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ICT・EducationNo.34 > p14〜p17

教育実践例
情報科における統計リテラシーを育てるアンケート調査実習
茗溪学園中学校高等学校 大貫 和則
onuki@meikei.ac.jp
1.背景と経緯
 私立茗溪学園は茨城県つくば市にあり,筑波大学(旧東京教育大学)の同窓会である茗溪会によって1979年に設立された中高一貫校である。本学園の特徴は本物を体験させるべくフィールドワークを数多く取り入れていることや,「17才の卒論」と称される“個人課題研究”(毎週2時間の正課のカリキュラム)などに取り組んでいることである。
 情報科は高校1年で1単位,3年で1単位である。情報科のカリキュラムは,本学園の特徴を生かすことを優先に考えている。そのため,高校1年では個人課題研究に必要なスキルを身につけさせる授業内容が中心である。本稿では高校1年で取り組んでいる統計リテラシーを育成するための「アンケート調査実習」を紹介する。
 アンケート調査実習にかなり時間を割くようになったことには二つの理由がある。2005年度まで総合実習として雑誌や新聞誌面制作に取り組んできた。生徒が企画・作成する誌面にはアンケート調査の結果が頻繁に見られた(2005年度では成果物の約56%にアンケート調査結果あり)。生徒は様々なメディアが統計調査を伝えることに見慣れており,自らもアンケート調査を企画したと推測される。しかし,アンケート調査の計画や分析方法について体系的に学習していないため,調査結果を深く考察する記事はほとんど見られなかった。木村(2005)によれば,問題解決型の学習において統計的探求プロセスを導入することが物事を客観的にとらえる力をつけるとされている。客観的に物事をとらえることは情報リテラシーを育てることにもなるはずである。ところが,前述の総合実習では統計的探求プロセスは組み込まれておらず,安易にアンケート調査を取り扱っている状態であった。そこで,統計リテラシーを育てることを優先すべきであると考えたことが第一の理由である。二つ目の理由として,前述した個人課題研究の予備学習的な取り扱いとし,仮説をたてて検証していくという「研究的な見方」をする訓練として,アンケート調査実習を用いることにした。
2.高校1年の授業内容
 本学園,高校1年の授業内容の概要を表1に示す。前期にアンケート調査実習を中心とした内容に取り組む。後期には個人課題研究で必要となるインターネットや図書館を利用した検索スキルを習得させ(※2006年度は教育実習の関係でインターネット検索を前期に実施),個人課題研究のテーマや参考文献の探索を行う。1月から3月にかけて広告分析を中心とした授業に取り組んでいる。年間を通じて情報の信頼性・信憑性の問題を意識させ,情報リテラシーを育てるように工夫している。


学期 2006年度 2007年度
前期 解説文を書くレポート
インターネットを利用した情報検索(※教育実習)
アンケート調査実習
自己紹介カードの作成
アンケート調査実習
後期 図書館を利用した情報検索
統計的検定
研究テーマ探索
広告分析・プレゼンテーション
情報検索(インターネット・図  書館)
研究テーマ探索
広告分析・プレゼンテーション

▲表1 高校1年次における情報科の授業内容
3.アンケート調査実習の狙いと授業計画
(1)統計リテラシー
 本実践はアンケート調査の方法論も含め,統計リテラシーを育成することが狙いである。統計リテラシーの領域は幅広く,Gal(2002)は次の要素を含むものと定義している。
■Knowledge elements
Literacy skill
Statistical knowledge
Mathematical knowledge
Context knowledge
Critical Skill
■Dispositional elements
Beliefs and Attitude
Critical stance
 このうち数学的な知識※注1については時間的な制約もあることから情報科では中心的な学習内容とは考えず,むしろ統計的な見方・考え方の育成を目標として設定した。そのような意味では,谷岡(2000)の主張するリサーチ・リテラシー※注2という考え方に近い。

