ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.35 > p22〜p25

海外の情報教育の現場から
韓国の情報教育
━初・中等学校情報通信技術(ICT)教育運営指針と改訂中・高等学校教育課程━
長野大学企業情報学部/前 韓国 高麗大学師範学部コンピュータ教育学科招聘教授 和田 勉
1.はじめに
 私は,コンピューティング科学分野を基盤とし,近年は情報教育分野を専門としているが,それとは別にずっと以前から韓国語(および中国語)の習得を続けてきた。韓国語を専門に生かす機会は数年前まで私にとってほとんどなかったが,数年前になって,韓国の情報教育を主導している先生方やそこで学んでいる韓国の小中高等学校の先生方(兼・大学院生)と出会いをきっかけに,この両者が結びつく幸運に恵まれた。
 それ以後は,私が属する情報教育を研究するコミュニティー自体が韓国に目を向け始めたこともあり,韓国の情報教育について調査研究して日本のそれと比較することが私の活動の柱の一つになった。特に,2006年4月からは所属する長野大学から半年間国外研究員として研究に専念することを認められ,ソウルにある高麗大学の師範学部コンピュータ教育学科※注1のイ・ウォンギュ(李元揆)教授の研究室に滞在して研究を行なった。滞在中は,韓国の情報教育に関する政府・学会・マスコミが出した文書(もちろん韓国語)を読み日本語訳し,あるいは逆に日本の政府文書(例えば高校普通教科「情報」の学習指導要領)や日本の学会研究会の種々の案内の韓国語訳を相当数行なった。
 ここではその中の主なものの要点を紹介し,また現地で感じた情報教育に関する社会の認識,さらには隣国とその言語に対する私の思いなどを記す。
2.初・中等学校情報通信技術教育運営指針
 資料1は,2005年12月に韓国政府の教育人的資源部(文部科学省相当)から公表された「初・中等学校情報通信技術教育※注2運営指針[1]」の中の表に日本語訳に注記を加えたものである。初・中等学校情報通信技術教育運営指針は,小学校※注31年生から高校1年生までの「国民共通教育※注4」期間を5つの段階に分け,それぞれの段階で表に示す5つの領域に関して,それぞれで達成すべき事項を示したものである。一見して分かるように,日本のそれと比べてずっと高い水準の項目が並んでいる。
 同指針の他の部分では各項目の詳細が述べられている。その一部を引用すると,例えば第2段階(小学校3・4年生)では,<情報社会の生活>領域中の「サイバー空間の利害」として,「サイバー空間で行なうことを分類できる」「サイバー空間が便利であることを知り,正しく利用する方法を実践することができる」,あるいは「ネチケットと対人倫理」として,「インターネットで出会う人たちが守らなければならない礼儀を説明することができる」「サイバー空間で使っても良い言葉や使ってはいけない言葉を区別して,正しいネットワーク上の言葉を使うことができる」とある。また同じ第2段階の<情報処理の理解>領域では「数字と文字情報の表現」として「情報を扱う現場での情報処理過程を説明することができる」「数値と文字情報を2進数で表現することができる」とあり,小学校3・4年生の段階ですでに,情報の数理的側面も理解させるよう定めている。
 最後の第5段階(高校1年生)では,<情報社会の生活>領域で「正しいネティズン意識」として「正しいネティズン意識を持ちサイバー空間に参与することができる」「サイバー空間を通じての意見交換・合意形成に関して調べ,これによる順機能と逆機能※注5を分析することができる」「サイバー世界を通じた参与により世界がよくなっている事例を調査して評価することができる」とあり,ネットワーク社会を構成する一員としての責任ある態度が育成されていることを求めている。また同じ第5段階の<情報処理の理解>領域での「応用ソフトウェアの制作」として,「さまざまなプログラミングツールの特性を把握し,開発しようとする応用ソフトウェア作成に適合するプログラミングツールを選ぶことができる」「データ管理システムをはじめさまざまなプログラミングツールを利用して,プログラミング制作過程に従って,簡単な応用ソフトウェアを制作し実行することができる」とあり,高校1年生の段階でソフトウェア制作を行なえるだけの水準に達することを求めている。
