ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.35 > p18〜p21

教育実践例
学ぶ意欲を高める教科横断型の問題解決学習
大阪府立清水谷高等学校 稲川孝司 岡本真澄
inagawa@shimizudani.osaka-c.ed.jp
1.はじめに
 高等学校での普通教科「情報」が始まって5年目になります。その間,授業方法について様々な工夫がなされ,提案がありました。今回,問題解決学習をより深く学習するために,情報科と家庭科が連携して同一テーマで同時展開した授業を実践しました。
 高等学校学習指導要領※注1には,教科「情報」の目標として,第1款に「情報及び情報技術を活用するための知識と技能の習得を通して,情報に関する科学的な見方や考え方を養うとともに,社会の中で情報及び情報技術が果たしている役割や影響を理解させ,情報化の進展に主体的に対応できる能力と態度を育てる」と書かれています。具体的には「情報活用の実践力」,「情報の科学的な理解」,「情報社会に参画する態度」の3つの目標を育成することになっています。また,「情報科での学習が他の各教科 ・科目等の学習に役立つよう,他の各教科・科目との連携を図ること」と書かれてあります。
 本校は開講当初は「情報A」で授業をしていましたが,情報の進むべき姿を検討し,情報の科学的理解を中心に据えた「情報B」に変更しました。その情報Aと情報Bの教科書のどちらにも問題解決学習の単元があります。
・情報の授業で,問題解決学習をどのように教えたらいいのか?
・この単元の学習の目標が達成できたのだろうか?
・なぜ問題解決学習なのか?
・どのように授業を進めていけばよいのか?
・他教科でも役立つ授業ができるのか?
 さまざまなことを考えて授業をしてきましたが,あまりうまく授業ができませんでした。しかし,今回,情報科と家庭科が連携することで,より効果的な授業ができ,生徒の「学ぶ意欲」を高める授業ができました。
2.学ぶ意欲を高める問題解決学習
 今までの学校での勉強は,教科書が正しく記述してあり,その内容を覚えるという暗記を中心とする学習と,一定の手順通りに正しく正確に速く解くことで技術や技能を習得する学習とが中心でした。これらは計算能力を高め,物事を基本的に理解するには大切な教育活動です。しかし,これらの方法では,自分で考える力がつかないとか,自分を主体的に表現する能力がつかないと言われてきました。
 「生きる力」については,第15次中央教育審議会第1次答申※注2で,「自分で課題を見つけ,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,行動し,よりよく問題を解決する資源や能力」を育むことが大切であると記されています。
 新しく設置された普通教科「情報」においては,問題解決学習に代表されるように,学習者が自ら目的を持って計画を立て,実践し,その結果を評価し,さらに改善するというPDCAサイクルの中で,学習意欲を高め生徒の生きる力を育む教育方法が注目されています。

図1 問題解決学習の流れ
▲図1 問題解決学習の流れ
3.授業実践
(1)いきさつ

 情報Bの教科書に問題解決学習の単元があり,授業では問題解決の手順について説明した後,簡単で身近な例を通して問題を見つけ,解決する方法を教えます。
 問題解決学習については,生徒の自主性を尊重しつつ,日常生活の中でどのようにテーマを設定するか,どこまで深く探求するかが大切です。しかし,実際には手順は説明するものの,時間の関係で浅いレベルでしか授業できないため,目標を十分達成できない状態で授業を行ってきました。
 一方,家庭科では,毎年夏休みの課題「高齢者へのインタビュー」を実施しており,レポートをさらに発展させて高齢者の理解や自分の人生を見つめることを深めたいと思っているものの,時間がないということでした。
 たまたま教員同士が話し合うきっかけがあり,その中で情報科と家庭科の目標と手法が似ていることに気づき,両者が連携することで,より高い次元の教育効果が得られるよう工夫できることがわかりました。そして,同時展開の授業を行うことで,問題点を一気にに解決できました。