(2)授業計画
 日本文教出版の教科書「新・情報A」に記載されている「クラスの実態を調査し,分析しよう」という単元と2006年度に本学園で実践した授業計画を表2に示す。本校では週に1時間の実施であるから,これでも3ヶ月という期間を要する実習になる。大まかな流れは教科書と同様であるが,大きく違う点は“検定”を授業計画に取り入れている点である。これは,“研究”するという視点にたってアンケート調査をする場合,分析の段階で客観性を求められることを生徒に理解してもらいたいと考えたからである。ただし,2006年度には授業時間(教育実習期間中に別の授業を入れた)の関係で検定だけを後期に実施した。2007年度は学習内容の流れを考慮し,検定をポスター作成の前に配置するように変更する予定である。

教科書における例示
(4時間)
2006年度実施
(8時間)
2007年度実施予定
(8時間)
(1)オリエンテーション,テーマ決め(仮説を立てる)
(2)調査の企画,用紙作成
(3)調査
(4)調査の分析と考察
(1)オリエンテーション,調査企画
(2)質問作成
(3)調査
(4)入力・集計・グラフ作成(2時間)
(5)レポート作成(2時間)
(6)検定(※時間の都合で別単元で)
(1)オリエンテーション,調査企画
(2)質問作成
(3)調査
(4)入力・集計・グラフ作成(2時間)
(5)統計的検定
(6)ポスター作成(2時間)
▲表2 授業計画(教科書における例示と本学園での実践)
4.授業実践(2006年度)
(1)オリエンテーション・調査企画
 オリエンテーションでは実習の目的や流れを説明し,調査項目の作り方(回答方法)などについて解説した。また,調査結果をとりあげた新聞記事を提示し,記事に記載すべき項目(例:調査対象や回答方法など)を知らせ,記事の読み方や調査結果の信憑性について考えさせるなどの工夫をした。
 次に調査にあたって,生徒一人ひとりに調査企画書(図1)を作成させた。企画書には調査目的,調査対象,検証すべき仮説,予備知識(先行研究やすでに公開されている調査結果など)と質問文案を記述させた。調査はクラスを対象とした全数調査であるが,標本調査との違いについて説明をしなかった。調査対象の選定は社会調査における重要な点であることから,2007年度は調査対象の選び方についても解説する予定である。また,後の検定作業で2×2クロス集計表を作成することを見越して企画を立案させなければならなかったが,生徒にクロス集計をイメージさせなかったため,検定の授業時に集計が困難な生徒が見られた。この点も2007年度では,企画前にクロス集計の説明をすることで改善していきたい。

企画用紙(2006年度版)
▲図1 企画用紙(2006年度版)

(2)質問作成
 質問に対する回答形式は選択肢法(単一回答法)に限定した。複数回答は集計に手間取ること,自由回答法は集計の手法を習得させる時間をとれないことが理由である。生徒に自ら設定した調査目的にあった質問項目(質問文と選択肢)を作成させた。本来ならば,予備調査や他の資料を用いて質問項目の妥当性を検討しなければならないが,時間的な問題から省略した。ただし,質問項目がより適切な表現や選択肢になっているかどうか,生徒・教員(2006年度は教育実習生も含む)らの点検をしてもらうよう指導した。

(3)調査
 本来なら質問紙を印刷して実施したいところであるが,印刷コスト面(環境負荷も?)も考慮して調査は対面調査で実施した。生徒には質問紙調査と対面調査では調査におけるプライバシーの問題などに違いがあることを説明した。また,アンケート調査は被調査者に負担をかけることから,調査者は丁寧な対応を心がけさせた。

(4)入力・集計・グラフ作成
 データ入力と集計には,表計算ソフトウェアを用いた。本学園の中学段階では表計算ソフトウェアを用いた実習がないことから,操作方法は基本的な技術に的を絞ったものにした。グラフの作成では,教科書などを参考に適切なグラフの種類を選択するように指示した。

(5)レポート作成
 アンケート調査をA4用紙で2枚程度のレポートにまとめさせた。2006年度の実習では,統計的検定を取り扱う前にレポートの作成となったため,分析に検定内容が反映されなかった。2007年度はこの点は改善するとともに,調査結果をレポート形式ではなくポスター形式でビジュアルに表現させようと計画している。