 もちろんこれは,特にソフトウェア技術者をめざす生徒に限るわけではない,韓国全国の一般の高校1年生に共通して求められている事項である。
 この「初・中等学校 情報通信技術教育運営指針」はそれぞれの段階で生徒が到達すべき目標を示したものであり,日本の学習指導要領に相当するような,学校種ごとのより具体的な事項は別に「情報教育課程」として定められている。それについても改訂が行われているところであり,その中学校と高等学校についての2007年3月時点の改訂案を入手して日本語に翻訳してあるが,ここでは省略する。
3.日韓間の本質的な違い
 初・中等学校情報通信技術教育運営指針と日本の初中等教育での情報教育の制度や実際の状況を比べると,その差は歴然である。もちろんここで紹介したのは政府文書の内容であり,韓国でもこれが問題なくスムーズに実施される状況にあるわけではない。同運営指針の公表後,教育現場では相当のとまどいや混乱があり,それに対応した今後の教員研修は大きな課題だとのことである。「となりの芝生は青く見える」ということは気をつけなければならない。新興のアジア諸国に比べて,韓国と日本は共通の課題を抱えているという部分もたしかにある。
 韓国でも,従来の韓国の情報教育が,アプリケーションソフトウェアの表面的な活用に偏っていたことへの反省があり,この運営指針やそれに続く情報教育課程の改訂はその是正という目的がある。また韓国では逆に,日本の状況,特に,高校での普通教科「情報」がともかくも必履修科目として設置されていること,あるいはセンター試験における「情報関係基礎」の存在やその試験内容が,情報教育の改善の必要性を示そうとしている方々には,よい比較材料として利用されているようである。
 とはいえ韓国と日本では,なによりも社会全体での,情報教育に関する認識・温度・危機意識といったものに大きな差があると思う。韓国では初・中等情報教育ですら,一方ではもちろん「情報社会に生きる市民」となるための教育であるが,それとともに,その情報教育を学んだ生徒の中から情報分野の専門家を多く輩出することも,国家的見地から大きな狙いとしている。「韓国の資源は人材のみであり,またこれからの世界で情報関係の産業分野はきわめて重要である。またその養成は,大学教育段階からいきなり始めてもうまくいかず,初中等教育の段階からそれを見据えた教育が必要である」という認識だと聞いた。なにより「情報教育を誤ると,国の将来が危うい」という認識が,国の指導層にも,そして社会全体にも当然のごとく存在する。
 2006年4月,私が高麗大学での研究生活を始めてやっと落ち着いたころ,研究室の学生から「こんど国会に行くから一緒に来るといい」と誘われた。「国会?」と,最初は聞き間違いかと思ったが,当日ついて行ってみると,本当に韓国国会であった。国会の構内・議事堂横にある国会議員会館の会議室で「コンピュータ教育の正常化方案セミナー」※注6が行われているのだった。
 これは「コンピュータ教育正常化推進委員会」が主催※注7するもので,最後のパネルディスカッションは国会議員が司会,パネリストもうち二人は国会議員,というものだった。このように国レベルの政治に携わる方が何人も,情報教育の成否が国の将来を分けるのだということを当然のように理解し,長い時間を割いてこの問題に耳をかたむけておられ,国レベルの政治に反映されていることに,日本との非常な温度差を感じた1日だった。
4.外国語
 本稿の本題とはいささかずれるが,日本や韓国にとっての外国語について少々論じてみたい。
 外国語といえばまず英語,というのが日本での共通認識である。世界中での通用力を考えればこれはやむをえないことではある。韓国でもこれは同様で,私の属する日韓の情報教育研究のコミュニティーでも,ある程度以上お互いの言葉ができる方は,日本留学経験のある李教授を含め,双方合わせて数人いるだけである。他の研究者たちは,お互い英語で,口頭でのおよび文書上でのコミュニケーションをしている※注8
 韓国語がある程度できる身でこれを見ていると,なんとももどかしい。韓国語と日本語という,互いによく似た言語の話者同士が,なぜどちらとも全く異なる英語でやりとりしなければならないのか,という思いを禁じえない。
 また,政府文書や日常的な資料,例えば学校の教科書は,おたがい当然韓国語であり日本語である。研究者たちは,私を含む少数の人以外は,その生の資料を呼んで比較検討することはできないでいる。これも残念なことである。

