評価をします。講義終了時に私がすぐに目を通し,その場で模擬授業をした学生に渡して持って帰ってもらいます。この評価を元に,もう一度プランを立て直させて,指導案を作り直し,それを提出して完了です。「評価シートを見るのが怖い!」と言っている学生も多く,「あまり正直に評価するのも…。」という学生もいますが,私はみんなのためだから正直に書くように指導しています。
 最初は模擬授業をためらっている学生も,やり終えたあとは,「もう一度模擬授業をしたい。」という気持ちになるようです。私はそれでいいのだと思っています。
6.おわりに
(1)なぜ,私が「情報科教育法」を?
 講義をはじめた頃は,教科「情報」の内容をわかってもらうことだけで精一杯でした。しかし,ある時,ふと思ったことがあります。それは,「なぜ大学は,情報科教育法の講座を高等学校の教員に依頼してきたのか?」ということです。私はこう考えています。いま,現場で教職を執っている人に講座を担当してほしかったのではないかと(最近では,それ以外の理由もあるような気がしてきましたが…)。それ以降,講義では教育法の内容に加えて,現職教員ならではの内容を含んで講義をしてきました。情報科の中身だけでなく,教師という仕事の心構え的なものや,教員になろうとしている人に求められるものなど,多くの時間を割いて話をしてきました。ある研究会では,「それは別の講座に任せておいて,教育法の講座では,その内容に絞るべきではないか?」と言われたこともありますが,学生からは,「他の講義では,理論的なことばかりなので,現場で活動されている先生の生の声が聞けたのが良かった。」という意見も出されていて,これを聞いたとき,やはり,これが私の役目だったのかなと思いました。

(2)教科「情報」を履修した学生がやってくる
 来年度からは,高等学校で情報の授業を受けた学生たちが,この情報科教育法の講座を受講します。これまでは,「学生たちは情報の授業を受けたことがない。」という前提で講義をしていましたが,そうはいきません。しかし,学生間の履修に対する温度差も非常に大きい学年でもあるので,対応を考えなければならないと思っています。

(3)学生たちの不安
 毎週書かせているミニレポートに,学生たちは毎年のように,次のようなことを書いています。「私はあまりコンピュータのスキルが高くありません。でも,中にはスキルの非常に高い生徒もいて,私よりもよく知っていることも考えられます。それを思うと不安で仕方ないです。」これは,「先生というのは何でも生徒に教えることができる人物である。」という概念を持っている学生が多いからだと思います。私はこれに対して,「情報の先生よりもスキルの高い生徒がいて当たり前!そういうときは自分も一緒に学べばいいんです。情報の先生はスキルを教える先生ではありません。それよりも情報の先生にしか教えることができないことが,きっとあるはずです。」と話しています。情報科教育法で1年間かけて,情報の先生にしか教えられないことを見つけていくのだと私は思っています。また,それを見つけることができれば,私の役目は1つ果たせたと言えるのではないかと思っています。

(4)情報科って何を教えるの?(教科書だけの授業ではなくて…)
 極端な話,私は,どんな教材を用いて授業しても,情報科で教える中身のエッセンスが必ずと言っていいほど含まれていると思います。多くの出版社から教科書が出されていますが,その内容にとらわれすぎて,型にはまりきった授業を行うよりも,少し型破りな授業の方が,案外生きる力を身につけることができるかも知れません。学生たちは模擬授業をさせても,教科書にとらわれすぎます。毎日見ているテレビや新聞,また,日常生活で接する様々なものにも,情報科の授業のネタはあちこちに落ちているものです。あとは,それをネタと思って見ることができるかどうかです。学生たちには,そういった情報の取捨選択能力を備えた目を養っていけるようにしてあげたいと,常に思っています。

(5)「情報科教育法」の教育法
 当然ですが,私は情報科の授業を受けたことがありません。そんな中で,教育法を教えていくことは大変です。さらに,情報科は,今年行った授業内容が,次の年もう古くて使えないという時代の流れがめまぐるしい教科でもあります。
 よく,「他大学の情報科教育法ではどんなことを扱っているのだろう?」と思い,Webで検索したりしますが,みなさん様々なようです。それは,まだ教育法が落ち着いていないということだと思います。私も,未だに試行錯誤してやっています。前号で半田先生も書かれていたように,情報科教育法を担当する教員間のネットワークを作ることには私も大賛成です。ICT-Educationがネットワークの一端となり,教員の輪が全国的に広がっていくことを期待したいと思います。
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