(2)授業の流れ

 情報科と家庭科では,今回の連携授業を行うにあたり,互いの授業目標をより効果的に達成できるよう工夫をしました。それが同一テーマによる同時展開の授業です。互いに,学習指導案の作成や評価の計画を立て,可能な限りティーム・ティーチングで授業に入り込み,場合によっては,情報科で家庭科の内容を,家庭科で情報科の内容の授業を行いました。
 図2は,問題解決学習について昨年度の授業の流れを示しています。4月に情報科で問題解決学習についての方法を学び,7月に家庭科で高齢者の生き方を通じて自己の生き方を振り返ることを目標にした高齢者インタビューを夏休みの宿題としました。9月に情報科と家庭科の両方で,そのレポートを新聞記事に書き直し,パソコンで編集して写真を加工し,インタビューした内容を生徒自身が客観的な視点で捉え直すことで,問題解決学習の授業を行いました。

図2 授業の流れ
▲図2 授業の流れ

(3)授業目標と授業内容

 今回の授業は,問題解決学習の手法の理解と実践,文書処理ソフトウェアの様々な操作の習得,情報収集・活用力,コミュニケーション力,表現力,論理的思考力,の育成をめざしました。
 そこで,授業では図3にあるように10時間を割り当てました。対象生徒は1年生7クラス280名です。すべてのクラスで同時展開の授業を行ったので,9月の3週間は二人ともほとんどの時間が授業で埋まってしまいました。

学習内容
()内は実施した教科
第1時
(2h)
問題解決学習(情報)
手法の説明,演習
第2時
(1h)
高齢者インタビュー課題のガイダンス(家庭)
第3時
(1h)
新聞記事作成
見出し,リード文,本文の書き方
第4時
(1h)
個人年表をまとめる(家庭)
第5時
(1h)
新聞記事入力
パソコン入力,印刷
第6時
(1h)
振り返り作業
ワークシート記入,推敲
第7時
(1h)
編集後記の作成
ワークシート記入,推敲
第8時
(2h)
新聞記事校正,印刷
▲図3 学習指導計画案

(4)学ぶ意欲を高める工夫
・情報科と家庭科が連携して効率よく効果的に授業するためには,事前に入念に打ち合わせをして,テーマや授業方法を検討する必要があります。そこで,計画の段階から知恵を出し合い,授業の目標,授業の流れ,授業方法と内容,評価方法に至るまで長時間議論しました。
・同時展開で授業を行うことで,時間や施設上の問題をクリアして,効果的に授業ができ,双方の学習内容や学習効果がより高まります。
・授業においては,いろいろな場面で生徒にレポートを提出させますが,レポートというのは筆者(生徒)が自分の感じたことを1人称で表現しています。そこで,レポートを新聞記事に変換することで,第三者の立場からレポートを読み返し,無意識に感じていたことをはっきりと意識化できます。また,新聞記事として言葉で表現していく過程で,内容の不備な点や論理的な誤りに気づき,ふり返りができます。
・課題内容は,新聞記事本体と編集後記の2つに分け,新聞記事は写真を入れて第三者の立場から書き,編集後記は高齢者の生き方を通して自分自身の生き方を考えるよう,自分の言葉で書くように指導しています。
・ワークシートについては,生徒の視野を広げ思考や判断がより深まるように質問内容を段階的に工夫し,質問順序についても工夫して作成しています。
・新聞記事本体を作成するワークシートは自己評価シートになっていて,
<1>インタビューが生かされた内容になっているか?
<2>第三者的な視点で記事が書かれているか?
<3>「すごく」「激しく」などの形容詞や副詞ではなく具体的な描写になっているか?
<4>5W1Hは明確か?
<5>文体は統一されているか?
などがチェックできるようになっています。また,生徒同士がお互いに記事を読みあい,わかりにくい点を指摘することで記事の内容を整理させています。
・編集後記のワークシートは,
<1>現在の高齢者の姿につながる生き方やモットーや信念は何だと思いますか?
<2>高齢者の話を聞いてあなたのこれからの人生にとって大切なものは何だと思いましたか?
などの質問項目をあげ,それに答えることで,編集後記をまとめやすくしています。
・生徒がアイデアをまとめやすいように,あらかじめA4の新聞の体裁になるテンプレート(図4)を用意しておき,文章をはめ込んでいくと基本的な作品ができるようにしています。
・完成した新聞記事を高齢者にプレゼントすることをあらかじめ宣言することで,生徒はより完成度の高い作品を作ろうという意欲が高まり,高齢者との交流をさらに深め,内容が充実するよう努力できました。でき上がった作品(図5)はカラー印刷し,ラミネートコートをして高齢者にプレゼントしました。