 以上,韓国について私に書けることを紹介した。多少とも御参考になれば幸いである。
段階/領域 第1段階
小学校
1・2年生
第2段階
小学校
3・4年生
第3段階
小学校
5・6年生
第4段階
中学校
1・2・3年生
第5段階
高等学校
1年生
情報社会の生活 ・情報社会と生活の変化

・コンピュータで出会う隣人

・コンピュータを利用する正しい姿勢

・サイバー空間の正しい作法
・サイバー空間の利害

・ネチケットと対人倫理

・インターネットとゲーム中毒の予防

・情報保護と暗号

・ウィルス,スパムからの保護
・協力するサイバー空間

・サイバー暴力と被害の予防

・個人情報の理解と管理

・コンピュータ暗号化と保安プログラム

・著作権の保護と必要性

・情報社会と職業
・サイバー機関と団体

・サイバー空間の倫理と必要性

・暗号化と情報保護技術

・知的財産権の理解と保護

・情報産業の発展と未来
・正しいネティズン意識

・情報保護の法律の理解

・ネットワーク内での情報保護

・情報社会と職業選択
情報機器の理解 ・コンピュータ構成要素の理解

・コンピュータの操作
・オペレーティングシステムの使用法

・コンピュータの管理

・ソフトウェアの理解

・ユーティリティプログラムの活用

・周辺装置の活用
・コンピュータの動作の理解

・コンピュータ使用環境の設定

・ネットワークの理解

・情報機器の理解と活用
・オペレーティングシステムの理解

・ネットワークの構成要素と原理

・コンピュータ内部構成の理解

・自分のコンピュータを組み立てる
・オペレーティングシステムの動作原理

・サーバーとネットワークの構造
情報処理の理解 ・多様な情報の世界

・興味深い問題と解決方法
・数字と文字情報の表現

・問題解決過程の理解
・マルチメディア情報と表現

・問題解決の戦略と表現

・プログラミングの理解と基礎
・アルゴリズムの理解と表現

・簡単なデータ構造

・入出力プログラミング
・データベースの理解と活用

・プログラム制作過程の理解

・応用ソフトウェアの制作
情報の加工と共有 ・生活と情報交流

・サイバー空間との出会い
・サイバー空間での情報検索と収集

・文書編集と図の作成
・サイバー空間の生成,管理,および交流

・数値データの処理

・発表用文書の作成
・情報共有と協力

・情報交流環境の設定

・ウェブ文書の制作

・マルチメディアデータの活用
・マルチメディアデータの加工

・ウェブサイトの運用と管理
総合活動 ・情報社会に対する正しい認識と理解 ・問題解決のための情報の収集,生成,および保護 ・責任ある協力活動を通じた問題解決 ・多様なマルチメディア情報を活用した情報交流 ・サイバー空間での正しい情報共有

▲資料1 「教育課程資料354(2005.12)初・中等学校情報通信技術教育運営指針」韓国教育人的資源部より 原文韓国語日本語訳:和田勉
<参考文献>
[1]「教育課程資料354(2005.12) 初・中等学校情報通信技術教育運営指針」韓国教育人的資源部,2006年3月発行。(原文は韓国語,和田により主要部分は日本語に翻訳ずみ。)

注1:韓国では,小学校の教員養成をする学部と中・高等学校の教員養成とする学部が分かれており,前者を教育学部と,後者を師範学部と言う。さらにUniversityを大学校(テハッキョ)と,Collegeを大学(テハク)と言う。「師範学部」は日本語にあわせた訳語であり,韓国語(の漢字表記)で書けば,私の滞在していた部門は「高麗大学校師範大学コンピュータ教育科」である。

注2:情報教育およびICT教育,特に初・中等教育でのそれを,韓国では「情報通信技術教育」と呼ぶことが多い。

注3:韓国では初等学校(チョドンハッキョ)と呼ぶ。

注4:高校2・3年生は,選択科目中心に履修することとされ,「国民共通教育」には含まれていない。

注5:サイバー空間(ネット上の空間)で起こることのうち,社会的に好ましく良い結果をもたらすようなものを「順機能」,ネット暴力的行為など反社会的なものを「逆機能」と呼んでいる。

注6:セミナーと言っても勉強会ではなく,情報教育の「正常化」のための政策についての意見交換会,さらにはなかば「決起集会」の様相も帯びていた。

注7:韓国語では「主管」。

注8:日本語・日本文化を専門とする韓国の研究者等はもちろん皆日本語ができる。国全体・一般の話として言うならば,韓国語を学んでいる日本人より,日本語を学んでいる韓国人のほうがずっと多い。ただしやはり日本と同様,英語ができる人の数とは比較にならない。
前へ   次へ
目次に戻る
上に戻る