(6)検定
 アンケート調査のデータを分析にあたり「どのように客観性を確保すればよいのだろうか」という点を中心に解説した。統計的検定の数学的な根拠は高校1年生には難しいことから,統計的検定の意味を簡単な例をあげて解説した。注意点として,検定には様々な種類があり“今回の実習で使った検定方法を使えばどんなアンケート調査でも分析できるというわけではない”ことは特に強調して伝えた。本実習では2×2のクロス集計表ができるような仮説と質問項目を作成させたこと,標本数が少ないことから検定は直接確率計算を用いた。計算はJavaScript-STAR※注3を用いた。このサイトを利用すれば,4つの数値を入力するだけで検定結果が示される。
 
5.授業評価
 学年末に実施した授業評価では,アンケート調査実習のうち調査の企画から調査活動までを「役立つ・おもしろい・興味深い」など前向きにとらえた生徒が8割を超えた。しかし,レポート作成や検定は「難しい」とした生徒が約4割いた。「難しい」こと自体が悪いことではないが,統計的検定については定期考査の結果からも知識理解が十分ではないことが示唆されたため改善が必要である。表3は授業評価(自由記述)のうちアンケート調査に関わる記述を一部抜粋したものである。生徒の中には,この実習の難しさを指摘している者もいる一方,情報リテラシーの重要性に気づいた生徒がいることも示された。

・ふり返ってみて,アンケートも検索をWeb情報もCMも結局は自分で与えられた情報の正誤を判断しなくてはいけないということがわかってよかった。
・アンケート調査でのソフトの使い方をもう少し理解したかった。
・アンケート調査・広告分析が特に楽しかった。
・今までデータを受け取ることばかりしていたので,自分で分析したり,データを出してレポートにしたりするのは少し難しかったです。
・これからの日本の社会を生きていく上で必要なことが色々とできたと思います。(エクセルの使い方等)パソコンの使い方だけではなく,“情報”について学べたのが良かったです。
・将来や生活の上で役に立つようなことがたくさんあったし,今の世の中に出まわっている情報をどう受けとればいいのかも学べた。
▲表3 生徒の授業評価(自由記述)の一部抜粋
 
6.考察と課題
 授業を計画する際,アンケート調査という内容だけで生徒のモチベーションを3ヶ月間保持できるか心配をした。しかし,毎回違う作業内容(手作業,アプリケーションソフトの操作,生徒間の相談,対面調査,表現活動など)で飽きることがなかったためか,生徒たちは意欲的に取り組んでくれた。
 生徒の授業評価にも示された通り,アンケート調査実習は一定の成果をあげたものと思われる。特に本実習を含め情報科の授業を通し,情報リテラシーについて意識するようになったことは大きな意義があると考えている。図2で示すようにアンケート調査実習は統計リテラシーを育むだけでなく,そこから情報を適切に読み解く力(情報リテラシー)や発信者の意図を読み取る,自らが効果的に発信する(メディアリテラシー)まで発展させることができる可能性を持っているのではないだろうか。これらのリテラシーの広がりや育成方法については,今後も追求していきたい。
 課題としてあげられるのは,アンケート調査の緻密さをどこまで求めるか検討しなければならない点である。生徒が立てた仮説の中には必ずしも科学的根拠がないもの(血液型診断のようなもの)も少なからず含まれていた。仮説そのものにも妥当性が必要なことは説明したものの,実習時にすべての生徒の仮説の妥当性を精査することは難しい。これは物理的(時間・人員)な要因が大きく,本実習を継続する上で検討すべき課題であると認識している。それでもなお,筆者は統計リテラシーを情報科で扱うことには大きな意義を感じている。

リテラシーの拡がり
▲図2 リテラシーの拡がり
 
注1 情報科における統計の数学的な取り扱いを主張するものに,大西(「情報科で「統計・データ処理」を教えよう」,日本科学教育学会年会論文集30,2006)などがある。
注2 谷岡(2002)は高校での統計教育は必要性を主張しているが,概念的な取り扱いでよいとしている。
注3 JavaScript-STAR http://www.kisnet.or.jp/nappa/software/star/

○引用・参考文献
田中敏・中野博幸,『クイック・データアナリシス』,新曜社,2004
谷岡一郎,『「社会調査」のウソ リサーチ・リテラシーのすすめ』,文藝春秋,2000
木村捨雄ほか,『進む情報化「新しい知の創造」社会の統計リテラシー』,東洋館出版,2005
水越敏行・村井純ほか,『新・情報A』,日本文教出版,2007
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