図4 新聞記事作成テンプレート
▲図4 新聞記事作成テンプレート

図5 生徒作品例
▲図5 生徒作品例
4.結果と考察
 情報の授業での不十分な問題解決学習に,家庭科の『高齢者インタビュー』という課題が加わったことで,より深い内容にまで踏み込むことができました。
 今回の課題学習を通して,自分の足で収集した情報を加工・編集し第三者に発信するという一連の学習活動は,まさに問題解決学習そのものであり,情報科だけでなく,他の教科に役立つ情報活用能力の育成につながりました。
 新聞記事の作成を通して実際に高齢者と出会い,自分が聞き取った話を何度も客観的にふり返り,論理的に整理しながら自分の言葉に置き換えていく作業を通して,生徒は今まで以上にこの単元を学ぶ意義を理解し,高齢者への肯定的な認識を自然に深めていくことができました。そして,高齢者がさらに身近な存在に感じられるようになりました。
 情報科と家庭科の連携による授業は全体として双方に良い効果をもたらしましたが,課題内容が不十分な生徒もいました。原因はインタビュー内容が不十分であり,基本的な「聞き取る力」につまずきがあると考えています。今後,課題を課す前にインタビューの練習や,聞く内容のワークシートの充実を図るなどの指導が必要だと思っています。
 問題解決学習は,教師主導によるteachingから生徒が自分で問題を探し解決するlearningへの転換であるため,生徒はそのことに気づき,意識して授業に参加することが大切だと考えています。
5.おわりに
 情報科と家庭科による連携授業で,問題解決学習は単独で行うより効果的な授業になりました。今後,この授業を継続して実施するとともに,生徒一人一人が体験や感じたことを互いに共有し全員で一体感を持つために,課題をまとめて冊子にしようと考えています。
 今回の授業実践を通して感じたことは,生徒の学ぶ意欲を高めるという観点から日々の授業を改めてふり返り,一層の授業改善を図ることは,教師にとっても問題解決学習を自らが実践していることになるということです。
 今後,より良い授業を目指して努力していきたいと考えています。

・おばあちゃんにインタビューして,今まであんまり話すことがなかったけど,いっぱい話せて,いっぱい知れてよかったです。話を聞いて,前向きに諦めないでがんばることの大切さを学びました。そして,道はひとつでないということも学びました。強く生きることを教えてくれたおばあちゃんに感謝します。

・わたしが思っていた以上に祖父はつらいことやたくさんの努力をしていました。ちょっとぼけているせいもあって,何回も同じ話をしたり,話すたびに過去が変わっていたり,ややこしかったけど,こんなに話すことはめったにないのでいい経験になりました。また,祖父といろんなことを話したいです。

・いろいろな話を聞いていくたびに,「昔の人はすごいな」と思った。特に戦争を生き抜いた人はすごいなと思った。もしその頃に自分が生きていたらと考えると恐ろしく思う。泰平の今に生まれてよかったと思う。そして自分の祖父ながら感服した。戦争をくぐりぬけ,その後自分の会社を創設したその手腕は並ではない。自分が知っている中では一番凄い人生だった。

・今回のインタビューを通して,家族でも知らないことがいっぱいあるってよくわかった。祖母の話を聞いて,自分がどれほど恵まれているかもよくわかった。祖母はたくさん苦労をしたけれど,今思えば幸せだったと言っている。自分も祖母のように,たとえ苦労が多くても,生きがいのある幸せな人生を送りたいと思った。そして,人として成長していきたいと思う。

・わたしがこの作業を通して思ったことは,経験や想いが心の支えとなり,ずっと生き続けるということ。それは,モノであったり人であったり,さり気ない一言だったり…。大切なものがあればたとえどんな辛いことがあっても頑張っていけるのだと,そう感じた。○○さんから聞いたお話は今わたしの中にある。自分が知らない世界。それはずっと生き続け心の糧となる。貴重な体験を本当にありがとう。
▲資料1 生徒の感想(編集後記から抜粋)
<引用・参考文献>

(1)文部省告示:高等学校学習指導要領,大蔵省印刷局(1999.3)

(2)中央教育審議会第一次答申パンフレット:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chuuou/toushin/960701/960701a.htm

(3)稲川孝司,岡本真澄:学ぶ意欲を高める授業のあり方についての実践研究,日本情報教育開発協議会第3回全国大会講演論文集,63-66
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